女の情景
※性転換ものです。苦手な方は移動を推奨します。
ただし、過激な性表現はございません。
まずは、楽しんで読んでください。
原稿用紙にして約18枚ほどの作品です。
小説の途中にある番号は場面分けです。1,2,3の三つの場面があります。
1
私は2022年に『授業』となった『性転換』を行うために施設へと赴いていた。性転換のやり方を説明するのはそう難しくない。脳を取り出し、わずかな修正を加えて、あらかじめ培養されている異性に脳を入れるだけだ。危ない気のする手術だが、失敗例はわずかしかなく、そのわずかな失敗も取り返しはつくものだった。技術の進歩というのは恐ろしい。
授業というのは、異性の考え方と生活を学び、異性の尊厳について考えることである。かつて、若者の性に対するモラルが低下したことから取り入れられた授業らしい。
私は男だったから、これから女になることになる。そのために勉強はしてきた。手術の後に精神が安定しなくなる場合もあることは聞いていた。だが、元に戻れなくなるということはないということも併せて聞いた。私はわずかな疑念を捨て、麻酔を受けた。
目が覚めたのは見知らぬ部屋のベットの上だった。手術を受けた人は見知らぬ家のベットの上に運ばれる。それから二週間、学校を始めとする労働から離れる。これには、精神の安定をはかり、その後の数か月の準備をするとともに、政府の証拠隠滅の目的もある。というのも、性転換手術をした後、手術を受けた者は授業の間社会的に別人として過ごすことになる。性転換したことを意識して生活しては、授業の意味が無いからだ。そして、社会的に別人とするために、政府は証拠隠滅を図るのだ。
私の体は別人のものに、特に美少女のものとなっていた。私は十代だから、それに合わせたものになったのだろう。私は白いワンピースを着せられていた。女性の体の身体的特徴は、すでにはっきりと表れていた。大きくなった胸と腰。あまり大きくない肩幅。すべすべとした肌。髪の毛は上質な、黒くて長い髪、綺麗うんぬんよりも、後でどうとでもなるからそれになった感じのする髪型だった。
それを一つ一つ探っていくうちに、私は激しい違和感に襲われた。言い表せない違和感だった。今までの価値観が揺らいでいくような、そんな不安に襲われた。私はベッドから飛び出して、バスルームを探した。これを見つけるのには苦労した。私はバスルームの前の洗面所で急いで服を脱ぐと、バスルームに飛び込み、その勢いでシャワーを放水した。だが、シャワーを浴びたのは失敗だった。水は体をたどって流れる。シャワーの温水は綺麗な肌をすべっていき、その感覚は私に直接伝わった。さらにガラスには自分の体が映る。どうしても、自分の体が変わってしまったことに対する違和感から逃れられない。
私は再びバスルームから出た。バスタオルで体を一気に拭いて、そのバスタオルを体に巻き、リビングに出た。そしてテレビをつけた。外の世界に目を向ければこの違和感からも逃れられると考えたからだ。だが、違和感からは逃れられなかった。テレビを消し、愛読書やゲームを探した。しかし、まだ家に届いていないらしい。
なすすべなくベッドに戻った私は、すっと眠りについた。素早く眠りにつけたのが唯一の幸いだった。
2
「んんっーっ」私が性転換の手術を終えてから、三日目になった。私は高い声を発しながら目ざめた。手術の後、しばらくは違和感に苦しんだが、今はその感覚も薄らいだ。無くなったという訳では無いが、生活に支障の無いところまでは薄らいでいた。
すでに、実家から、いくつかの荷物が届いていた。荷物には、愛読書やゲームも含まれていたが、それを楽しもうという気はなくなっていた。愛用のコーヒーメーカーも届いていた。私はコーヒー派、それもブラックで飲むタイプだ。一応ミルクやガムシロップ、ハーブティーもあるのだが、ブラックの濃い味と高い香りにかき消されるように、それらには興味が湧かなかった。
