迷子
ピピピ、ピピピ、と目覚ましがなる。
朝の6時だ。
学校に行く時だったら絶対に起きないであろう時間に、僕は飛び起きた。
僕の部屋は2階にあるので、階段の音を立てないようこっそり台所に降りる。
炊飯器を開けて、ご飯をラップに包み、それを握る。
森で食べる用のおにぎりだ。
冷蔵庫を開けて、具を探す。
あるのはキャベツ、袋に入った焼きそば、お茶。
「何もないじゃん」
辛うじて具にできそうなもの。
納豆と海苔の佃煮。
僕は仕方なく、その2つを具にすることにした。
納豆は粘って、おにぎりに入れるのが難しかったが、何とか入れて封じ込めた。
手がベトベトだよ。
それを巾着に入れ、リュックサックにしまう。
準備はオーケーだ。
あと、蛍が言ってた通り、木に目印をつける道具がいる。
家の中を物色したが、ナイフは見つからなかった。
かわりに、カッターを見つけたので、それを持っていくことにした。
玄関に置いてあった虫かごと網を持って、外に出る。
禁断の森へはどれくらいかかるのだろうか。
自転車で行ける所まで行こうと思い、それにまたがって、向かう。
禁断の森は、駅に続く大通りを反対方向に進んで、坂道を登っていったところにある。
坂の途中に公園があるので、そこに自転車を止めればいい。
早朝、道行く人といえば犬の散歩をしているおじいちゃんくらいで、車もほとんど通らない。
ただ、セミだけはやかましく鳴いている。
数十分後、例の公園までやって来た。
自転車を脇に止める。
この時点でもう汗だくになっていた。
この一帯はすでに森のため、どこから入っても同じだが、あまり遠くだと自転車を回収するのが面倒なので、この公園をスタート地点にした。
「よーし、行くぞー」
僕は伸びをして、軽く屈伸をした。
その時だった。
光に反射した何かが、視界の端を通過した。
「あ、あれって!」
金色に輝く何か。
まさか……
僕は反射的にその何かの方へ駆け出した。
心臓がバクバク鳴っている。
いきなり金色のカナブンを見つけたのか?
とにかく、その正体を確かめるために、森の中をひたすら走った。
が、森に入ったとたんにその姿を見失ってしまった。
僕は焦って、とにかく森の中を走り回った。
見失うわけにはいかない。
気が付くと、もう引き返せないほど深いところに来てしまっていた。
「はあ、はあ、まずいかも……」
焦って走ったため、来た道が分からなくなっていた。
それでも、感覚で逆の方向に歩き出す。
それが誤りだと気づいたのは、日が暮れ始めてからだった。
辺りは暗くなり、視界が悪くなってきていた。
懐中電灯は持っていない。
スマホはあるが、電波が届かない。
僕は軽くパニックに陥っていた。
カナブンどころではない。
その時、カサ、と何かが動く音がした。
「な、なに?」
振り向くと、うわっ、と声を上げた。
アオダイショウだ。
ダッシュでその場から離れたが、つまずいて転倒した。
「ってえ」
口の中に泥が入って、服も汚れた。
泣きそうになりながら近くの切り株に座って休憩する。
スマホで時間を確認すると、もう8時だった。
朝からずっと歩きまわっているせいで、足はもう棒だ。
「どうしたらいいんだろう」
目からは涙がこぼれた。
このまま死んじゃうのだろうか?
一人でこんなところにいると、孤独感とか不安とか、いろいろなものが押し寄せてきた。
開き直って僕は切り株の上で寝ころんでいた。
星を眺めていると、ふわり、と何か光るものが見えた。
暗闇の中、幻想的に光るそれはホタルだった。
「ホタルだ」
ふわふわと揺れ動いて、僕の周りを飛んでいる。
そのままホタルは僕から離れて、どこかに向かっていった。
僕は気が付くと、ホタルを追って道を進んでいた。
まるで道案内をしてくれているみたいだ。
そのまま進んでいくと、道路に出た。
「道路だ!」
僕はどうにか森から脱出することができた。
しかし、ここから自転車の置いてある公園まではどれくらいかかるのだろうか?
とりあえず道路を下っていく。
家に帰れる嬉しさから足が早まったが、道のりは長そうだ。
しばらく歩いていると、突然車の走って来る音がした。
「止まって!」
僕は反射的に手を上げて、車を止めようとした。
歩いてどれくらいかかるか分からない。
だったら勇気を出して、車に乗せてもらおうと思った。
止まって! と叫びながら手をブンブン振り回していると、車のスピードが緩まっていき、止まった。
フロントライトがまぶしい。
目を細めながら車に近づいて行くと、車の窓が開いて、運転手が顔を出した。
「あれっ、お前……」
「あっ!」
その運転手は、昆虫ショップにいる店員だった。