一方的な謎の戦い
その日の天気予報は曇り時々、雨。いつ雨が降ってくるか分からないので、傘が手放せない一日となるでしょう。と、いうものであった。
それはオーブにも当てはまった。
家の中ではあったが、いつ何が降ってくるか分からないため、身を守るための傘(実際は鍋の蓋)が手放せなくなっていた。
とにかく紫依がいる方向から花瓶やハンガーなど予測不可能なものが飛んでくる。そして、その半分は家を破壊するという結果へと繋がり、オーブは修繕に追われた。
「あー、もう、なんなんだよ!」
オーブは壁や床や天井に開いた穴を手際よく修理しながら唸った。
早くこの状況を打破しなければ、転送装置が完成する前に紫依が家を消滅させてしまう。
オーブは今日一日、紫依を観察した結果を頭の中で整理した。
「とにかく、紫依の態度が変なんだよな」
普通に会話をしていても家事をしていても、紫依は朱羅と一定の距離をとるようになっていた。それは二人の間に見えない物差しがあるのかというほどであり、朱羅がある距離から少しでも近づくと、紫依が飛んで離れるのだ。
その離れる時に力のコントロールが出来ていないため、様々な物に手が当たってオーブへの被害、家への破壊行動に繋がっている。
「とっさに離れているような感じだよな。だから余計に力のコントロールが出来ていないんだろうけど」
そんな紫依だが朱羅と普段通りに近づく時もある。それは力を発散するために組手をしている時だった。
「組手をしている間は平和だったな……」
オーブはしみじみと呟きながら頷いた。
「でも、紫依は自分で不自然な態度をとっているとは思っていないような感じだよな。朱羅に至っては論外だったな」
こんな態度をとられている朱羅は当然、気が付いていると思われたが、あまりにも平然としすぎていた。そのため、このような態度をとられるようになった原因を知っているのではないかと考えて、オーブは紫依がいないところで朱羅に訊ねた。
だが、朱羅からの返事は
「知らない。思い当たることもない」
と、いうものだった。
原因を探ろうにも朱羅はこういうことには無頓着で頼りにならない。
オーブは家の消滅を防ぐため、それ以上に自身の安全確保のため、夕食後に紫依をリビングへ呼び出した。
「甘いものを食べながらなら警戒心も緩むだろうし、話しやすい雰囲気も作りやすいよな」
オーブが紫依の不振な動きの原因を探るために手作りしたチョコレートを皿の上に並べていく。
そこに何も知らない紫依がリビングに入ってきた。
「どうされました?」
紫依が無表情のまま軽く首を傾げる。長い黒髪が艶やかに揺れ、大きな深紅の瞳がまっすぐ見つめてきた。
外見だけは極上のアンティークドールさながらなのだが、中身はゴ◯ラ顔負けの破壊王となっている。
オーブは頭をかきながら紫依に椅子を勧めた。
「んー、まあ、たいしたことじゃないんだけどさ。とりあえず座って話さない?」
「はい」
紫依が素直に頷いて椅子に座る。オーブはさりげなく近づいてテーブルにティーセットを置いた。だが、紫依が動く様子はない。
これがオーブではなく朱羅であったら、磁石のN極とS極のように紫依は椅子から飛び退いている距離である。
オーブは内心だけで首をひねりながら、チョコレートを取りにキッチンに戻った。
「やっぱり普通だよな。位置をかえて近づいてみるか」
オーブは様々なチョコレートがのった皿を片手に持って紫依の後ろに立った。
そこで、ふと紫依の右肩についているゴミに気が付いた。いつもならゴミがあることを教えて終わりなのだが、今日は何も言わずにゴミを取るために手を伸ばした。
あと少しでゴミに手が触れる……というところで紫依の体が動く。それは自然な動作で少しだけ左にずれたのだ。
「え?」
宙をさまようことになった右手を見ているオーブに紫依が気づいて振り返った。
「どうかされましたか?」
「あ、いや……紫依の肩にゴミが付いていたから取ろうとしたんだけど……」
「そうなのですか?あ、ありました」
紫依は肩に付いていたゴミをつまむとゴミ箱へと捨てにいった。