私はコーヒーメーカーの準備をした。思ったより身長が無くて、少し苦労した。スイッチを押すと、水は温められてコーヒーの粉をくぐり、黒色になって現れた。高い香りが部屋中に漂う。私はそれをマグカップに移して、口に運んだ。しかし。
「うっ・・・ぅ・・・」私は悶絶し、頭をキッチンに落とした。苦い、苦すぎる。今まで大好きで、だからこそまともに動けるようになってから一番初めに飲むことにしたコーヒーだった。しかし、苦くてとても口に合わない。今まで気分よくなっていたのがウソのように感じられた。
私は急いでお湯を沸かし、ハーブティーを準備した。お湯を沸かすのに専用の機械を使っていたから、お湯が沸くのはそう遅くはなかった。私はお湯を茶葉の入ったポットに入れると、ガムシロップをとりだした。私はかなり混乱していた。そのため、ガムシロップが崩れ落ち、キッチンにばらまかれてしまった。片づけをするのは好きではなかった。しかし、何か引っかかるようなものを感じて、ガムシロップを片づけた。そうこうしている内に紅茶は出来上がったようである。レモンのさわやかな香りがキッチンに漂う。ハーブティーの香りはレモンだった。私は紅茶をカップに移すと、ガムシロップをほとんど勢いで三つ入れた。我ながら入れ過ぎだ。しかし、その思いはすぐに消え去ることとなった。
紅茶の上品な味とガムシロップの甘さがまじりあい、加えてレモンの香りがさらに引き立ち、さわやかな味わいが口の中で広がった。美味しい。ハーブティーをここまで美味しいと感じたことは今までなかった。弱いと感じていたハーブの香りが、今では華やかに感じられる。私は性転換手術の後で初めて、安らぎを覚えた。
しばらくまったりした後、私は本棚を眺めた。様々な小説や漫画、雑誌等が本棚にびっしりと並んでいた。中でも気に入っている物は一か所に集めてある。私は手術の前の記憶をできるだけ正確に呼び起こして本を並べたつもりだった。だが、気に入っている本として入った本の中には、何故か興味をひかれないものが多かった。自動車のカタログに奇妙な物語の漫画、未解決の定理について書かれた数学書、ライトノベル等があったが、どれも読む気が起きない。それどころか、何故気に入っている本の中にそれがあるのか、理解できないものがほとんどだった。それらをじっと見ていると、嫌悪感すら感じた。結局、気に入っていた本の中でまた読みたいと感じたのは、一つのとても薄い純文学だけだった。表紙には、小さくて変なイラストと題名だけがぽつんと、しかしはっきりと記されていた。私はその本を開いてしばらく読んだ。文面は変わっておらず、読んだ時の印象も以前と変わりなかった。やはり文学は面白い。そう感じたとき、私は自分の価値観が一変していたことに、ようやく気が付いた。見る風景も、輪郭や形ではなく、色や光の強弱の方が目立っているような気がした。文学だけが、私の中で不動の地位を保っていた。
私は服を買いに行くことにした。白いワンピースはあったのだが、これでは味気ないし、第一汗を吸って大変なことになってしまう。お金は政府から出されていたから、心配する必要はない。出かける前、私は黒い髪をしばってポニーテールにしておいた。
まだまだ蒸し暑かった。だが、八月も後半だ。急いで服を買わないと秋が来て、体が冷えてしまう。私は衣料品店へと急いだ。衣料店までは、そんなに遠くはなかった。ついたのは午後の二時だった。私は必要な買い物をするための店の中に入った。とはいえ、行くあてはなかった。買いたいという衝動は強かった。しかし、私はついこの間まで、親の買ってきた服を文句も言わずに来ていた人間だ。突然衣料品店に入ったところでどうすればいいか分かるものだろうか?
