これまでのあらすじ『オギ=ミアノの手記』
外伝・続編開始に向けてこれまでのあらすじをまとめました。改稿後の文章に準拠しています。
主人公の手記兼後日談風味です。
本編の補足としてもお使い頂けるかと。
勿論、飛ばして頂いても問題ありません。
これまでのことを、少し振り返って書いてみようと思う。
こういう文章は書き慣れていないのだけど、見知らぬ誰かに向けて書く、という体裁の方がうまく整理して書けると聞いたことがある。
そんなわけだから、形式として自己紹介から始めることにする。
僕の名前はオギ=ミアノ。
魔法店で働く見習い魔術師だ。
両親は国中を飛び回っていて、今は姉のキフェと、そして自動人形のリネンと暮らしている。
リネンは、亡くなった親友、アルミラの遺品だ。
彼女の兄の頼みで僕が引き取ることになった。
僕が書き残したいのはリネンと出会ってからのこと、そして、彼女のことだ。
初めてリネンを見たときの衝撃や感動を覚えている。
それは自動人形への期待でもあり、そして何か、名状しがたい衝動でもあった。
人形であることが信じられないほどに精巧で、鼓動までが聞こえてきそうだった。
けれどその期待は、数日のうちに失望に変わっていく。
人間にそっくりなリネンと関わるうちに、彼女がどうしようもなく人形だということを思い知っていったのだ。
結局僕の手には余ると判断して、僕は姉のキフェにリネンを託すことにした。
キフェは活動的で、奔放で、なんというかちょっと大袈裟な人で、『人間』の教科書としては僕よりもよっぽど相応しいと思ったからだ。
実際それは正しく、キフェの元でリネンはどんどん色々なことを覚えていった。
けれど数日、家を離れている間に異変が起こる。 不在の間、キフェがリネンに仕込んだのはあまりにも嘘くさい振る舞いだった。
どうしてそんなことをしたのかわからずに、僕はキフェに問うた。
キフェはしかし、どうして僕がリネンに見切りをつけたのか、と問い返した。
リネンに、いや、リネンを遺したアルミラに、何を期待したのだと。
キフェは怒りを露わにして言った。
その指摘は図星でもあり、的外れでもあった。
アルミラは僕にとってただの友人ではなかった。 初恋の人だった。
アルミラは僕に何も残さなかった。
僕はそれを重々承知していたはずだった。
きっと僕は勝手に期待して勝手に失望したのだ。リネンに。
期待しているつもりはなかったけれど、無意識のうちにしていなかったとは言い切れない。
それはリネンに対して失礼なことだった。
人間ではないが、自動人形は意志ある一個の存在なのだということを、感じつつある。
リネンに、アルミラの影を求めることなどはしない。そう決めた。
ただ、キフェの憤りの理由は、その時の僕にはわからないままだった。
リネンがいる日常にも慣れ始めた頃、店に奇妙な依頼が来る。
依頼主のソフィーネという少女は壊れかけの自動人形で、自分が動かなくなった後に解体されることを望んでいた。
ソフィーネは、持ち主の童話作家コルチ=ディグの亡くなった娘の代わりを演じていた。
そのために、自らが壊れることになろうとも、やめることはなかった。
それが本物のソフィーネ=ディグの託した願いだったから。
それが彼女に与えられた最上位の命令だったから。
最後までコルチの娘として、彼を騙しきらなければならなかったのだ。
結局僕らにできるのはソフィーネを看取ることだけだった。
間もなくして彼女は機能を停止させ、そして、コルチはソフィーネを騙しきった。
コルチは、本当は自分の娘がとうに亡くなっていることも、彼女が人形だということも分かっていて、騙されているように振る舞い続けていた。
演じていたのは彼の方もだった。
その人形の本当の名は『シトーシア』という。 娘が愛した童話の題名であり、その中に出てくる人形の名だ。
娘を演じ続ける人形のソフィーネ。
そのソフィーネが人形であることを承知していながら娘として扱うコルチ。
彼らの選択が正しかったのかはわからない。
それは僕が決めていいことじゃない。
ただ、人形にとっての『最上位の命令』、その重さを噛み締めた。
ソフィーネのことがあって、また、しばらくの時間が過ぎた。
僕はリネンを避けるようになっていた。
リネンに、アルミラの面影を見出してしまうようになったからだ。
死者の代わりを務めきったソフィ、いや、シトーシアを見たからだろうか。
