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空白のリネン  作者: さちはら一紗
外伝『暗幕のメリー』
22/44

外伝1 港町の音楽屋

お久しぶりです。

一旦完結としましたが連載を再開させていただきます。

こちらからは外伝となっております。


前に「これまでのあらすじ」と「登場人物紹介」を追加しております。ご参考までに。

 月日は流れ、物語もまた流れゆく。


 この大陸にある大きな国は三つ。

 少年が人形の少女と出会った中央の国、セントロノ。

 自動人形(オートマタ)の出所と言われている魔術の国、イスチア。


 そして西の隣国、トルカナ。

 潮風と音楽に彩られた土地。

 とある人形少女が乗り込んだ鉄道の、行き着く果て。


 トルカナはその三国で最も魔術師の少ない国だ。

 魔術無しで生きていくことを最も早く選んだこの国には、外部から訪れる魔術師も少ない。

 埃に(まみ)れた魔術は光の下の真新しい技術に取って代わられ、着実にその姿を時代から消しつつある。


 けれど幻想は、失われることはない。

 魔法は、決して魔術師だけのものではないのだから。


 これは、魔術師に(あら)ざる青年と、魔術師に造られた人形の、術理なき魔法の物語。




 ◇



 最悪の一日だ。


 ケイス=フラットは景気の悪い面を抱えて、道の端を歩いていた。


 赤茶けた髪を無造作に伸ばした、だらしない服装の男だ。若いが若いだけで、そのまま十年二十年と歳を重ねていくのが見えている、そんな評を誰もが第一印象で抱くだろう。

 唯一、彼の持つ長細い鞄だけがしっかりとした作りをしていて、それがまたなんとも似合わない。

 軽薄さを絵に描いたような男、ケイスはしかし、重たい足取りだった。


「はぁ……」


 目が覚めた時にベッドの隣がもぬけの(から)であったのはいいとしよう。

 だが、財布の中身も(から)であるのはどうしたことか。

 いや、どうしたもこうしたもない。

 やられたか、やらかしたか。

 昨晩の記憶は曖昧だ。最悪である。


 真昼とは言え、既に太陽は黄ばんだ光を降らせる頃合い。

 ケイスは日向を渡りながら歩く。

 海辺の町の潮風は冷たい。真冬だ。


 足に任せて歩くうち、どこからか古い歌が流れ出す。

 けたたましく先鋭的な打楽器のリズムと、集合住宅から漏れ聞こえる赤ん坊の泣き声が混ざり合っている。

 なんともいえない情趣の欠けた演奏に、ケイスはまた溜息を吐いた。


「ったく、どいつもこいつも……」


 しかめっ面をしているのも馬鹿らしくなる。

 馬鹿らしいので笑った方がまだましというものだ。


 混沌とした演奏はこの町では日常茶飯事だ。

 音楽の女神に見初められたこの町では四六時中、歌が響き渡っている。

 音楽を愛せぬものはこの陽気すぎるうるさい町に耐えきれない。

 水がなければ魚が生きていけないように、音がなければ呼吸ができない、そんな人間だけがここに居座り続ける。


 ここは魔術遠き国トルカナの港町、アルバコスタ。

 高尚な芸術の都にはほど遠く、それでいて隅から隅まで音楽の息づく町。

 ケイス=フラットはそんな町のしがない空気売り──つまり、その日暮らしの音楽家だった。



 頼りない足取りで彷徨い歩くうち、ケイスは馴染みの店に辿り着いた。

 考えもせずに戸を開ける。

 ここのベルの音はいつもけたたましい。


「申し訳ないが開店前だ、っておいケイス、またお前か。昼間っから酒場なんざに来てんじゃねェ」


 入り口を潜って早々、見飽きた髭面の聞き飽きた荒っぽい声がカウンターから飛ぶ。


「堅いこと言うなよ。正午を回れば大体夕方だ。いつものくれ」

「だから開店前だって言ってるだろうが」


 店主はそう言いながらもグラスを乱雑に置いた。

 この町に腰を落ち着けて以来の友人は甘い。

 開店前に居座ることを許してくれるあたりが。

 単純に暇なのかもしれないが。


「しかしなんだ。いつもに増してしけたツラしてやがるな色男」

「財布の中身が知らないうちに女と駆け落ちた」

「……スられたのか」

「そうとも言うな。なんせ禁断の恋だから、持ち主の俺に黙って消えなきゃならんかったわけだ」

「そうかい。詩人にでも転職してろ」

「ははは」


 説教するのも馬鹿らしいと言いたげだった。


 ケイスに限らず、よくある話だ。

 取り戻そうにも手がない。完全に泣き寝入りだ。 全財産とはいえ世間的には端金(はしたがね)である。


「いい女だったんだけどなぁ……とんだ魔女だったよ」


 ケイスのぼやきに、店主は眉を(ひそ)める。


「おいおい迂闊に魔女とか言うなよ。迷信でも縁起が悪いことには変わりねェ」


 魔女狩りがあったのはもう大昔のこと。

 その魔女を魔女たらしめるものが、ただの先天性の病であったというのは今では誰もが知るところだ。

 御伽噺(おとぎばなし)のように呪いを振りまく邪悪な魔女は存在しない。

 そういうことになっている。

 けれど、それを信じない者も未だにいるのだろう。

 特にこの国では、迷信の『魔女』どころか、魔術師そのものを疎む人間はそう珍しくない。


「最近じゃ魔術師ばかりが被害に遭ってる悪戯の噂もあるしな。

 狙われてるのは詐欺師まがいの悪徳魔術師ばかりらしいが。

 魔女だなんだと言って、こっちが疑われたり目をつけられたりしちゃ敵わん」

「ああ……なんか聞いたことあるよ。

 でも所詮悪戯なんだろ?

