夕食会
その夜の夕食はお刺身と浅漬けとすき焼き鍋がテーブルの上に並んだ。
リビングに入ってきたオーブが驚きながら椅子に座る。
「すごい量だな。よく一人で作ったな」
「いえ、一人ではないのです。お刺身は朱羅に作って頂きました」
そう言って紫依が向けた視線の先では、朱羅が刺身包丁を洗って布巾で拭いていた。包丁の刃が鋭く光るが、それ以上に朱羅の瞳が光っている。
そのまま戦闘を始めてもおかしくない雰囲気にオーブが呆れたように言った。
「お前、どこで刺身の作り方を習ったんだよ?」
「魚のさばき方を知っていれば出来るだろ」
そこに蘭雪と風真がリビングに入ってきた。
「美味しそう。紫依が作ったの?すごいわね」
「すごく美味しそうだ。こんなに作るのは大変だっただろう」
二人からの賛辞に紫依は小皿を並べながら朱羅を見た。
「いえ、朱羅が手伝ってくれたので助かりました」
今までオーブが手伝うと言っても、一人で大丈夫の一点張りだったのに、どう言ったら手伝うことが出来たのか。
オーブは諦めたように笑って蘭雪を見た。
「確かに朱羅のほうが一枚上手みたいだな」
蘭雪はオーブの言葉の意味を理解して微笑んだ。
「でしょ?紫依、なにか手伝うことがある?」
その発言にオーブが慌てて立ち上がる。
「いい。なにもしなくていい。手伝うことがあるならオレがするから」
あまりの慌てぶりに紫依が首を傾げる。
「手伝って頂きたいことはありませんが、どうしたのですか?」
蘭雪は椅子に座りながらクスリと笑った。
「私が家事を手伝うといつも大惨事になるからよ。たぶん、ここにある料理が全て食べられなくなるぐらいのね」
大げさな話だが蘭雪は誇張している様子もなく平然と言った。その足元ではオーブが大きく脱力している。
「自覚しているなら手伝うって言うなよ」
「あら、手伝わないのは無礼かと思って、一応言ってみたのよ」
「そんな恐ろしいことは、一応でも言うな」
疲れ切った表情でオーブが椅子に座る。
そんな二人の様子を見ながら風真はちょうど湯呑を持ってきた朱羅に声をかけた。
「この二人はどういう関係なんだい?まるで漫才のようだけど」
「いつものことだ。気にするな」
紫依が慣れた手つきで全員の湯呑にお茶を入れていく。
「お二人は仲がよろしいのですね。みなさん、召し上がって下さい」
そう言って紫依が椅子に座ると、一斉に食事を始めた。
「すき焼きって生卵をつけると味がまろやかになって美味しいのね」
蘭雪の言葉に風真が頷きながら言う。
「具にしっかり味が染み込んでいて美味しいよ」
「どんどん料理の腕が上がっていくなぁ」
オーブが感心している隣で蘭雪は刺身にも舌鼓を打ちながら紫依に訊ねた。
「そういえば、昼間はどうだったのかしら?何を買ったの?」
「いろいろ買って頂きました。始めに入ったお店は興味深い商品がたくさんありました」
紫依の話に風真が嬉しそうに相槌をうつ。
「へぇ、どんなものがあったんだい?」
話題は昼間のことに移り、全員で会話と食事を楽しんだ。
そうして和やかに食事を食べ終えた頃、蘭雪は風真を見て少し申し訳なさそうに唐突に言った。
「悪いんだけど、これからしばらくは、この家に近づかないでほしいの」
風真は昼間に蘭雪と会話をして少しは慣れていたので、前フリのないこの突然の話にもすぐに対応できた。
「いきなりだね。理由は聞かない方がいい?」
「そうね」
「じゃあ、いつ頃ならこの家に近づいてもいい?」
「こちらから連絡するまで」
なんとなく予想していた答えに風真はフッと笑った。
「なら僕が生きている間に連絡がくることを祈るよ」
「大丈夫よ。この戦いで終わらせるから。じゃあ、席を外してもらえる?」
有無を言わさない妖艶な微笑みを向けられて風真は諦めたように席を立つ。その姿に紫依はどこか不安そうに顔を向けた。
「兄様……」
「料理、美味しかったよ。次は鍋が食べたいな」
紫依が嬉しそうに頷く。
「はい。腕によりをかけてお作りします」
「あぁ。楽しみに待っているよ」
そう言うと風真はリビングから出ていった。
蘭雪は少し時間をあけると真っ直ぐ紫依を見て話を切り出した。
「明後日、紫依の体の検査をして問題がなければ向こうの世界へ行くわ」
「明後日ですか?」
「えぇ。急な話で悪いんだけど、いいかしら?」
「私はかまいません。そういえば、検査とはどのようなことをするのですか?」
「紫依は立っているだけでいいから。一瞬で全身をスキャンして終わりよ」
「それで分かるのですか?」
蘭雪が自信にあふれた笑顔で答える。
「ええ」
「その時に前世の記憶が戻らない原因も分かりますか?」
その質問に全員の表情が固まる。誰もが気にしながらも話題に出せなかったことだ。
蘭雪は少し困ったような表情で言った。
「あなたに嘘は通じないらしいから正直に言うわね。それは私にも分からないわ。普通の人なら記憶が戻らない原因もその検査で分かる。けど、あなたの場合は精神が特殊だから、原因が精神にあるとしたら分からないの。原因が肉体的なものなら、もちろん分かるんだけどね」
「そうなのですか」
どこか沈んでいるように見える紫依にオーブが明るく話しかける。
「記憶が戻らなくても大丈夫。問題ないよ」
「ですが、みなさんにご迷惑が……」
「紫依」
全員の視線が言葉を切った朱羅に集まる。
「迷惑だとは思っていない。君は今のままでいい」
朱羅の言葉に紫依がどこか恥ずかしそうに俯きながら頷いた。
「……はい。ありがとうございます」
二人の様子を微笑みながら見守っていた蘭雪が言った。
「オーブが造った転送装置で検査ができるし、向こうの世界にも一瞬で行けるわ。と、いうわけで片付けはオーブに任せて、私たちはお風呂に入りましょう」
その言葉に蘭雪以外の三人の目が丸くなった。




