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空白のリネン  作者: さちはら一紗
外伝『暗幕のメリー』
25/44

外伝4 すべてはなりゆき

 

「詮索の許可をいただいても?」


『君のことを教えてくれ』の本質である野次馬的な好奇心を隠さずに言ってみれば、サァラはちょっぴり嫌な顔をした。


「まあいいけど。

 私の正体を知られたこの際、一を話すも十を話すも一緒だし。

 それにケイス、見た目ほど口が軽いってわけでもなさそうだし」

「おっと、初めて言われたな」

「そう? 君ってあんまりおしゃべりは好きじゃないでしょ」


 その言葉に面食らい、ケイスは黙り込む。


「ほら、そういうところ」


 なるほど否定できなくなってしまった。


「私、観察眼はある方だよ。

 鍛えたというべきかな」

「人生経験じゃあ俺の方が上回っているはずなのになぁ」

「ぼんやり生きてる人間(あなたたち)とは違うの」

「それじゃあ君は一体全体どういうふうに生きたっていうんだい?」

「身の上話だね。

 いいよ聞かせてあげようか。


 さぁ姿勢を正して。

 それでいて楽にして。

 今から、至高の自動人形(オートマタ)の最初の冒険と……つまらない結末と、

 わるくはない今のお話をするんだから」


 そしてサァラは二年前に起こったことを話した。 

 魔女に弄ばれ、引き裂かれた姉を探す、ささやかな冒険譚だ。


 大事なところはぼやかされていて、どことなく語り口も昔話のようで他人事。

 彼女が結末を『つまらない』と言ったように、過程は山あり谷あり、

 けれどもその盛り上がりを全部台無しにしてしまうような陳腐なお別れで締めくくられていた。


「本当は姉と一緒にイスチアへ……魔術師の国に行きたかったんだ。

 魔術師も魔女も好かないけれど、あそこは沢山の自動人形(オートマタ)が作られている国だから。

 紛れ込んで生きていくには丁度いいはずだった。


 けれど結局、列車に乗ったのは私ひとりだけ。

 ひとりになってもトラブル続きで辿り着いた先はここ、トルカナ。

 芸事に関しては天下一品だけれども、魔術師にも魔女にも、当然人形にも暮らしにくい国。

 たまたま『ゴンドラの斜陽座』に拾われたのが私がここにいる理由で、それだけ」


 心地よい声でゆっくりと彼女は語り、手を合わせた。

 音は鳴らない。

 人形の手ではあの乾いた音は出ない。


「はい、これでおしまい。語りのいい練習台になったわ。ありがと」

「練習台にされてたのか」

「あたりまえでしょ。お代を取らないだけましだと思って」


 にっといたずらっぽく笑んだ。

 幼げだが無邪気とは言えない笑みだ。

 そういう笑顔は嫌いじゃない。


「そういや、もうすぐここを辞めるって言ってたな」

「うん。

 お金も貯まったし処世術も覚えた。

 そろそろどこか別のところへ行く時だって思って。

 あては、ないんだけど」

「旅暮らしか」

「物語みたいでしょ?」

「そうだな。

 いいんじゃないか」


 ケイスは旅にいい思い出はないが、それを口にするのは野暮というものだ。


「さぁ、私のことは話したよ。

 今度は君のことを聞かせてよ」

「うぅん……じゃあ逆に、俺のことどんなやつだと思う?」


 何を話そうか、考える時間を稼ごうとケイスは問い返す。

 サァラは気を悪くするでもなく、しばらく真面目に考えるような素振りを見せた。


「キリギリスみたいに好き放題生きて、それで野垂れ死にそうな雰囲気があるけど。

 意外とそうでもないみたいだね」

「好き放題言ってくれるじゃないか。

 して、その根拠は?」

「君の演奏は、なんていうか……きちんとしてた。

 音楽には明るくないから印象だけど」


 なるほど、とケイスは頷く。


「座長がそういうのを望んでいたからね」


 ケイスは別段、職人気質、芸術家気質というわけでもない。

 求められたのならばなんだって弾いてきた。

 自分の音楽は売り物だ。

 明確な値段がつくに越したことはない。


「それにしても、ケイスはどうしてここに来たの?」


 続いて浴びせられた質問にケイスは硬直する。

 それはここ以外にも仕事はあっただろうという問いだ。

 どうしてこんな、名高いわけでもないサーカスに来たのかという問いだ。

 けれどケイスにはそれが『どうしてこの町に来たのか』という問いに聞こえた。


 すぐにサァラの真意を捉えなおしたけれど。

 どう答えたものかと迷う暇もなく、口は勝手に動いている。


「女で失敗した」

「うわ、クズ、不潔」

「女は女でも、音楽の女神だけどな」

「うわ、キザ、馬鹿じゃないの」


 まったく酷い言われようだ。

 ケイスは苦笑した。


 夜は更けていく。

 



