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空白のリネン  作者: さちはら一紗
第二部- redefinition - 1章「キフェ=ミアノの肖像」
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2部:1−8 家族には向かない



 サイモンの自宅の居間の、あまり使われていないのかまだ硬いソファの上。


 リネンは異国の図版と文字が並ぶ図鑑から顔を上げ、キフェとサイモンの談笑を眺める。

 嫌味を投げ合う当人らに談笑のつもりがあるかどうかは知らないが、リネンの目には紛れもなくそう見えた。


 キフェに友人が少ないことをリネンは知っている。


 オギなんかは意外と今でも中等学校(ギムナジウム)時代の友人からぽつぽつと手紙が来たりする。

 魔術師の家の子が一般の家の子と縁を持つのは難しい。

 勿論、オギの若年期はアルミラに捧げられているため、他の友人に割く時間はあまりなかった。

 ……そのはずなのだが、オギには、学生時代から続く、普通の友人がいたりする。


 キフェにはそういうことはまったくない。

 キフェの友人といえばオギの兄姉弟子であるマトとベネットくらいだ。


「だいたい君はどうなのさ! 浮いた話のひとつやふたつないのか? ぼくにそこまで言うのなら、参考までに聞かせてもらおうじゃないか、ええ?」

「フッ……あるわけが、ないだろう! 俺に良家の花よ蝶よと育てられた女をどうこうできる甲斐性は、ない!」

「あ、ごめん、なんかトラウマ掘り返した? そうだよね、その年でコスタの家柄なら見合いの百や二百やってるよね。君あれだろ。見合いで粗相はしないけどその後で詰むタイプだろう。特にデートとか」

「何故わかる。いや、そうだ。作法通りに物事を進めるのは得意なんだがな。その先となるとこう……………………面倒くさくて敵わん!!」

「なるほど成金は温室育ちの花は繊細過ぎて扱えない、と。人のことをとやかく言う筋合いねえな。かわいそ」

「ははは。独身貴族もいいものだぞ。金が増えていくのを眺めるのが最近のもっぱらの楽しみだ」

「本心か冗談か自虐なのか分かりづらいラインだな??」


 そういうわけで、やいのやいのと言い合うキフェとサイモンを、リネンは微笑ましい面持ちで眺めていた。






(そういえば、オギの方は大丈夫でしょうか)


『明日から僕らの方を手伝ってくれないか』

 とげっそりした声で電話が入った。

 魔法店の方では師匠(ディシ)が何やら嵐を起こしているらしい。


 眼前の二人の会話が途切れたタイミングを狙い、リネンは声を出す。


「あの、サイモンさん。もし都合がよろしければ、例の屋敷撮影について行ってもらえないでしょうか?」


 キフェは急に何を言い出すんだ、という顔をし、サイモンは怪訝に聞き返す。


「お前はついてやれないのか?」

「何やら魔法店の方が大変なようで、私は明日から助っ人に。一日くらい姉様の方について行く許可は取れるでしょう。ただ、私はできる限り主の助けになりたいと思うようにできていますので」


