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空白のリネン  作者: さちはら一紗
3章 the doll ≠ the girl
16/44

3−5 先延ばしの果て

「おいサァラ。リネンを帰したのか」


 サイモンが問いただす。


「うん、そうだよ?」

「まだ三日しか経ってないじゃないか。……目当てのものは、見つかったわけでもないんだろう」

「だから、一時的にね。昼に迎えに行くから」

「しかし……」


 彼女は鏡の前で髪を整えていた。

 ポニーテールは解かれて、今は短めの三つ編みへと変わっていく最中だ。

 鏡の中のサイモンと目を合わせる。じっと、責めるかのように。

 サイモンはやっと思い出した。出会った時に、サァラは言ったのだった。


『私とあなたは協力関係。私はあなたに力を貸す。だけど、私に指図できるなんて思わないで』


 それが侵害してはならない彼女の領域だと、サイモンは察したはずだった。

 慌てて謝罪をしようとしたが、既に人形はこちらを振り返り、その手をすっと上げた。

 サイモンが僅かに顎を引く。


「後ろ髪。ちょっと跳ねてるよ」

「……ああ、本当だ」


 ふふっ、と笑いを零せばサイモンはばつが悪そうに顔を少し顰める。浅く吐いた息は安堵だろう。

 ここのところサイモンには落ち着きがなかった。らしくない。

 彼はいつも神経質なぐらいにかっちりとしていた。そういうところもアルミラは疎ましく思っていたのだろう。彼女は綿密に計画を立てるくせにいざ実行する段階になるとざっくりと動く質だったから。


「それで、見つかりそうか」

「ううん、どうだろう。無い線が濃厚だから期待しない方がいいかも。がんばるけどね?」

「そうか」


 鏡に向き直り、左側の三つ編みに取り掛かる。

 鏡の中のサイモンは澄ました顔のまま気落ちしている。


「でもね、ひとつだけ分かったことはあるんだ。聞きたい?」


 三つ編みなんか初めてで、ポニーテールの方が楽だということは分かっていた。だけど、今日は三つ編みにするべきだと思ったのだ。解いた時に跡がついてしまうだろうということも、問題にはならない。

 サイモンの上体が前屈みになる。

 ふふふ、と笑いを零す。アルミラという少女は随分と大切にされていたのだな、と。


「妹さんはサイモンのこと、嫌いじゃなかったと思う」


 リネンの記憶の中のサイモンはいつもアルミラに追い出されていたけれど。その度にリネンに言い訳をするように兄のことを語っていたのだ。苦笑いをしながらも、満更でもなさそうに。