そんなことを考えていると、ジーンズの売り場が目に飛び込んだ。私は先ほどまで混乱していたのを忘れてジーンズの売り場へ向かった。それから私は、携帯電話があるのを思い出した。携帯を参考に色々な服を見て回った。おしゃれに疎い私にとっては、携帯はまさに救いだった。
一通り買い物は済んだ。秋にあった大人らしい服を選んだ。少なくとも、自分では選んだつもりだった。近場の個室トイレを利用して、着替えてみた。慣れない服のせいで、だいぶ苦労した。ついでに髪も下ろした。一通り着替えた後、私は鏡を見てみた。大人っぽい服という私の望みは叶ってはいたが、いまいちぱっとしない。けれども、素人が携帯片手でやったものとしては十分だった。私はトイレを出た後、腕につけた時計を見て、唖然とした。時計は午後五時を指していた。女性の買い物は長いと聞いたことはあったが、しかし、ついこの間まで親の買ってきた服をそのまま来ていた人が買い物にかける時間にしては異様だった。三時間、着替えも含めて買い物していた。その事実に驚愕し、混乱する中、家に帰った。
家に帰り、夜ご飯を食べ、すっかり夜になっていた。夜風にあたりながらベランダで佇んでいた。夜空には満ちてきている月が浮かんでいた。私はすっかり疲れていた。価値観が変わっている、変わっていくのを感じる。私はある友人の事を思い出していた。その友人も、男性なのだが、突如転校し、一年ほどで帰ってきた。なにがあったと尋ねると、性転換の授業を受けたと言っていた。だが、その友人はどこも変わっているようには見えないし、実際何も変わらなかったと本人も言っていた。そんなものだと、当時は思っていた。私は思いあがっていた。なぜ何の対策も施せなかったのだろう。私は失意に襲われた。
急速に、メールを送りたい、そんな気持ちが湧きあがってきた。私は携帯電話を開き、たった一人の女友達にメールを送った。私がベランダからベッドに行く間に返答が返ってきた。私は性転換をしたことを悟られないように気を付けながら返信した。すると、またもやすぐに返答が返ってきた。そこからまた更に、長いメールを書いて送った。十分に長く書いたつもりだった。しかし、まだ書き足りない。文字だけでは物足りなくなり、絵文字を交えてメールのやり取りをした。メールの量は一夜でどんどんたまっていった。話題が湧き出てくる。キーを打つ指が止まらない。夜中の一時半になるまでメールのやり取りは続いた。しかし、メールを書きたいという気持ちが止むことはなかった。しかし、一時半以降、メールのやり取りはついに行われなかった。私はメールを打っている間に寝てしまったのだった。次に目覚めたとき、一時半まで起きていたことに私は驚いた。普段は十時、遅くても十一時には寝ているからだ。しかし、メールの量に対して不自然におもうことは、ついに無かった。
3
私が性転換の手術をしてから、もう三か月が経った。変化した体にもすっかり慣れ、学校生活も順調だった。正直な話、手術前よりも順調だった。新たな友人に恵まれ、男女比のバランスも良かった。友人とメールを送り合う日々を送っていた。量は増す一方だったけれど、ちゃんと寝ているのと、考え方が変化したおかげで不自然には感じなかった。
朝起きて、ハーブティーを入れる。家にあるハーブティーの種類は、十種類に到達していた。コーヒーも飲めるようになってはいたが、カフェインが強すぎて多くは飲めなくなっていた。私はハーブティーを口に運びながら小説を読んでいた。手術の後私の中で変わらなかったことといえば、文学が好きなことくらいだった。本棚の中身も様変わりしていた。以前あった本のうち、文学以外はすっかり姿を消し、漫画は作品が総入れ替えになっていた。特に、ファッション関連誌はどんどんたまっていき、棚の中のスペース二つ分を埋め尽くすほどになっていた。そろそろ整理しなくては。
ファッションだけではなく、最近は菓子作りにもはまっていた。菓子を作るのは大変だけれど、できたときの美味しさは格別だった。クッキーを焼いてクラスメイトにふるまったこともある。皆が喜んでくれた。その時の皆の笑顔を思い出すと、今でも笑みがこぼれる。あのときは格別にうれしかった。そして、自分に菓子を作る能力があると分かって、少し意外だった。
性転換後、新しい自分を発見するのに対して、手術前の記憶は薄れていた。その頃を思い出すのは、その頃にはまっていた小説を読むときくらいだった。それと同時に、私は手術をして今の性別になったことを忘れかけていた。学生ではなく、もっと女性らしい職業についていたら、下手したらそのことを忘れていたかもしれない。
