弱点
朱羅はオーブに言われた通り紫依を夕食に誘うため、紫依が休んでいる部屋の前でドアをノックした。
「紫依、夕食ができたそうだ」
いつもならすぐに返事があるが今日はない。それどころか部屋から気配を感じない。
「入るぞ」
朱羅が部屋に入ると、そこにいるはずの紫依の姿がなかった。こちらの世界に慣れてきたとはいえ警戒心の塊でもある紫依は一人で自室から出ることは滅多になかった。あるとしても必ず誰かに声をかけてから基地内を散策している。
何かを感じた朱羅は何もない壁に叫ぶように言った。
「紫依の現在位置は!?」
言葉に反応して空中にスクリーンが現れる。そこに地図と一つの点が表示された。その場所を確認すると、朱羅は走ってスクリーンに表示された部屋へ移動した。
朱羅がその部屋に入ると、紫依がスクリーンを操作して次々と何かの情報を見ていた。よほど集中しているのか、紫依は朱羅が部屋に入ってきたことに気付いていない。前世の記憶がない紫依が、この部屋のシステムをこれだけ鮮やかに操作することは不可能である。
朱羅は言葉を選んで呼びかけた。
「ラファエル、何の情報を探しているんだ?」
その言葉に驚くことなく紫依がゆっくりと振り返る。紫水晶の瞳で朱羅を確認すると、そのまま気絶するように倒れた。
「おい!」
朱羅が慌てて紫依の体を支える。ゆっくりと紫依の瞳が開いたが、瞳の色は深紅だった。
紫依は部屋を見回しながら不思議そうに朱羅に訊ねた。
「あれ?ここは私の部屋……ではないですよね?」
「やはり覚えていないか」
「やはり?」
混乱している紫依に朱羅は優しく言った。
「一度、寝た方がいい。起きたら説明する」
「……そうですね。体が重くて、眠いです……どうしてでしょう?先ほどまでは、そんなに眠くなかったのに」
立ち上がろうとする紫依を朱羅が抱き上げる。
「あ、自分で歩けますから」
「顔色が良くない。部屋まで送る」
「……ありがとうございます」
普段より青白い顔をした紫依が朱羅に寄りかかる。
「少し寝れば元に戻るだろう」
「……はい」
心地よい揺れに瞳を半分閉じながら紫依は独り言のように呟いた。
「私の体に……何が起きているのでしょう……」
「それは、わからない。だが、どこに居ても俺が見つけ出す」
紫依はどこか嬉しそうに微笑んで深紅の瞳を閉じた。
「ありがとうございます」
紫依が安心したように眠る。朱羅は何もない廊下を睨みつけるように、まっすぐ歩いていった。
蘭雪を追いかけて地上に転送したオーブの前には一面のジャングルが広がっていた。
「この中を探すのは大変そうだな。上から探すか」
生い茂った木々と葉のため背中に翼を出すスペースさえない。そのためオーブは身近にあった木に登り、視界が開けたところで背中に翼を出して上空に舞い上がった。そこで地上に視線を向けてオーブはあんぐりと口を開けた。
「なんだ、こりゃ」
ジャングルを斬り裂いて無数の道が出来ている。いや、現在進行形でそれは今まさに作られていた。前触れなく木々をなぎ倒す音と共に土煙が一直線に舞い上がり、一本の道が完成する。それが一定のリズムで点々と発生していた。
「なにが起きているんだ!?」
オーブが一番新しくできた道の近くに急降下する。ジャングルに突っ込む前に下降スピードを緩めたところで足に白い鞭が絡みついた。
「どわぁ!?」
そのままジャングルの中に引きずり込まれる。途中で全身に緑の葉の洗礼を受けて、地面に転がり落ちた時には、ジャングルの一部になったかのように葉が体に突き刺さっていた。
「なにするんだよ!?」
こうなった原因に向かってオーブが吠える。一方の相手はオーブの淡い金髪を鷲掴みにして容赦なく微笑んだ。
「どうして、ここに来たの?ここじゃあ、あなたの自慢の武器は使えないのよ?つまり足手まとい以外の何物でもないのよ?」
「いや、その前にここで何をしているか教えてくれないか?どういう状況なんだ?」
蘭雪は掴んでいた金髪を乱暴に離すと木の陰から一点を見つめた。
「もう少しだったんだけど、ここは撤退するしかないわね」
「は?なにがもう少しだったんだ?」
オーブが同じように木の陰から蘭雪の視線の先を覗く。そこには大剣を持って周囲を散策しているルシファーの姿があった。
「あのヤロー!」
オーブが左手に金色に輝く弓を出すが周囲に生えている木に盛大にぶつかり、そのまま木を倒した。
「こんなに木が密集している場所で、そんな大弓が使えるわけないでしょ。矢を放つところか弓をかまえることも出来ないのに」
「いや、でも……」
オーブが話そうとしたところで静かな声が響いた。
「そこですか」
ルシファーが大剣を頭上に掲げる。蘭雪はオーブの襟首を掴みながらため息を吐いた。
「帰るわよ」
橙色の光の輪が包む。ルシファーの大剣から発せられた衝撃波が襲ってきたが、二人の残像と周囲の木々をなぎ倒し新たな道を作って終わった。
「……逃げられましたか」
ルシファーが考えるように顎に手を置く。
「計画を早めないといけないようですね」
呟きとともにルシファーは姿を消した。
地下基地に戻った蘭雪は体に付いた葉を叩き落としながら落胆しているオーブに視線を向けた。
「なにガラにもなく落ち込んでるのよ?」
「……いや、なんとなく気づいていたけど、こうして目の当たりにするとショックというか」
「あぁ、武器が使えなかったこと?」
ど直球の指摘にオーブが項垂れる。
「今までは、たまたま、ああいう場所で戦うということがなかっただけなんだよな。狭い場所で戦う可能性もあるし、もしそうなったら……」
「そうね。と、いうか今までなかったほうが不思議だけど」
「はぁー……」
背後に暗い影を背負ったオーブの頭を蘭雪が叩く。
「辛気臭いわね。お腹空いたんだけど夕食は?」
「できてるから適当に食べてくれ」
「オーブはどうするの?」
「もう少し落ち込んとく」
「あー、もう鬱陶しいわね。一人で食べても美味しくないんだから。ほら、さっさと来なさい」
蘭雪は白い鞭をオーブの体に巻き付けると、そのまま引きずって部屋から出て行った。