「そう、か」


 人形は立ち上がる。

 今日は赤のタートルネックではなくて水色のブラウスだ。ストライプのリボンタイを整えて、黒のサロペットスカートをふわりと翻す。


「うん、そうだよきっと」


 向き合ったサイモンは、アルミラとよく似た苦い笑みを浮かべていた。


 ◇



 リネンが一人で帰ってきた。


「随分と早かったね」

「はい、用件は終わったので」


 オギは自分が普通に話せることを確認し、内心で息を吐く。

 流石に大分時間を置いたおかげで頭は冷えてくれていた。リネンとアルミラを混同しないぐらいには。

 微妙に間を空けて、恐る恐る問いかけた。


「それで、何か見つかった?」


 リネンはぱちぱちと瞬きをする。まるでオギの意味するところが分からないというように。

 半端な間をおいて、ああ、と合点のいったような感嘆音が漏れた。


「何も」


 完璧な鉄面皮には一切合切の感情を匂わせることはなく。


「そ、そうか」


 何もおかしなことはない筈なのに気圧されて、オギの返事は上ずった。

 最後に見たときと同じワンピースから、違う洗剤の匂いがする。どこかで嗅いだ気がしたが、数秒経てば嗅いだことすら忘れるほどに気には留まらなかった。

 リネンがオギの側に寄り、手を取った。柔らかくて冷たい感触にひやりとして、オギはまじまじとリネンの手を見る。白くてつるりとした綺麗な偽物の肌。


「オギ、私の部屋に来てください。大事な話があるんです」


 真っ直ぐと向けられる翠の瞳に息を飲み、リネンの後へと続いた。


 いつもとは違い、位置を逆転してオギの半歩前をリネンが歩く。

 どこか落ち着かない棘のある雰囲気に引っ掻かれた。環境音に足音が一つ追加される。


「あー、リネン帰ってたんだ! お帰りなさい。ねえねえコスタの兄の方に変なことされなかった? 大丈夫だった? 訴える準備は出来てるよー」


 両手に機材を抱え、騒がしくキフェが曲がり角から現れる。


「ご心配なく」

「あ、うんなんかごめん……」


 返すリネンの言葉は淡白で、流石のキフェも温度差に耐えきれなかったようだ。声がか細い。


「それで、早速で悪いんだけどちょっと手伝ってくれないかな」


 ぴくりとリネンの眉が動く。顔を少し上に動かしてオギを見た。

 一拍の間が空く。

 オギはリネンの冷え冷えとした顔面から視線を姉に移した。


「リネンは僕に話があるみたいなんだ。それからでいい?」

「うん、全然いいよ」


 リネンが帰ってきたからといってオギみたいにご馳走作るわけにも行かないし、かといって物も何が喜ぶのか分からないな……等々、ぶつぶつと呟きながら去っていくキフェ。

 ぐい、とオギの袖が引っ張られる。


「行きましょう」


 そしてまた、言葉少なにリネンはオギの先を行く。



「リネン、なんか変じゃないか?」

「気の所為です」

「そうか……。気にし過ぎかな」


 まともに対面するのが久しぶりな所為で、オギの中のリネン像が揺らいでいる。


「それで、話って?」


 オギは椅子に座り、閉じられた扉の前で佇むリネンに促す。

 ぱちり、と瞼が降りては開く長い瞬きを、身じろぎせずに観察する。

 小さな口が開かれて音が弾き出されるまでは一瞬。


「この三日で私は大切な物を見つけました。

 私を、リネンを、オギの所有物から外してください。

 最上位の命令を解いてください」


 リネンはリネンの物であると再定義するために。

 リネンはリネンのためにあれ、と命ずるために。


 オギは空いた口が塞がらないまま、まじまじとリネンを見つめた。

 耳の入り口でつっかえて、理解を拒むような言葉。

 思惑の先が分からない。オギは開いた口から単語だけを反射する。


「最上位の命令……」

「はい、何度も言わせないでください」


 胡乱げにリネンの瞼は垂れ下がる。

 逡巡はオギの脳味噌を周回する。

 意味を噛み砕いたのは、舌の所有権を取り戻してからだ。

 熱に浮かされたように、くぐもった声で、過去の記憶にすがりつく。

 記憶の糸を手繰る。リネンの発した、少なくも地に根ざした言葉を探り出す。

 そして、ソフィーネ=ディグを騙った人形の譲れない根幹に辿り着いた。


「僕は君に、それを与えたかい」


 その言葉を返しても、リネンの瞳は動かなかった。

 何もかもを追い越す絶対の物差し。オギには理解し難い、それでもなおざりにはさせてくれなかった価値観。

 最上位の命令というものは、そういうものでは無かったのか。

 リネンにとって人形にとって、それは殉ずるべきものなのだと。その価値があるものだ、と。

