買い物
車から降りた紫依は大通りを歩く人々をゆっくりと眺めた。
「たくさん人がいるのですね」
朱羅も周囲を軽く眺めながら答える。
「いや、今日は平日だから人は少ない方だ。気になる店があれば入ろう。こういう所は初めてなのだろう?」
大通りにはブディックビルが立ち並び、街路樹の葉が紅葉して歩道に彩りを添えている。
紫依は一番近くにある店を見て朱羅に訊ねた。
「あれは、どういうお店ですか?」
店先には可愛らしい小物が並んでおり、入り口はフリルのカーテンで飾られている。
「雑貨店だな。日常生活に必要な物や、飾り物を売っている。気になったなら入ろう」
そう言うと、朱羅は紫依を先導するように店に入っていった。
店内は可愛らしい小物で埋め尽くされており、客は若い女性が多い。その中で朱羅は浮いた存在だった。
長身でただでさえ目立つのに、アクセサリーのプラチナというより刀の刃のように鋭く輝く銀髪に、極上の宝石のような翡翠の瞳。外見は欧米人だが、そこまで彫りは深くなくモデル雑誌でもめったに見られない美形の顔立ちだ。
店内で商品を物色していた女性達の視線が自然と集まり、黄色いざわめきへと変化する。そのまま一緒にいる女性へ羨望と嫉妬の視線が注がれるが、そこで再びざわめきが起こる。
艶やかな長い黒髪と、長いまつ毛に縁取られた深紅の瞳。可愛らしい顔立ちに、陶器のように滑らかな肌。それは、まるでアンティークドールが動いているような姿だ。
二人がいる場所だけ別世界のように輝いている。その光景に誰も近づけず、自分たちの買い物も忘れて遠巻きに眺めている。
周囲から羨望の眼差しを向けられている紫依だが、それは気にするほどのことでもなかった。
店に一歩入ったところで立ちすくみ、目の前に広がる世界に釘づけになっていたのだ。
「すごいです……」
初めて見るパステルカラーに彩られた可愛らしい商品の数々。どれもがハートやクローバー、花柄などで装飾されており、なにに使うか分からない商品も多いが、全てが輝いて見える。
「入らないのか?」
「は、入ります」
紫依はキョロキョロとせわしなく周囲を見回しながら、どんどん店内へと足を踏み入れていった。顔は無表情だが大きな瞳はいつもより大きくなっており、足取りも普段より早い。
そんな紫依の後ろを朱羅が黙って歩く。紫依は興味がありそうに商品を見ながらも手に取ることはなかった。その様子に朱羅が顎に手を置いて考える。
一通り店内を見た紫依が振り返って朱羅に声をかけた。
「朱羅は何か買うものがありますか?」
「いや、俺はない」
「では、外に出ましょう」
あっさりとした宣言に朱羅が翡翠の瞳を少し丸くする。
「……もう見なくていいのか?興味があるなら手に取って見ればいいし、気に入ったなら買えばいい」
朱羅の言葉に紫依が頭を横に振る。
「いいえ。そもそも自分のお金ではないのに、絶対に必要なものならまだしも、そうでないものは買えません」
「そこは心配しなくていい。今日、買うものは全て俺が支払う」
「え!?でしたら、ますます買ってもらうわけにはいきません!」
紫依にしては珍しく言葉に力を込めて言ったが、朱羅は深紅の瞳を見つめたまま平然と言った。
「俺がもっと早く君を見つけていれば、君は外界から閉鎖された隠れ里で過ごす必要はなかった。外の世界を自由に歩けたし、買い物をすることもできた。閉ざされた時間を取り戻すことは出来ないが、せめて今日ぐらいは自由に買い物をしれくれ」
「それは、朱羅が悪いわけではありません。隠れ里で過ごすことは、私自身を守るために必要なことでしたし、私が力不足だったせいで……それに、なにかとご迷惑をかけてばかりですし、今もまだ記憶は戻っていませんし……」
自分で言いながら紫依が沈むようにうつむいていく。
「紫依」
名前を呼ばれて紫依が顔を上げると、翡翠の瞳が真っ直ぐ向けられていた。
「迷惑だと思っていないと言っただろ?それに、これは俺の気持ちの問題だ。勝手で一方的で贖罪にもならないが、俺のわがままに付き合ってもらえないか?」
「ですが……」
紫依が考え込むように俯いたまま顔を上げない。
「それとも、迷惑か?」
朱羅の言葉に紫依が勢いよく顔を上げる。
「そんなことありません!」
「なら問題ないだろ?」
朱羅の言葉に紫依は少しうつむいて考えると、そのまま上目使いで朱羅を見た。無表情なのだが頬はほんのりと赤くなっている。
紫依はおずおずと訊ねた。
「でも、あの……本当に、よろしいのですか?」
「ああ」
朱羅が爽やかな笑顔で頷く。その表情に遠くから見ていた女性達から黄色い歓声があがったが、二人はまったく気にしていない。
「あ、ありがとうございます」
紫依がどこか申し訳なさそうに礼を言う。その様子に朱羅は軽く頷くと商品を入れるカゴを持って歩き出した。
「とりあえず気になった商品を買っていこう」
「え?えぇ!?」
朱羅が棚にある商品を次々とカゴの中に入れていく。その手は乱雑で適当に商品をカゴに入れているように見えるが、紫依はそうではないことにすぐに気が付いた。
「あの、ちょっと待って下さい」
「どうした?」
朱羅がカゴに入れていた商品は、全て紫依が興味を持って他の商品より少しだけ長く見ていた物だった。
そこまで細かく観察されていたことに驚きながらも紫依は朱羅に言った。
「こんなにたくさんはいりません。ちゃんと選びますので」
「そうか。なら、どれがいい?」
朱羅に差し出されたカゴを紫依が覗き込む。
「そうですね……えっと……」
見るだけで商品に触れようとしない紫依に朱羅がため息を吐く。
「わかった。こうしよう」
朱羅はカゴの中に入れた商品を素早く棚に戻すと紫依に声をかけた。
「これで選びやすいだろ」
「あ、はい」
紫依は棚に並んだ商品に視線を向けた。そして気になった商品を見つめた。時に自分の首の角度を変えながら、様々な角度から棚にある商品を見つめた。
その光景に朱羅が再びため息を吐く。
「そんなに気になるなら手に取ればいいだろ?」
「ですが……」
「手を出せ」
「はい」
条件反射のように紫依が両手を出す。そこに朱羅が紫依の手に触れないように商品を手渡した。
「料理をする食材と同じように触ればいい。普通にあつかえば簡単には壊れない」
「ですが、もし壊してしまったら……」
「その時は買い取るから問題ない。君は気にせずに商品を選べ。他にも行く場所があるから、時間はかけ過ぎないように」
「は、あ、わかりました」
紫依が丁寧な手つきで商品に触れる。そして、いろいろな角度から商品を観察すると、そっと朱羅が持っているカゴの中に入れた。その口元は少しだけほころんでおり、どこか嬉しそうにも見える。
朱羅はそんな紫依の頭に手を伸ばしかけて動きを止めた。紫依はまったく気づいておらず、再び棚にある商品を手にして吟味している。
オーブから紫依に触れないように注意されて守ってはいるが、何故か無意識に紫依に触れようと手を伸ばすことがある。その理由は自分でも分からない。
朱羅は自分の手を見ると首を傾げた。