 キフェの人間関係は狭い。

 仕事柄知り合いは多いが頼みごとをできるような相手がいない。


 両親も休息に帰ってきたというわけでもないらしく、何やら多忙の様だった。


「なるほどな。他の誰かで替えが効くならその方がいい、というおまえの都合か」

「はい」

「ふん。動機は人形らしいとはいえ、自己主張をするようになったじゃないか」


 サイモンは機嫌良さげに口角を上げる。

 サイモンはサァラのことを、都合よく使われたとはいえ、恨みがましく思っていない。

 機械めいた従順なリネンよりも、我儘で幼気で怖いもの知らずのサァラの方が、人間味があって好ましいとすら考えていた。

 リネンとサァラの同じ顔立ちが、妹に少し似ているからだろうか。

 自我をわかりやすく剥き出しにしてくれた方が、妹の面影を見出さずに済む。


「しかし、キフェひとりで行かせるわけにはいかない理由が……」


 最後まで言いかけて、サイモンは言葉を止めた。


「姉様は外出慣れしていません。汽車に乗ると方向を間違え駅を逃します。まして取り潰しになる古屋敷など……」

「行かせるわけにはいかないな」


 むっすりとしたキフェが二人の会話に割って入る。


「リネン、勝手に、」


 しかしそれを更に遮るリネン。


「では姉様、無事に行って帰ってこられる自信はおありですか?」

「いや、ぼくは大人だぜ?別にそのくらい」

「姉様。人には向き不向きというものがあります」

「どいつもこいつも喧嘩売ってやがる……!」


 それに、リネンはオギから、キフェをひとりで遠くに行かせてはならないと言われている。

 キフェの反論が弱いのは、それをキフェ自身も理解しているからだ。


 サイモンはそんなリネンを、「本当に遠慮がなくなったな」と感心するように眺めていた。





「日程に問題もない。いいだろう」


 そんなわけでサイモンの引率が決まり、キフェは消沈した様子でサイモンを見上げた。


「いや、なんだ、なんだこれ。さっきまで見合い話でマウントを取ってたのに急にそれどころじゃなくなった。おかしい。こんなはずじゃ……!」


 しかし切り替えも早いのがキフェだ。

 ふう、と溜息ひとつ吐く。


「サイモン。お礼に今度ご馳走するよ。食べたいもの、考えておいて。まあ今両親が帰ってきてるから、だいぶ先になるだろうけど」


 キフェはアルミラに飯を作ってた時期がある。

 そのせいで嗜好を把握してしまった。

 オギの好み優先で作りたいというのがキフェの本音だが、オギは好き嫌いの主張をしない。

 結果的にアルミラに合わせる羽目になっていたのだ。


 サイモンの舌はアルミラとよく似ている。

 そのことはもう、この三年の付き合いで知っていた。


「それはいい。楽しみだ」


 珍しく何の他意もないやりとりを最後に、サイモン宅から帰路につく。




 ◇




「おお、帰ってきたか!」


 キフェとリネンが帰宅すると、テーブルには丁度できたばかりの料理がずらりと並んでいた。

 大柄に似合わない繊細なエプロンを付けた父親を半目で見上げながら、キフェは頬を引きつらせる。


「なんの宴だ?」

「理由がなけりゃ宴をしてはならんという決まりはない!」

「いや、久々の家族の再会は十分に宴の理由だよ、父さん」


 そう指摘するオギの、眼鏡の奥の瞳は濁った色をしてた。

 今にも口から魂が飛び出そうな顔色をしている割に、身体はきびきびと食事の用意をしている。

 というか、させられてる。まるで父の手足であるかのように、料理の手伝いをしている。

 ディシの指示に瞬時に従うオギは墓場から蘇ったアンデッドの様だった。


「オギに何があったのですか?」


 戸惑うリネンに、キフェは肩を竦める。


「父さんは、弟子使いがめちゃくちゃ荒いんだ。これは店の方で散々暴れてきたね。オギの精神はギリギリ息子に戻っているけど、体が弟子モードから戻ってきてない、ってところか」

「………………姉様」


 リネンは器用に鎮痛な表情をした。


「姉様って、常識人の類だったのですね」

「そうだぞ」


 その後、続いて帰宅したワイナが「やりすぎだ」とディシに叱り、大きな身体が小さく縮んでいった、などの見せ物があったりしたが、その間もテーブルの上の料理は増え続けていた。


「姉様、なんでオギが料理をできるようになっているのですか?」

「あいつ、レシピさえ渡したらなんでも作れるよ。料理に全然興味がないからレシピなしだと微妙な出来になるだけで」

自動人形(オートマタ)か何かですか?」





 料理が全て完成し、全員が食卓についた。


「しかしまあ、よくこれだけ作ったものだね。どれもこれも見覚えがない料理じゃないか」


 海鮮が多く、香辛料がふんだんに使われた料理は、この国のものではない。


「いい香りがしますね」


 食欲の代わりに好奇心を満たすリネンに、オギが答える。


「トルカナ料理だってさ」

「魔術師嫌いの芸事の国か」


 ディシは太陽のような熱苦しい笑みを浮かべた。


「そうだ。最近、入国規制が緩みそうでな。魔術師であってもかの国に渡れるかもしれんのだ」


 へえ、とキフェは相槌を打つ。

 世情だ。

 魔術師嫌いといいながら、古い伝統を重んじるところがある芸事の国は、結局同じ古い伝統である魔法と手を切れない国だった。

 魔術師への差別意識とは裏腹に、一流の音楽家が使っている楽器などは、魔術大国イスチアからの輸入品だという話である。


 ──この数年、自動人形(オートマタ)の生産と流通に成功したイスチアの発展は目覚ましい。

 このまま斜陽の一途を辿ると思われていた魔術業が盛り返し始めている。

 純粋な工業のみで事足りると胡座をかいていた周辺二国は少し慌て始めていた。


「まあだからといってすぐに『はいそうですか』と国境を越えられるわけでもなし。行けるかもしれないと逸る気持ちを落ち着けるために、気分だけでも味わおうと、こうして飯を作りまくっていたわけだ」


 誇らしげに胸を張るディシ。その胸板には繊細なフリルのエプロンがついたままである。

 キフェは隣の母と顔を見合わせた。


「なあ父さん」

「ねえディシ」

「テンションが上がっていたのはわかるよ」

「とても美味しそう。だけど」


 赤赤と香辛料に彩られた皿たちを睥睨し、母と姉はいう。


「オギが辛いもの食べられないって、忘れてない?」

「絶対忘れてるわ」


 ディシは「え、そうなの?」と言いたげな汗の滲む顔でオギの方を見た。

 オギは突然話題をこちらに振られ、面倒臭そうな顔をした。

 手元には牛乳が並々と注がれた水差しを確保している。


「あ、僕のことはお構いなく。気合で食べるんで」




「なんでそうなるんだよ! 構うに決まってるだろ!? 自己主張しろよ!!」

「食べられないものを作らせるとか、一体何の拷問なの? ディシ?」


「いや、え? オギは好き嫌いとかないんじゃないのか?」

「好きだろうが嫌いだろうがなんでも食うだけだよ!」

「母はちゃんと覚えてたわ。褒めて」

「今要求するかそれ!?」


 言い争いを始める母父姉を横目にオギはひとり黙々と激辛料理を食べ進める。

 顔色ひとつ変えないが牛乳が勢いよく減っていく。



 それらの光景を眺めながら、テーブルの片隅でリネンはひとり怯えていた。

 全員が全員、協調性がないのが恐ろしかった。 



 ひとつだけ理解した。


 なるほど、彼らは確かに『家族』には向いていない。




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