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桐の祠  作者: するめいか英明
第2章 私とあいつ
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第21話

 第三者を含む2重の巻き戻り。それにこれまで見付かっている法則と例外規則を適用すると、「矛盾」が生じてしまう。この井沢の指摘はすぐにアメリカとフランスに伝えられ、早速3国間で討議がなされた。



 井沢と森尾と日村の意見は食い違っていた。実験だろうと巻き戻ろうと、安易に姫野に薬を飲ませることに拒否を示す井沢。最も優れた定性分析は、思索でも推測でもなく観測であると言い、実験を推す森尾。自分達が知らない例外規則が発揮されることによって、世界の終焉を早めてしまうことを危惧する日村。


 当然、3国間でも対応の協議は収束することがなかった。概ね、井沢の意見と近い日本、森尾の意見と近いアメリカ、日村の意見と近いフランス、という構図だった。大勢としては実験をしないという意見が2対1となったため、結局今のところは実験をしないということで纏まった。



 一方で、今後の動向についてはまるで意見が割れてしまった。それもそうだろう、発生条件が、緩すぎるのだ。


 フランスの研究者が発見した、le Teminusという現象。それは、姫野が寿命を迎えることで起こる、無限の巻き戻り。未来の消滅。まさしく世界の終焉。le Terminusの発生は、姫野が寿命を迎える以外にも、姫野が拘束されたり身動きが取れなくなったりした状況で強制的な死を経験する場合にもありうる。例えば土砂に埋もれ、目が覚めた時には指一本動かせず、そのまま死を迎える場合だ。


 こう言ってしまえば、そこそこ起こりうることに聞こえるかもしれない。しかし、人が一生の間に拘束されることなんてまずない。大抵の人は、事件にも事故にも巻き込まれることなく、病気などでその寿命を終えるのだ。だからle Terminusのリスクを考える上では、姫野の寿命まで猶予が与えられているという見方で3国の上層部とも一致している。


 そうでもなければ、姫野が事件に巻き込まれないように、どこかの研究機関に閉じ込めているだろう。もっとも、閉じ込めると言っても拘束をすることはないだろうが。


 いずれにしても、姫野の寿命までは、姫野になるべく自由に過ごしてもらう。そうすることで、姫野の人権を重視しつつ、寿命も最も長くなると考えて。しかし、その基本方針を脅かしかねないのが、今回の井沢の「矛盾」である。



 あまりに緩い条件で発生する「矛盾」の種が、もしフランスの危惧する形で世界の終焉を呼び込んでしまうとしたら、それこそ姫野の自由を保証しかねる。フランスで厳重な管理下に置くべきである、との考えだ。


 しかし姫野の人権を制限することは、地球上の誰一人として許されない。だからこそ、姫野の自由を保証するために、実験を先んじるべきと主張するアメリカ。姫野を渡米させ、最も優れた研究機材を以て実験して例外規則を確定すべき、との考えだ。


 そもそも今回の「矛盾」が世界の終焉をもたらすという懸念を杞憂とし、姫野の自由を重んじるための実験すら必要ないと主張する、日本。姫野をフランスにもアメリカにも渡す気はなく、姫野がこれまで通り日本で平和に暮らすべきだ、との考えだ。



 最終的には姫野の身柄を把握している日本の意見に優位があった。今すぐ姫野が日本を離れる必要はなく、しばらくは井沢と共に、普段と変わらない生活を送ることになる。しかしそれも、ずっとではないかもしれない。いつの日か、姫野が自由を失う日も、来るかもしれない。


「その日まで」


 井沢は誓った。


「姫野に幸せな毎日を送らせてあげたい」


 森尾と日村は、井沢に頷いた。姫野には今回の発見や、3国間の摩擦を教えないことにした。何の気兼ねなく、これからも、明るい笑顔で過ごせるように――。




「はぁー、今日も一日終わりましたね」


 講義の終わり。教員が退出すると、姫野がそう呟いた。やや閑散とした教室だったので、近くには人が井沢しかいなかった。独り言でもなければ、井沢に掛けた言葉であろう。


「ああ、お疲れ」


 あの日、姫野は十勝と海へ遊びに行ったが、特に肌が焼けたわけでもなく見た目はいつも通りだ。しかし、少しずつ、井沢との距離が縮まり、話し掛ける回数も増えていった。


「……」


 そんな姫野だからこそ、気付いていた。井沢の異変に。


「どうした?」


 井沢が問い掛けると、姫野は溜息をついてプイッと視線を外した。


「別に……」


 あれから、井沢の態度が少しだけ、変わっているように姫野は感じた。最初は、十勝に送られた画像で自分を大人の女性と認識するようになったのかな、と思ったりもしたが、そうではなかった。


「そうか」


 何故か、よそよそしく感じられた。時折、井沢がどこか遠くを見ている気がした。


 もちろん、ふとした合間に研究のことを考えたり計算をしたり、果てしなく遠い世界を眺めているんだろうな、と思うことはあった。姫野はそんな井沢の姿を、悪いとは思っていなかった。


 それに対して、最近の井沢は、姫野と一緒にいても、研究でもなく、もっと別のところに意識を持っているような気がした。何か、気を遣われているような気分だった。他人行儀な気もした。そういう井沢の態度が、姫野には面白くなかった。

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