カナブンの正体
「とりあえず家まで届けるから、乗れ」
そう言われ、僕は助手席に乗り込んだ。
泥まみれの恰好で申し訳ないと思ったが、そのままシートに座る。
この人は中村って名前だ。
いつも名札をつけているし、ほとんど毎日会ってたから知っている。
年は聞いたことなかったけど、20歳くらいかな?
「こんな時間にこんなところで、ダメだろ」
「……ごめんなさい」
強い口調で咎められて、思わず縮こまってしまった。
でも、仕方ない。
「……で、何でこんなところに?」
その後、僕は事情を説明した。
金色のカナブンを追っていたことや、迷子になったこと。
そして、ホタルに導かれてここまで来れたことを。
「お前、ラッキーだったな。そのホタルがいなかったらどうなってたか分かんなかったぞ」
「はい……」
僕はまたシュンとしたが、それ以上中村さんは怒らなかった。
そして、カナブンの話になった。
「……途中まで確かに後を追ったんだよな?」
「そうです」
運転しながら、少し考えている風な顔をしていた中村さんだったが、予想外のことを口にした。
「金色のカナブンは、金色じゃねえのかも」
「えっ」
「そんな金色が森の中に入って行ったら、一発で分かるだろ。俺の予想だけど、そのカナブン、銀なんじゃないか?」
金色カナブンは銀だった?
しかし、その推理は正しいかもしれない。
「もし体が全身ミラーみたいなカナブンだったら、光が反射すれば金に見えるし、森の中に入ったとたんに溶け込んで見えなくなるだろ?お前が見失った説明がつく」
「そんな……」
もしその仮説が正しければ、一体どうやってそのカナブンを見つければいいのか。
僕の考えを見透かしたかのように、中村さんは答えた。
「ライトで照らせば居場所が分かるだろ?」
「あっ」
僕は思わず声を上げた。
光に反射するってことは、ライトの明かりも反射する。
ってことは、森の中をライトで照らしながら進めば、居場所が分かる。
しかし、この森をくまなく探すのは相当大変だ。
「お前は何のためにカナブンを追ってるんだ?」
中村さんは突然、そんなことを質問して来た。
それは、死んだ蛍が嘘つきじゃないって証明するためだけど、もっと大きな意味があるんだ……
親や大人は、みんな子供の言うことを信じてくれない。
大人たちは、自分のことが正しいと思ってるからだ。
子供の言うことを否定して、自分の思い通りにさせたがる。
そうすることが、僕らが「かわいい」と思える瞬間だから。
「あなたのためだから」と言って、実は自分のために、僕らを安全なところに隠して、操り人形みたいにするのが目的なんだ。
カナブンのことも嘘にされて、あなたにはそんなものは必要ないとか、危ないから探しちゃだめとか、言ってくる。
僕らは頭や力ではかなわないから、それに従うしかない。
でも、心の中では違うと思っている。
それは僕らのためじゃないと。
結局は、親は僕らのことを手放したくないだけなんだ。
そんなねじ曲がった大人と戦うんだ。
僕と蛍で、金色のカナブンを探して、そんな大人たちを見返してやるんだ。
僕は中村さんの問いに、こう答えた。
「カナブンを見つけて、僕の世界を変えたい」
「なんだよそれ、キザなやつだな」
今のセリフですべてが伝わったかは分からなかったけど、中村さんはカナブン探しはお前に任せる、って言ってくれた。
「思春期ってやつだよな。自立心がお前の中に芽生えてるんだろうな」
最後に中村さんはそう言って、僕を車から降ろし、帰っていった。
家に帰ったら物凄い怒られて、ちょっと心が折れかけた……
だって、あんたまで死んだらどうするの?なんて言われちゃったから。
でも、ここでやめたら意味がない。
これは僕らと大人との戦いだから。