それは受け入れがたいことだった。
あってはならないと思えた。
リネンにアルミラを重ねるだなんて、そんなことはどちらに対しても不誠実で許されない。
ソフィーネの代わりとして願われたシトーシアとは違い、リネンは、アルミラの代わりとして願われたわけではなく、そもそも僕のために遺されたものですらない。
そうわかっていたから。
そんなとき、アルミラの兄、サイモンが僕の元を訪れる。
「リネンを返してほしい」と言うために。
魔女として生まれて、生涯わかり合うことのないまま死んだ妹を理解したい。
そのために、彼女が最後に遺したものであるリネンが手がかりになるのではないかと考えたサイモン。
そんな彼のことを他人事には思えなかった。
何よりも、彼がアルミラとわかり合うための時間は、一番の友人であった僕が奪ったも同然だったのだから。
けれどそれはすべて、ひとりの少女、あるいは一体の人形の仕組んだことだった。
彼女の名前はサァラ。
リネンと瓜二つの自動人形。
彼女は、リネンを僕の元から連れ出すためにサイモンを利用し、僕らを騙そうとした。
僕もサイモンも、呆気なく嵌められた。
嵌められたとしても構わなかった。
それが本当にリネンのためになるのならば、リネンの望みだというのならば、僕が止めることではない。そう思っていた。
だけど、気に食わなかった。
受け入れられなかった。
だって、僕は何ひとつリネンの言葉で彼女の望みを聞いていないのだから。
勝手に決められて、物事が勝手に運ばれていく僕の知らないところで。
手が届かないところで。
それではアルミラと会った最後とおなじになってしまう。
幼い日にアルミラと交わした十年限りの友人契約。
それは彼女が自分の寿命をわかっていたからだ。彼女は未来視の魔法を持つ魔女だった。
僕はそれを了承し、きっかり十年を彼女と共に過ごすつもりだった。
けれど。
十年目の夏に、アルミラは僕の前から去った。
ひとりで何かを考えて、ひとりで何かを決めて。 十年にほんの少し満たない月日の果てに、彼女は死んでしまった。
それが心残りで、消えない後悔だった。
だから今、理由も聞かず納得もしないまま黙ってリネンを見送るのは同じことのように思えた。
それは嫌だ。
手遅れだとしても同じ後悔を二度、繰り返すことはしたくなかった。
そう決めて、リネンを迎えに行く。
キフェとサイモンと共に。
なんて、格好つけてはみたものの。
実際はそうたいした話じゃない。
僕らはサァラを追跡するのが精一杯で、結局リネンはほとんど自力で戻ってきた。
サァラとどんな話をしていたのかは、僕も聞いていない。
ただ、僕にとって大切なのはその先にあった。
帰ってきたリネンはアルミラの真意を、教えてくれた。
彼女が墓まで持って行くつもりだったことは、僕が代わりに墓まで持って行くだろう。
リネンと出会った冬の大きな出来事は、これですべてだ。
◇
「ねぇオギ、オギってば」
「うわっ、キフェ、入るならノックぐらいしてよ」
「したよ。気付かなかったの?」
「…………」
「まぁ、何をしていたのかは聞かないけどさ。そろそろ時間だよ」
「うん。もう少し待ってて。すぐに行くよ」
◇
──あれから二年の月日が経った。
変わったものも変わらなかったものもある。
思い出しながら書いているこの文章も、実際のあの頃のこととは違っているのかもしれない。
そして僕自身も、これから先、いろんなことを忘れていくだろう。
◇
「オギ、まだぁ? 墓参りに行くって言い出したのは君なんだぞ。ぼくが行く義理はないんだからな。早く来ないと気が変わっちゃうんだからなー!」
「姉様。そういうことを言うと収拾が付かなくなって、後でこっそりひとりで行く羽目になりますよ」
「は!? なんでさ!」
「そして運悪くサイモンさんに見つかってとても苦しい言い訳をする羽目になるでしょう」
「リネン、性格悪くなったな?」
「いえ、滅相も。私は忠告をしただけですので」
「オギだな。オギのせいだな!」
「姉様も大概かと」
「そういう物言いだよ!」
「あはは……ごめんごめん。待ってくれてありがとう。キフェも機嫌直して。
それじゃあ、行こうか」
◇
忘れることが仕方のないことだと言うのなら、せめて思い出せるように記録して、そして、できることなら新しいことを、
未来についてを、書いていけたらと思う。