私は学校に向かった。通学路を少し歩いたところで同級生の女子とあった。すぐ話し合いになった。大抵はなんてことのない会話なのだが、ちょっとした隙に恋バナに発展したりする。基本的に話は飛躍する。しかし私も相手もそのことには気が付かない。大抵、会話が終わった後で考えてみると気付くのだが、そのことはすぐに忘れる。普通の女性は、そんなことは気にすらしないのかもしれない。
教室に入ると、クラスメイトがにぎやかな会話を繰り広げていた。仲間外れはいないようだった。トーンに違いはあれど、全員が楽しそうに会話の輪に入っていた。もう、珍しくなってしまった光景ではある。ありがちなことではあるが、会話のグループは男女で分かれていた。男子の会話に耳を傾けていると、女子の会話に比べて心理表現が少なく、なるだけ自分の体験を映像として伝えようとしているように見えた。会話はめったに移り変わらない。なぜそんな状況で会話が続くかといえば、彼らが話題に対して熟知しているからである。そこまで深く知ることを楽しめるのはいいと思うが、狭い世界に閉じ込められている男子は孤独なものだと痛切に感じていた。
「やっほー」仲のいい友達がやってきた。
「おー」私は軽く返した。
「ねぇ、今週末あんたの家いっていい?」ほぼ二週間に一回の単位で言ってくる、友人の台詞だ。
「いいよ」私はすっかり気を緩めていた。
「ありがと。来たらおいしいクッキー焼いてね。それでさー」私は次の言葉がなんなのか、考えなくなっていた。女子のハイスピードな会話についていくには、予想していては手遅れなのだ。しかし、この時ばかりは予想してかかるべきだっただろう。なぜなら、友人の次の言葉が、衝撃的だったからだ。
「あんたは性転換手術をしてここにいる訳じゃないよね?」
「まさかーそういうあなたは?」何事も無いように即答した私は、自分の返答に震え上がった。初日に激しい違和感を覚え、数日後も変化に困惑していたのに、三か月ですっかり変わってしまった。無論、性転換の授業中は自分が性転換していることは言ってはならない。だから、変わっていなくても本質的な返答は変わらないはずだった。しかし、先ほどの返答は、本心から出た言葉だった。性転換していることを認めたくない、今の姿でありたい、そんな思いが、私の中でひそかに、しかし確実に芽生えていた。
「はは、だよねー、そう見えないもん。私もしている訳じゃないよ」友人はまた、何事も無いように返答した。
それから数日したのち、休暇を見計らって、私は政府の施設に赴いていた。性転換手術の授業の際、ある処置をとることが認められていた。それは手術後の性のまま生きることだった。処置といっても、無理やり受けさせられるようなものではない。その処置を受けるかどうかは、処置を受ける人の自由なのである。私はほかでもない、手術後の性のまま生きていく処置をするために、件の施設に来たのである。
処置といってもやることは多くない。書類にサインと印を付けて施設に出し、何事もないように生活するだけである。そうすれば、手術施設に保管されている元の自分の体は廃棄処分となる。それだけでおしまいなのである。私は書類を提出し、外に出た。外は雨だった。傘はもっていなかった。近くには自動販売機があった。小銭なら持っていた。私は久しぶりにコーヒーが飲みたくなって、缶コーヒーを買った。
私はコーヒーを飲みながら、携帯電話でニュースを見ていた。何気ないニュースや、株価の変動の見出し文のなかに、『性転換授業に問題発生』という見出しのニュースを見つけた。私はすかさずそのニュースを開いた。
ニュースには次のようなことが書かれていた。
「性転換が授業に取り入れられてから、7年目となる今年、ある問題が発生した。手術を受けた生徒が次々と元の性に戻ることを拒否し、その拒否率は94.2%へと達した。年々増加傾向にあった拒否率は今年に入って急激に増加。このままでは――」
続きは読みたくなかった。私は腕を下し、ぼんやりと空を眺めた。缶コーヒーが落ちた音が響く。元の性に戻ることを拒否しても、手術の成否には変わりはなかったのである。初めのあの情報をうのみにしたせいで、古い友人のいうことを信用し過ぎたせいで、私は無抵抗のまま、身も心も女性にされてしまったのだ。
落ちた缶コーヒーは黒い液体を垂れ流し、雨は冷徹に細かなリズムを刻んでいた。私はいつまでも、政府の施設の前で、ぼんやりと空を眺めていた。
読了、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
SF風の世界観で、体が男性から女性になった人が
心まで女性になってしまう物語です。
この作品のために時間を割いていただいたところ恐れ入りますが、
感想、評価等、よろしくお願いします。