黒の回想10
獅苑は紫水晶の瞳を睨むように見つめたままキッパリと言った。
「賢者の住む城にかかわる仕事をしたいと思います」
迷いなく発せられた言葉に驚いてラファエルがウォーターとブローディアに視線を向ける。だが二人は獅苑の背後で静かに首を横に振った。
賢者の住む城。
それは、この世界のありとあらゆる情報が集まり記録、管理される場所である。数学、文学、科学等から音楽、芸術、はては個人情報まで全てが記録されている。賢者の住む城にない情報はない、と言われるほど有名な場所だ。
だが賢者の住む城にかかわる仕事というのは別問題となる。
「それが、どのような仕事なのか知っていますか?」
獅苑は少し迷った後、余計な説明はやめて事実だけを言った。
「プアールに会いました」
思わぬ名前にラファエルの表情が崩れる。
賢者の住む城の情報を全て記録、管理しているのが城の主であり賢者と呼ばれるプアール・コットだ。ただし名前と存在は極秘であり、一般では伝説のように語られている。
そんな一部の関係者にしか姿を現さない賢者が、よりにもよって反逆者グループに登録されていた獅苑の前に姿を見せた。普通なら考えられないことだが、獅苑がウソをつく性格ではないことはラファエルが一番よく知っている。
ウォーターとブローディアが顔を見合わせている中、獅苑は続きを話した。
「仲間達はディオに生きろと言いました。名前は変わりましたが仲間の記憶はあります。私はこのまま仲間の記憶とともに、仲間の記録が残る賢者の住む城を守りたいのです」
賢者の住む城では全てが真実のまま保存されることが原則であり、今回のこともルカルサの研究施設にあった情報から事の顛末まで全てが記録されていた。
ラファエルが少し困ったように眉をひそめる。
「賢者の住む城にかかわる仕事は一つしかありません。それは賢者の住む城の守護者。その危険性は頭が良いあなたなら想像できますよね?」
守護者。
それは言葉の通り、賢者の住む城にある情報を狙う者から情報と賢者を守る者のことだ。現実空間では賢者の住む城は神に近いところにあり、何重にも守られているため物理的にも近づくことは不可能に近い。
だが電脳空間では厳重な警備をしているにもかかわらず侵入者からの攻撃がある。電脳空間とはいえ攻撃されればプログラムは傷つき、それによって死ぬこともある。平和なこの世界で唯一、死の危険がある仕事だ。
「それでも私は守護者になろうと思います」
二人がお互いの考えを探り合うように真っ直ぐ見つめあう。そして、先に視線を逸らしたのはラファエルだった。
「わかりました。獅苑なら電脳空間と現実空間を自由に行き来できますし、特殊能力も持っていますから、守護者としての素質、資格は十分あります。あとはプアール次第ですけど」
「そこは自分でどうにかします。ありがとうございます」
一礼する獅苑の首にブローディアの腕が絡まった。一見するとブローディアが背後から獅苑の首を絞めているように見える。
「よっし!プアールはオレが説得してやる。これからビシビシ、鍛えてやるからな」
「は?」
黒い瞳を丸くする獅苑にラファエルはクスクスと笑いながら説明した。
「言い忘れていましたけど、ブローディアとウォーターも賢者の住む城の守護者なんですよ」
その言葉に獅苑の表情が面白いほど崩れた。だが、獅苑はすぐに顔を無表情に戻すとブローディアを見上げた。
「一応、仕事をされていたのですね、先輩。私はてっきり女性を誘拐するのが仕事かと思っていました」
ウォーターは獅苑が初めてブローディアと会ったときの出来事を思い出して、恥ずかしそう顔を赤くして俯いた。
だが、ブローディアは余裕のある笑みで言葉を返す。
「綺麗な顔して、なかなか言うな。紫苑ちゃん」
「あなたには負けますよ、ブローディア先輩」
その言葉にブローディアは吹き出すように笑って獅苑から離れた。
「オレのことはブローディアでいいなからな、獅苑」
「わかりました」
そう言いながら獅苑は口元だけで笑った。