 ◇




 この町において音楽はなくてはならないもので、そして同時に、絶対的な脇役だ。

 もちろん主役たり得る音楽もあるが、そういったものを求める人間はこの町ではなく『芸術の都』と名高い首都へと向かうだろう。


 して、ケイスはそれなりに名脇役の部類だ。

 場所がオカルト(まみ)れのサーカスになろうとやることは変わらない。

 座長の(めい)で放り込まれた楽隊の中には顔見知りも居た。

 同じくビラを見たりツテや紹介で釣られてきた奴らだ。

 紆余曲折あったものの、ケイスは当初の望み通りの場所に配置されたのである。


 とはいえ、サァラの正体を知ったことを巡り、かましたはったりは未だ有効だった。

 このままでは長らくサーカスに居座る羽目になる。

 めでたく旅暮らしだ。

 家賃のために仕事を探しに来たのに本末転倒にもほどがある。

 さてどうやって抜け出すか。

 ありがたいことに、それは然程難しくなさそうだった。


 試用期間は今月いっぱい。

 サァラの契約も今月いっぱい。

 その間に彼女の信頼を勝ち取れば、当初の目的通り『今月いっぱいこの町で行われる公演の臨時の要員』と同じ条件で辞めたとしても、記憶をいじられることはないだろう。


 何がなんでもサァラと仲良くなっておかねばならなかった。

 さいわい初日で底辺の第一印象から長話をできるほど友好的な関係にまで持っていくことができた。

 前途は悪くない。


 ケイスはまめに、サァラに声をかけ続けた。

 友人に恵まれているようである彼女と長く時間を共にすることは難しかったが。

 サァラもケイスを邪険に扱うことはなかった。


「まぁ、誰にでも人当たりがいい可能性だってあるけどな」


 常識的に考えて。

 人形少女の浮かべる表情が、表す感情が、本物である保証はない。




「やあやあ、いつかの迷子の君」

「やあやあ、また会えて嬉しいよ」


 物思いにふけっていたケイスは声のした方へと顔を向ける。

 道を教えてくれたいつかの双子の兄弟がふくよかな手を大きく振っていた。


「ああ、あんたたちか。あの時はありがとうな」


 教わった道を歩いて、結局無事には辿り着けなかったけども。

 貰った親切に土を付ける必要はない。

 経緯を知らない双子はニコニコとうなずき合う。


「おめでとうを言うのをすっかり忘れてしまっていたよ。遅くなってわるいね」

「おっと君のことを忘れていたわけではないんだよ。なかなか会えずじまいだったからね」


 本番でもないのに二人して同じような喋り方をする彼ら。

 しばらくとりとめもない話を楽しむ。

 どこの店が美味いとか安いとか、そういった至って普通の話だ。


 雑談の中で、ふとケイスは考える。

 サーカスには魔術師が多い。

 座長がそうだ。

 他にも何人かそれらしい人はわかる。

 サァラが違うのは確かだ。


 さて、今きわめてとりとめもない話をしている目の前の二人はどちらなのか。

 確かに彼らの見てくれは奇妙な印象だが、それは演出的な話にすぎない。

 別々の服を着ただけで彼らは町並みに紛れ込んでしまうだろう。

 芸そのものでは魔法の有る無しはケイスにはわからない。


「どうしたんだい?」

「どうしたのかい?」 


 夜のテントでは感じなかった、昼間ゆえの違和感がケイスの頭をかすめた。


 この双子、近くでよく見たらちっとも似ていない顔をしているじゃないか。


 髪型も体形も服装も動きもそっくり同じだけれども、やっぱりどうしても顔が違う。


「……もしかしてあんたたち、双子じゃあないのか?」


 双子の兄弟を名乗る二人はほとんど同じタイミングで、目をぱちくりと瞬かせた。

 弾けるように笑い声が上がる。


「そんなものさ」

「そんなものだよ」

「本物の双子であるかは関係ない」

「君が君たちが本物だと一瞬でも信じることが大事なのさ」



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