その様子にオーブは少しだけ瞳を細めると、皿をテーブルに置いて小指大ほどの鉄球を袖口から取り出した。そして、そのまま紫依の死角から鉄球を飛ばした。
鍛練場でもなく、手合わせ中でもなく、家のリビングという、くつろぎの空間で一直線に飛んでくる鉄球。しかも死角であるため紫依から鉄球は一切見えない。
確実に紫依の背中に当たると思われたが、これも紫依は紙一重で避けた。いや、避けたという意識はない程度の動きだった。体を反転させてオーブに声をかけてきただけなのだ。
「で、どのような用件でしょうか?」
「そのことなんだけど……」
オーブは両手を組んで唸った。自然な動きに見せて鉄球を避けたのか、それとも偶然か。オーブは壁にめり込んだ鉄球を眺めながら悩んだ。
そんなオーブの視線に気が付いた紫依が壁を見る。
「あ、穴が。いつの間にできたのでしょう?」
紫依が無表情のまま不思議そうに首を傾げる。
その言葉と態度で、紫依は鉄球に気が付いていなかった、と結論づけたオーブは率直に言った。
「そこの穴はオレが直しとく。それより、聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「あ、はい」
紫依が再び椅子に座る。向かい合うようにオーブも椅子に座ると訊ねた。
「さっきオレが紫依の肩のゴミを取ろうとしたのは、気がついていた?」
「そうなのですか?まったく気づきませんでした」
紫依は嘘をついている様子も、誤魔化している様子もない。オーブは何でもないことのように軽く笑いながらチョコレートがのった皿を差し出した。
「なら、いいや。それより、このチョコを食べてみて。この前作ったチョコより甘さを抑えてみたんだけと、どう?」
「これを全部、オーブが作ったのですか?すごいですね。いただきます」
紫依が指定されたチョコを口に入れる。
「確かに、この前より甘くないですね。私はこの味のほうがいいと思います」
「紫依はビターが好きか。じゃあ、こっちはどう?」
「これは何か入っていますね。この前とは違う……でも豆のような……」
「カシューナッツが入っているんだ。この前のアーモンドと比べて、どう?」
「こちらも美味しいと思います」
「あと、こっちはドライフルーツを入れたんだけど、何が入っているか分かる?」
「食べたことがある果物でしたら分かると思うのですが……これは……リンゴですか?」
「正解。じゃあ、これはどう?」
「これは柔らかいチョコですね。口の中に入れるだけで溶けるなんて面白いです」
「生チョコなんだけど、気温が高い場所に置いていると溶けるから気をつけないといけないんだ」
「チョコと言いましても様々な種類があるのですね」
「そう、そう。あと、これも食べてみて」
「これは……中が甘いですね。ガム……ではないようですが、何が入っているのですか?」
「キャラメルだよ。食べたことない?」
「あ、父様と一緒に暮らしていた頃に食べたことがあります」
「そうなんだ」
表面上では、にこやかに会話をしているが、テーブルの上では意味不明な戦いが繰り広げられていた。
紫依がチョコと掴もうとするタイミングで、オーブも同じチョコレートに手を伸ばして指先が紫依の指に触れるようにしたが全てかわされた。指先がダメなら手の甲はどうだ、と半ばヤケクソに近い状態で紫依の手を掴みにかかるが、それも全て自然な動きでかわされた。
次の手を考えているオーブに対して、チョコレートの味を楽しんでいる紫依は紅茶を飲もうとして手を止めた。
「あ、お茶が」
チョコレートが甘いため思ったより紅茶を飲んでいた紫依は空になったティーカップを見て呟いた。そして次に紅茶が入ったティーポットに視線を移す。
その動きを見てオーブはある考えが閃いた。
紫依の手がティーポットの取っ手を掴んだ瞬間なら逃げ道はない。あと、いつも遠慮する紫依なら、紅茶を注ぐぐらいのことは自分ですると言って、取っ手から手を離さないはずである。そこに手を伸ばせば紫依に触れることが出来る。
不振な動きの原因を聞き出すという当初の目的を忘れ、紫依に触れることに闘志を燃やしていたオーブは、確信を持ってティーポットの取っ手に手を伸ばした。




