白と黒の戦争 5
プアールが目を覚ますと周囲に人の気配はなかった。部屋を見回すが、どれぐらい寝ていたのか分かるようなものもない。
とりあえずプアールは部屋から出た。すると、そこには左右に伸びる一本の廊下があった。
左右を見た後、ルーが言っていたことを思い出してたプアールは、奥にあるというキッチンを目指して足を踏み出した。クリーム色に塗られた壁だけが続く廊下を黙々と歩く。
しばらくすると、嗅いだことのない匂いが漂ってきた。プアールが匂いの元を探していると、廊下の突き当りに白いドアがあった。
そこがキッチンだろうと予想したプアールは、静かに白いドアを開けた。
すると、その部屋にはテーブルに五人分の食器が並び、少し離れたところに置いてある鍋からは湯気が立ちのぼっていた。今すぐにでも食事ができるよう整えられているが、肝心のヒトがいない。
プアールは二人を探すために部屋から出て、来た道を引き返すことにした。休んでいた部屋を通り過ぎて、そのまま廊下に沿って歩いていく。
ドアのない廊下を歩き続けていると、微かに高い音が耳に入ってきた。その音の発生源を辿って視線を動かすと、少し先の右側に青いドアがあった。
プアールはドアに近づくと、ためらうことなくドアノブを握り、ゆっくりと青いドアを開けて一歩踏み込んだ。
「……」
部屋の中の光景にプアールはドアノブを握ったまま絶句した。
そこは部屋であるはずなのに、部屋はどこにもなかった。壁も天井もなく、見渡す限りの草原に、澄んだ青空と白い雲が地平線の先にまで広がっている。その景色はプアールが立っている場所の後方にも広がっており、草原にポツンとあるドアと、そこから見える廊下のほうが異質な存在に思えた。
爽やかな風がプアールの頬を撫でながら舞い上がる。
その風につられて上を見上げると、絶滅したはずの鳥が甲高い声で鳴きながら、青空を飛んでいた。廊下で聞いた音の正体を見たプアールは現状を忘れて、空を舞う鳥を見つめた。風に乗って、どこまでも高く優雅に飛ぶ姿から目が離せない。
赤茶けて焦げた大地と、常にどこかから煙が上がり、くすんでいる空しか見たことのないプアールにとって、この鮮明で透明な景色は眩しかった。
呆然としているプアールの足元から声が響く。
「よくこの部屋にいるって、わかったな」
聞き覚えのある声を聞いてプアールが下を向くと、数歩先にインが草の上に寝そべっていた。
プアールはドアノブを握りしめたままインに訊ねた。
「この草と空と鳥は?」
「この辺にある草はオレが育ている本物。それ以外と、空と鳥は映像。そうそう、夕食はちょっと待ってな。ルーがまだ仕事中なんだ。あと、もう少しすればキウとラウが来るから、みんなで夕食を食べよう。そういえば、キウと初めてあったのも、こんな青空の日だったな」
懐かしそうに空を見つめるインに対して、プアールが大きく息を吐く。そしてドアを閉めると、ゆっくりと足を動かした。
固い土とは違う柔らかな地面の感触に少し戸惑いながらも数歩歩いたプアールは、インの頭元で足を止めた。それから両手に力を込めると、意識して大きめの声を出した。
「この戦争がおきた、本当の理由は?」
言葉を口にすると同時に、軽い眩暈と動機がしたが、プアールは倒れることなく我慢した。ふらつく足に力を入れ、額に流れる汗を拭きながら返事を待つ。
そんなプアールに、インは笑って草の上を指差した。
「そんな怖い顔してないで、ちょっとここに寝てみ?」
「…………」
プアールは少し戸惑ったが、あまり立っていられそうになかったため、言われた通り腰を下ろした。手に触れた草は思ったより柔らかく、そのまま体を倒すと頬に草が触れ、初めて感じる匂いが鼻に入ってくる。それは思ったより悪くなく、何故か懐かしさを覚えた。
眼前では青一色の空に白い空がのんびりと流れていき、体の上を滑っていく風が心地よく、眠ってしまいたくなる。
そんなプアールの心情を知ってか知らずか、インは独り言のように静かに話し始めた。
「オレ達、白一族は神と呼ばれる人工知能のコンピューターで管理されている。出生から生活、仕事、健康管理……それこそ死ぬまで管理されているな。そんな状況だから、白一族は神がいないと存続できない。そのため神には、自己防衛として強固な防御プログラムが組まれている。神を害する者がいると、それを排除するように出来ているんだ。まあ神がいないと困るから必要なプログラムではあるんだが……」
そこまで話してインは一息置いた。
「ただ、黒一族の中には神という機械が、ヒトを管理していることを許せないグループがいた。過度な管理はヒトとしての自由を奪っているって。始めは、ほんの小さなグループだったんだけどな。で、ここからはオレの推測になるが……黒一族の中に、自分の存在に対して反対しているグループがいることを知った神は自己防衛のため、オレ達を使って反対派のグループごと黒一族を滅ぼそうとしている可能性がある。この戦争は神が自身を守るために始めた、という可能性が……」
インは空を見つめたまま沈んだ声で言った。
「けど、これが本当に戦争がおきた原因という確信はないんだ。なにより神はオレ達に戦争しろって、命令していない。白一族は自主的に戦争を始めたんだ」
「……そうか」
プアールはまっすぐ空を眺めたまま質問をした。
「……神はいつから存在している?」
「さあな?資料が残っていないほど古いからな。最低でも数千年は経っているだろう」
「そうか」
聞きたいことを聞いて、プアールはあっさりと立ち上がった。ふらつくことも、倒れそうになることもなく平然としている。
インが慌てて上半身を起こしてプアールを見た。
「平気か?無理していないか?」
「問題ない」
そう言ってプアールがドアの方を見ると、キウとラウが入ってきた。
「やっぱりここにいた。食堂に誰もいないんだもん」
頬を膨らまして怒るキウを見て、インは笑いながら立ち上がった。
「悪い、悪い。ちょっと休みすぎたな。キウ、プアールと一緒にルーを呼んできてくれないか?いつもの部屋にいるから」
「わかった。行こう、プアール」
キウがプアールの手を握る。
「は?え?」
突然の展開についていけていないプアールをキウが引っ張る。そのまま二人は草原を走り抜けて部屋から出て行った。
インは二人が部屋を出たことを確認すると、静かに自分を見ているラウに話しかけた。
「で、お前はオレに言いたいことでもあるの?」
いつもは微笑んでいるため温和な雰囲気だが、無表情で黙っていると綺麗な顔が氷のような冷めた印象を与える。
その印象に相応しい冷え冷えとした鋭い声が響いた。
「キウを泣かしたら、殺すからな」
普段は決して使わない話し方。この話し方と声を知っているのは、生きているヒトではインだけだ。あとは全員不慮の死を遂げている。もちろん、キウやルーはその事象さえ知らない。
そんなラウにインはどこか楽しそうに笑った。




