保留
音も気配もなく、いつの間にか部屋に入っていた蘭雪がオーブの隣の席に座っていた。
オーブの質問に蘭雪が興味なさそうに軽く首を傾げる。
「さあ?」
ある意味、予想通りの回答だったのでオーブが気になっていることを先に訊ねた。
「と、いうか体はもういいのか?また立ったまま気絶するなよ?」
「普通に動くのに問題ないぐらいには回復したわ。それより私を抜きで、こんな面白い話をしている方が問題だと思うんだけど?」
妖艶な流し目を向けられたオーブの口元が引きつる。
「いや、別に面白い話じゃないと思うぞ。それに、今はこの二人をどうにかするほうが先だろ」
蘭雪の存在に気付かずに睨み合いを続けている二人を横目で眺めながら蘭雪が話す。
「まあ、確かに神の中心部の情報は欲しいわね。そういえば最後まで生きていたのはラファエルだったわよね?」
蘭雪の質問にオーブが頷く。
「らしいな。ウリエルもミカエルも死んだ後にラファエルが神の中心部に到達したが死んだって聞いたから」
「つまり、ミカエルはラファエルが死ぬ姿を見てない。朱羅はラファエルが死ぬところを紫依の記憶から見たくないってことかしら?」
なんとなくその気持ちがわかるオーブは蘭雪から視線を逸らした。
「あー……どうなんだ、朱羅?」
途中から蘭雪の存在に気が付いていた朱羅が少しだけ二人に視線を向ける。だが、蘭雪の存在に今気が付いた紫依は勢いよく立ち上がった。
「体は大丈夫ですか!?」
「おわっ!」
蘭雪に飛びついてきたためオーブが慌てて下がる。一方の蘭雪は優しく微笑みを浮かべて紫依を迎え入れた。
「大丈夫よ。心配をかけて、ごめんなさいね。もう無理はしないわ」
「そんな……私が悪いのに謝らないで下さい。私こそ……ごめんなさい」
蘭雪の前で俯いたまま立ちすくむ紫依の頭をゆっくりと撫でる。温かな雰囲気が二人を包む中、一歩離れた場所でオーブはおぞましいものでも見たかのように顔を引きつらせていた。
「……蘭雪が……自分から謝った……まさか……」
小刻みに震えているオーブの肩に白い手が伸びる。ポンと肩を叩かれると同時にオーブの体が跳ね上がった。
「うわっ!?」
その声の大きさに全員の視線が集まる。オーブが自分の肩を叩いた人物へと視線を向けると、そこには気まずそうに微笑みを浮かべるアークがいた。
「驚かすつもりはなかったのですが……」
「あ、いや、大げさに驚いて悪かった。で、なんだ?」
「オーブは朱羅が記憶を見たくない理由がわかるようなので、詳しく教えて頂けないかと」
「それは、ちょっとなぁ……オレと朱羅がまったく同じ感情ってわけじゃないから。そこは、やっぱり朱羅に聞くべきじゃないか?」
そのまま全員の視線が朱羅に移動する。
朱羅は全員から視線を逸らして言った。
「必要な記憶だけ見られればいいが、不必要な記憶まで見てしまう可能性がある。それは紫依のプライバシーを侵害することになる」
その言葉に紫依が朱羅の前まで歩いて移動すると、堂々と正面に立って宣言した。
「そこは、私はかまわないです」
譲らない紫依に朱羅が再び翡翠の瞳を向ける。
「だから、俺がかまうんだ」
二人の意見は平行線で少しも歩み寄る様子がない。
蘭雪はため息をついてアークを見た。
「とりあえず、今日は諦めたら?紫依の体もそろそろ限界みたいだし」
「え?」
紫依が振り返ると同時に体が後ろに倒れた。体が床に着く前に朱羅が支える。
「え?あの?どうして私?」
全身の力が抜けて体を動かせない紫依が戸惑いながら朱羅を見る。
「やはり体にかかる負荷や痛みには鈍いようだな。初めての転送で体に慣れない負荷がかかっていたんだが、気付いていなかったのか?」
「負荷、ですか?」
「あぁ。普通なら温泉に入っても気絶まではしないだろ?慣れない負荷のせいで、のぼせた後に気絶までしたんだ。アーク、この話は保留だ」
「仕方ないですね」
朱羅が平然と紫依を抱き上げる。その行動に紫依が珍しく慌てた。
「自分で歩けます。大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないから、こうしているんだろ。少しは頼れ」
そう言うと朱羅は部屋から出て行った。
朱羅が紫依を横抱きにしたまま無言で長い廊下を歩く。しばらくすると廊下にポツンとドアが現れ、朱羅はその前で足を止めた。
自動でドアが開き、朱羅が部屋の中に入る。
「話の続きは明日以降だ。今日はゆっくり休め」
その言葉に反応して朱羅の目の前にベッドが床から現れる。朱羅は紫依をベッドに寝かせて説明した。
「必要なものは言えば出てくる。何か困ったことがあったら呼べ」
「ありがとうございます」
紫依は動かない体で部屋から出て行く朱羅を見送ると、そのまま意識を手放した。
異世界編で完結する予定でしたが何故かどんどん長くなっているので
もう少し章を増やすことにしました。
切りはよくないですが無理やり切って次の章にします。




