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語られない物語~異界の天使たちによる異聞禄~  作者:
それぞれの思惑

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意識の中の

 朱羅は紫依の意識の中に自分の意識をすべり込ませていた。周囲にはシャボン玉のような円形の物体があちこちにプカプカと浮いている。透明なものもあれば、虹色に輝いているものもあるが、同じ色のものは一つもない。この一つ一つに紫依の記憶が詰まっている。


「ここまで澄んだ意識は初めてだな」


 大抵の人間の意識はどこか濁りや汚れがあり、ひどい時は何も見えないこともある。だが紫依の意識は透き通った海のように、どこまでも見通せた。


「ここには、なさそうだな」


 そう呟くと朱羅は足元に視線を向けた。キラキラと光りに溢れている頭上とは反対に、下は光が届かない深海のように漆黒の世界が広がっている。


 朱羅は重要な記憶は本人が認識できない深層意識の中にあるだろうと見当をつけて、シャボン玉に触れないように注意しながら深く潜っていった。


 シャボン玉の数が少なくなっていき、徐々に薄暗くなっていく。それでも周囲は濁ることなく透き通っており、このまま底にたどり着くつくことなく永遠に続きそうな雰囲気だ。


「静か……だな」


 薄暗く音の無い世界。たまに浮かんでいるシャボン玉が唯一色のあるもの。だが不思議と寂しさはなく、穏やかな気持ちで満たされる。


「こんな意識の世界は初めてだな」


 朱羅が思わず感想を漏らす。そこに突如、ガラスのような壁が現れて行く手を遮った。


「防壁?だれがこんな物を?」


 朱羅が壁をどうするか考えていると懐かしい声が響いた。


「ここまで来てしまいましたのね」


 朱羅が声をした方に体を向けると、そこには予想通りのヒトがいた。


「何故、君がいるんだ?」


 トルコ石のような水色の髪に紫水晶の瞳と象牙のような乳白色の肌。普通なら耳がある所から小さな白い羽根が生えている。まるで宝石で造られたギリシャ彫刻のように完成された姿の女性が立っている。


 朱羅の問いに憂いを帯びた瞳で女性が答えた。


「ここから先へ通すわけにはまいりません」


「紫依の体を使って何をしようとしている?」


「どうしても、しなければならないことがありますの」


「君は死んだ。そのことを理解しているのか?」


 朱羅の鋭い指摘に女性は戸惑うことなく頷いた。


「はい。私は、しなければならないことをするためにラファエルが残したプログラム。本体は死んで存在していません。全て理解していますわ」


 女性の説明に朱羅は納得したように頷いた。


「そうか、だからルシファーは君のことをラファエルの残骸プログラムと言ったのか。だが、何故ルシファーがこのことを知っているのだ?」


「十年前にルシファーが私を攻撃してきた時に話しましたから」


「ルシファーには話して俺達には話せなかったのか?しなければならないこととは、なんだ?」


 女性は質問には答えずに朱羅から視線をそらす。無言となった女性に朱羅は言葉を変えた。


「しなければならないことは俺達に任せられないのか?」


 女性がゆっくりと首を横に振る。


「何をしようとしているんだ?」


 無言を貫く女性に朱羅が詰め寄る。


「答えろ、ラファエル!」





 紫依は微かに聞こえた声に反応して瞳を少し開けた。


「……朱羅の声?」


 目の前には漆黒の世界が広がっている。下を向いていた顔を少し起こすと、自分の体が丸い球体の中に閉じ込められていることに気がついた。


「ここはどこでしょう?」


 ほのかに差し込んでくる光の方を見ると二つの人影が見えた。ほとんど姿は見えないが微かに朱羅の声が聞こえてくる。徐々に気配が鋭くなっていき、声が大きくなっている。一方の相手は立ちすくんだまま動く気配がない。


「止めないと」


 そう感じた紫依は球体に手をついた。透明で繊細そうだが、どう叩いても割れない。紫依は球体を壊すために札を探したが、どこにもなかった。


「どうして?」


 いつも必ず身に付けているのに見当たらない。それどころか風の力も感じない。


「この感じは、電脳空間に似ているような……でも、どこか違うような……」


 悩みながらも紫依は周囲を観察して脱出方法を考えた。こうしている間にも朱羅の殺気が強くなっていく。


 今にも攻撃しそうな朱羅の気配を感じた紫依は、思わず球体に手をついて上空を仰いだ。


「朱羅、いけません!彼女は!……彼女、は……」


 紫依は自分の口から出た言葉に戸惑った。

 ここからでは、よく見えないが、初めて見るヒトであるはずだ。なのに、そのような感じがしない。知っているような、大切で身近な存在のような……


「彼女は……私の……?」


 紫依が必死に思い出そうとしていると、朱羅が大剣を出した姿が見えた。


「ダメです!朱羅!」


 紫依が叫ぶと同時に、足元が輝いた。


「え?」


 下を見ると、まるで古い映画のフィルムように一コマ一コマが描かれた大量の記憶が目の前に現れ、頭の中を通り抜けていった。


「これは!?」


 次々と強制的に映像が流れていく。それは紫依が知らない記憶ばかりだった。

 十年前、オーストラリアでルシファーに攻撃され、母親が自分を庇った出来事。そこから記憶は遡り、生まれ変わる前のラファエルの死、その原因となった神との戦闘。その前に起きた仲間の死……

 映像を逆再生しているように次々と記憶が流れてくる。


 記憶の再生が終わった後も紫依はすぐには動けなかった。深紅の瞳から勝手に涙があふれて落ちていく。


「……そういうことだったのですね」


 紫依は涙を拭うと両手に力を入れた。それだけで大鎌が現れ、紫依は閉じ込めていた球体をあっさりと斬り捨てて自由の身となった。


「私のするべきことが、わかりました」


 紫依は二つの人影に向かって移動した。


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