うそつき
家族で食事をとっていると、突然電話が鳴った。
その電話を受け取った母親が急に驚いた声を上げたので、僕もビクっとなってしまった。
「直、蛍君が車にひかれたって……」
「え?」
何を言ったのか?
あまりに突然のことを言われて、僕は何も考えられなくなった。
しかし、何とか次のセリフを口にした。
「ケガは?」
「……亡くなったって」
死んだ?
蛍が、死んだの?
ゾワ、と背筋を冷たいものが伝う感じがした。
だが、それ以上何か特別な気持ちが沸くことはなかった。
あまりにも突然の出来事だった。
そして、こう思った。
こんなに何も感じないものなのか、と。
その夜、病室に家族で向かった。
その病室のとある一室に、蛍の亡骸があった。
蛍の家族がすすり泣いている。
僕は一礼した。
「ありがとね、ナオ君」
「いいえ……」
蛍の母親が、僕に向き直って話をしてきた。
「カナブンの話をずっとしてたわ」
「はい」
「金色のカナブンを見たなんて、何で最後にそんなウソついたのかしら」
え、と僕は思った。
蛍の母親は信じていないのか……
「カナブンは、います」
しかし、それ以上蛍の母親は何かをしゃべろうとはしなかった。
「次の面会者です。そろそろ……」
病院の人にそう言われ、僕らは外に出て行った。
すると、向こうからうつむきがちに視線を落とした男がやって来た。
(誰だろう?)
間違いなく病室に向かっている。
そして、口の中でぶつぶつ何かを言っていた。
「……は、……ない……」
僕は直感した。
この人、もしかして蛍をひいた人じゃ……
「あの……」
僕はとっさに声をかけていた。
男はドロリ、とした目をこちらに向けた。
「ひいたん、ですか?」
「……あいつが飛び出して来たんだ。俺は悪くない」
「何で、そんなこと言えるんですか!」
僕は怒鳴り声を上げていた。
家族も僕を止めようとしたが、腕を振りほどいて男に向かっていった。
怒りが腹の底から沸き起こって、どうしようもなくなっていた。
「僕たちは、金色のカナブンを探す約束をしていたんだ!」
「金色のカナブン?」
「そうだ、蛍が見たって、言ったんだ!」
すると、男は突然納得したようにつぶやいた。
「あのガキ、幻覚症状があったってことか」
その言葉を聞き、僕はブチぎれた。
「ぶざけんなっ!」
向かっていったが、逆に弾き飛ばされてしまった。
「そんなものがいるわけねえだろうが!」
そして男は歩いていった。
「ち、平謝りしねえと。ガキのせいでこんな面倒なことになっちまった……」
参った、といった風に男は病室に入っていった。
僕は家に帰って今日の出来事を思い出していた。
母親でさえ、蛍のことを信じてはいなかった。
そして、あの男。
ドロリ、とした気色の悪い目をしていた。
ひいた蛍のことより、自分の方が大事といった態度だった。
(あの野郎……!)
しかし、大人たちが言うように、カナブンはいないのだろうか?
僕は蛍の目を思い出した。
あんなにくすんだ色ではなかった。
大きな瞳で、いつもキラキラと輝いていた。
(そうだ、どっちの目でとらえたものが正しいかなんて、考えるまでもないじゃないか!)
僕は翌日から、金色のカナブンを捕まえるべく、禁断の森へと足を踏み入れる覚悟を固めた。
カナブンを捕まえて、証明してみせる。
蛍はうそはついていない、と。
蛍の名誉のためだ。
偶然にも、男はヒータンと言うあだ名です