 まったく、何がしたいんだかな」

「さぁな。

 だが、こういうのは世界に不満な小僧っ子がやるもんだと相場が決まってんだ。

 おまえのような、な」

「なんだよ。俺は日々慎ましく謙虚に生きてるってのに。

 客になんてこと言うんだ。失礼極まりない」

「誰が客だ。またツケるつもりだろうが。ええ?」


 カウンターから身を乗り出す店主に、ケイスは小さく肩を竦めた。


「酒飲んでる場合じゃねえだろ」

「まあ、そうだな」

「仕事のアテはないのか?」

「アテ。ここ」

「悪いがしばらくはここに呼ぶ詩人も楽師も踊り子も決まってんだよ」

「そりゃ残念」


 アルバコスタの酒場では、酒や料理だけではなく、そういった余興がかかせない。

 演奏はもちろん、踊りや物語も存分に持て囃される。

 話ついでに呼ぶ予定の面子を聞いてみれば、彼、彼女らは皆ケイスも知る名前だった。

 友人の店が繁盛しているようで何よりだ。

 できれば自分も客として足を運びたかったものだが。


「ケイス、おまえは腕は確かなんだけどな……なんでこう駄目人間なんだか」

「それほどでもない。

 俺如きがその称号を賜るなんて本物に失礼ってもんだ。

 それに、女と酒を愛するのがこの街での生き方だろ」

「あと音楽もな」

「…………」


 ケイスは黙ってグラスを煽る。中身はとっくに空だった。


「まあ酒代だけ稼ぐなら仕事はいくらでもあるだろ。そしてツケを払え」

「いや、流石に今月の家賃を支払えないと追い出される。ツケは家賃のあとな」

「おっまえなぁ……。なんでそんな崖っぷちなんだよいつも」

「生きてるって感じするだろ?」

「知るか。女の家にでも転がりこめ」

「違うんだよ。帰るところがあって転がり込むのと、仕方なく転がり込むのは違うんだ。

 俺が好きなのは前者であって後者じゃない。

 あと俺はこれでも傷心なので当分女はごめんだね。純情なんだ」


 はてさて相手の呆れ顔を見るのも何度目か。

 アテが外れてしまったことだし、そろそろ退散時だろう。

 礼を言って立ち去ろうとした時、店主がふっと何かを思い出したようにケイスを呼び止めた。


「なあ。おまえ、そういや魔法使いは嫌いだったか?」

「なんだ急に。別にどうともって感じだよ。

 魔女の悪評だって迷信だって知ってるくらいの良識はあるぜ?」

「そうか。ならいいんだ。

 仕事ならひとつ心当たりがあってな」


 店主はそう言って一枚のビラを寄越した。


「なんだこれ。サーカス? ああ、そういえば来ていたな」

「下の方の文字を見てみろ」


 言われたとおり目を向ければ、人員の募集がかけられていた。それも、楽師ばかりの。

 期間はこの町での公演が終わるまで。


 なるほどアルバコスタは音楽の町だ。

 おそらく普段の公演と同じ楽隊の規模では、この町の客を満足させられないと踏んだのだろう。


「そしてここに丁度余ったチケットが一枚」

「なんでだよ」

「細かいこたぁ気にすんな。ツテだ。折角だからおまえにやる。いい年したおっさんがひとりで見に行ってもだからな」

「俺だって同じだよ。何が悲しくて女とデートでもないのに行かなきゃならないんだよ」

「お前は仕事を探しに行くんだよ!」


 そういえばそうだった。


 半ば強引にチケットを握らされ、断る間もなく店を追い出された。

 チケットを眺める。折り目ひとつない綺麗な代物だ。


「……売って金に変えるか」


 雇ってもらうにしても、別にサーカスを見る必要はない。

 むしろそこで働くのなら嫌と言うほど見るのだから。

 一枚だけのチケットなんぞささっと金に換えてしまう方が賢明というものだ。

 店主もどうせ、ケイスがまともに観に行くなどとは考えているまい。 


 などと自分を正当化させながら、貰ったビラにあらためて目を向ける。


 〈ゴンドラの斜陽座〉


 でかでかと書かれたのは意味不明な座名。


 〈──今宵、貴方に最高の魔法を〉


 堂々と謳われるその文句に、ケイスは目を細める。

 その言葉を、こんな浮かれた文脈で聞くのは随分と久しぶりだった。

 ケイスは呟く。


「魔法、ねぇ……」

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