9回裏
早朝6時に起きて森に向かい、夕方6時には家に帰って来る。
カナブンを探す時間は大体10時間だ。
僕は毎日森に足を運び、カナブンを探し続けた。
最初は親に止められたけど、ちゃんと夕方には帰って来るので、次第に何も言わなくなっていった。
しかし、やっぱりカナブンを探すのは大変だった。
ライトで照らしながら色々な場所を探したけど、初日で探すところを絞らないと無理だと思った。
そこで僕は、この広大な森を散策するにあたってあるマップを作成することにした。
それは「樹液マップ」である。
公園をスタートとし、ノートに樹液のある木をどんどん書き込んでいく。
樹液がある木はたくさんあるが、僕はたくさん昆虫が集まっている木に絞って書き込むことにした。
書き込んだ木の特徴はできるだけ細かく書きこむことで、目印にもなる。
こうして何日もかけてこのマップを広げていった。
以前カナブンを見かけた公園付近は、特に詳細に調べ上げ、毎日欠かさず樹液の木をチェックする。
夏休みのほとんどを散策に費やし、僕はかなりこの森のことに詳しくなっていた。
そして夏休み最後の日を迎えた。
宿題そっちのけで森の散策をしたので、本当はこの日にやらなきゃいけないんだけど……
とにかく今日がラストチャンスなんだ。
絶対に見つける。
早朝、いつもより更に1時間早く起きて、公園に向かった。
そして、いつも通り樹液の木をチェックしていく。
もちろん、ライトで照らしながらだ。
しかし、樹液に集まっているのはカブトムシやハチといったお目当てじゃない昆虫ばかりだ。
カナブンもいるが、金色のカナブンじゃない。
(もしかして、金色のカナブンは樹液を吸わないとかないよね?)
僕はだんだん不安になって来た。
そもそもカナブンに決まった生活サイクルなんてあるのだろうか?
気まぐれで全然違う森に移動してしまうことも考えられる。
そうなれば、今までしてきたことが全て無駄になってしまう。
昼になり、一旦休憩を取ることにした。
リュックサックにシートを入れてきたので、それを敷く。
そして、おにぎりを取り出した。
以前は納豆と佃煮という具材だったが、今回は梅もある。
散策から帰って、母親とスーパーに行った時にこっそりカゴに入れてきたのだ。
「この梅、うめーっ」
誰も聞いてないことをいいことに、クオリティの低いギャグをつぶやく。
ちなみに、納豆も結構いける。
おにぎりを食べながらノートを見る。
公園の周りを重点的に攻めようと思い、残っている個所を周ることに決めた。
日が落ちてきた。
辺りはうす暗くなり、時刻は7時である。
かなり粘っているが、一向に見つからない。
僕はほとんど諦めかけていて、来た道を引き返そうとした。
一瞬、何かがライトにぶつかってきた。
明かりにつられて集まって来たのかと思い、ライトを消すと、その虫はパーッと離れていった。
が、はっとしてもう一度その昆虫を背後から照らした。
一瞬、光が反射して見えたからだ。
「い、いた! 金色のカナブン!」
金色といいつつ、銀の体をしたカナブンを視界に捕らえた。
カナブンはそのまま近くの大木に止まった。
「マジで……」
登って捕まえるのは厳しい高さだ。
ライトでもう一度おびき寄せようとしたが、中々降りてこない。
そして、ライトの光も少しずつ弱まっていった。
「なんでだよっ!こんな時に……」
電池がもう残り少ない。
そして、これが本当のラストチャンスだろう。
野球に例えたら9回裏、2アウト。
もう後がない。
仕方なく僕はライトを口にくわえ、木に足をかけた。
ライトを照らすと、まだカナブンはいる。
しかし、10メーターはあるだろうか。
見上げるほどに高い。
木の幹に止まっているため、登るのが得意なら行けるって感じだ。
僕は意を決して登り始めた。
まだ真っ暗ではないため、どこに足をかければいいかは分かる。
とにかく慎重に、ゆっくり登っていく。
次第に高くなっていくのが分かる。
この時点でも足を滑らせたら大けがだ。
(ってそんなこと考えてたら登れなくなるぞ)
僕はできるだけ頭を空っぽにして登るように務めた。
それでもどこからか声がする。
「何であんなウソついたのかしら」
このセリフは蛍の母親だ。
ウソなんかじゃない!
僕はイラついて登るスピードを速めた。
「あんたまで死んだらどうするの!」
これは、僕の母親……
いやなセリフを思い出した。
とたんに足がすくみ始めた。
気が付くと、もうカナブンは目前だった。
しかし、自分の今いる位置に気付き、全く進めなくなってしまった。
地上9メーター。
もう一歩踏み出せばカナブンに届く所で、完全に動きが止まった。
恐怖が体を支配し、すぐにでも降りたいという感情に駆られ始めた。
どうしてもあと一歩が踏み出せない。
僕は逃げ越しになっていた。
こんなことに命を懸けて、意味あるの?
死んだら意味ないじゃん!
足が勝手に動き、降り始めた。