白昼夢
紫依が目を開けると、そこは真っ白な空間だった。不思議なことに体はプカプカと宙に浮いており、重力をまったく感じない。
何故ここにいるのか、どうやってここに来たのか思い出せない。霧がかかったような、ぼんやりとした意識のまま漂流する。
『……ために』
微かに聞こえた声に紫依は顔を動かした。だが見える範囲には何もない。
『もう……の……ために……』
今にも消えそうなのに強い意志がある声。
「誰かおられるのですか?」
紫依が周囲を探そうとするが上手く動けない。ひたすら首を回して、あらゆる方向に視線を向ける。そして、遠くに一つの人影を見つけた。
黒く長い前髪は黒い瞳を隠すように伸びている。全身を黒い服で包んでおり、身を投げ出したような姿勢で白い空間に浮かんでいた。
年齢は十代後半ぐらいで、端整な顔立ちをした綺麗な青年だ。だが、その黒い瞳と焦点が合うことはなく、何も映していないかのように虚ろっている。
『……待ちし……ます』
「え?」
青年の口は動いていないが、確かに青年から声が聞こえた。
『再び……お逢い……日を……』
「あなたは、どなたですか?私は、あなたを存じ……ている?」
紫依は自分で言った言葉が信じられないかのように口に手を当てた。
『……見つけ……それまで……』
「あなたは誰なのですか?」
『お待ち……おります』
何もしていないのに紫依の体が急上昇していく。
「ま、待って下さい!あなたは……!?」
声にならない叫び声とともに目が開く。目前には拳が迫っており、紫依は慌てて後ろに下がった。
「どうした?急に動きが鈍くなったぞ」
攻撃をしてきた朱羅が手を止める。紫依は肩で息をしながら周りを見た。
「ここは……」
「君の家の地下にある鍛錬場だ」
「あ……はい。そうですね」
紫依は状況を思い出して頷いた。
この家は地上三階建てであるが、地下にも部屋があった。外から見ても地下があるとは分からないが、家の中からでも一見したら壁にしか見えないところに隠し扉があり、地下へと続く階段が隠されている。
そこまで厳重に隠された地下だが、高い天井と木の床が張られている鍛錬場と、小部屋が数部屋あるだけだった。
そこで紫依は再び力が溢れないように力の制御方法を朱羅に習うことが、ここ最近の日課となっていた。
二人ともTシャツにジャージと動きやすい恰好で組手をしていたのだが、紫依の突然の変化に朱羅が首を傾げる。
「何かあったのか?」
「あ、いえ……」
どう説明していいのか分からずに紫依が口ごもる。
「まるで白昼夢を見ているかのようだったが」
「白昼夢……そうですね。そのような感じです」
「何を見た?」
紫依が深紅の瞳を閉じて、先ほど見た光景を思い浮かべる。
「真っ白な空間。黒髪の男性。途切れ途切れの声……」
「途切れ途切れ?何を言っていた?」
「聞こえなかった部分は私の想像になりますが……お待ちしていると。再びお逢いする日を。見つけてもらえるまで。そのように聞こえました」
「それは知っている人か?」
「……知らないと思うのですが……」
「何か引っかかるのか?」
紫依が瞳を開けてうつむく。
「初めてお会いしたような感じがしないのです。ずっと昔にどこかでお会いしたような……知っているような……」
「……そうか」
朱羅が考えながら頷く。
「前世の記憶の可能性もあるが、どこか違うようにも思える。また、その映像を見たら教えてくれ」
「わかりました」
無表情で頷く紫依に朱羅が訊ねる。
「どうする?今日は終了にするか?」
「いえ、大丈夫です。続きをお願いします」
「……わかった」
朱羅の一言でお互いがかまえた。