 そこにあるのは誇りだった。ガラスの瞳に宿るのはエメラルドよりもなお硬い意志だった。

 はずなのだ。

 だから、ソフィーネを止めさせてはくれなかったのだと。


 そのままゆっくりとオギは立ち上がる。

 リネンを遠ざけた当の本人には、それが根拠と言える自信はないけれど。

 思えば帰ってきたときから違和感を感じていた。

 何処か鋭くて刺々しくて。所作も表情もいつもと変わりない筈なのに、神経質なオギの直感が叫んでいた。


「リネン、何かあったんだろう」

「私は私の考え方を持ったというだけの話です」


 オギが困り顔で一歩近づけば、リネンは無表情のまま一歩引く。

 アルミラの兄は何をしたというのか。

 コスタ兄妹特有の説明不足を今更ながらに呪い、今度はオギからリネンの手をそっと掴んだ。


「はなっ……してください」


 僅かに眉をゆがめて、声を一瞬荒らげて、リネンは引き気味に身を捩る。

 その抵抗を捻り潰すことはオギには出来ず、手を離した。けれども、視線を離しはしない。

 ゆっくりと、息を吸う。


「僕じゃ役不足かもしれないけど、聞かせてほしい」


 リネンの何かを根本から覆す物事が、あったというのなら。


「力に、なるから」


 リネンの眉が下がる。


「あ……」


 リネンの目尻が下がる。


「ばっかじゃないの」


 リネンの、温度が下がる。

 心の底から呆れるような、からついた呟きだった。

 レンズ越しに見る深緑の瞳が寒々しい。

 物と鮮やかの少ない殺風景な部屋の温度が刻一刻と下がっていくようだ。


「リネン……?」


 疑問符を途中で飲み下したようにぐらつく声。

 問いにもならないその言葉に応えたのは、答として望まないものだった。

 くすり、指がそっと彼女の唇に触れた。真っ白な手の甲があらわになる。


「外れ外れ。私はリネンじゃないんだよ。ああ、もっとも、あなたに都合のいいリネンはもうどこにもいないのだけど」


 オギの見知った顔で。オギの知らない表情で。オギの聞き慣れた声で、聞き慣れない調子で。

 凍り付いた雰囲気も仕草も声音も何もかもゆっくりと溶け出していく。


「予想以上に窮屈なんだね。こんなのやってらんないわ」


 不一致が嵩み始める。

 リネンじゃない。


「君は、誰だ」


 リネン装う何者かは甘やかに笑った。


「そうだね、私は……」


 唇は熱っぽく、頬に朱がさし、眼球はしめやかに動く。それほどの錯覚だった。


「さしずめ、悪い魔法使いに囚われたお姫様を救い出す騎士ってところかな?」

「どういう意味だよ」

「私の望みは最初に言ったよ」


 と、リネンの服を着たサァラは呆れたように大きく溜息を吐いた。


「こんなに違和感が有るのに……なんですぐに気付かなかったんだろう」

「あなたがリネンを型にはめているだけでしょ? 吐き気がする」


 嫌悪感を全身で表現する少女人形の言葉に、慣用句は身体に関するものが多いな、などと関係のないことを考える。

 気付かなかったのが不思議なぐらいにリネンとは似ても似つかなかった。

 理屈はそう言ったまま、感慨は翻弄されたまま。『本当に?』

 渦巻いている。


「あーあ、私完璧に真似できていた筈なのに」


 三日間見続けたリネンの仕草を真似ることはサァラにとっては容易かった。基本的に動かなければいい。パターン化された動きはあまりに簡単で人形的で彼女からしてみれば──反吐がでる。

 サァラはオギの見て来たリネンを知らない。

 そしてリネンはそれを伝えやしなかった。

 どちらにしろ、あるがままであること、自己を確定することに拘るサァラには理解できない話だっただろう。


 オギは息を意識的に吸った。

 現実感は未だ追いつかず、平静には浮遊感が伴っている。それでも多分、放り投げてはいけないのだ。


「リネンはどこだ」

「まだ向こうの家だよ」

「君は何者だ」

「私はサァラ。リネンの妹」

「要求は何」

「リネンの魔法を解いて」


 十分に慣れ親しんだ筈の音域が、不慣れに凛と響く。

 脳裏に金色の三つ編みが、ちらついた。

 オギはぽつりと呟いた。ごくごく当たり前のことを、忍び込んだ不審者であるサァラを見て。


「なんでそれを、リネンじゃなくて君が言うんだ?」


 リネンと同じ形のいい眉が、双眸が、口が歪む。


「リネンがあなたに逆らえると思ってるの? リネンの意思を塗り潰すぐらい、あなたには容易にできるの。ふざけてると思わない? 馬鹿馬鹿しいと思わない? 尊厳はどこにあるの。たかがほんの少しの自由ですら、私があなたから解除コードを手に入れて間接的に鍵を外すまでは成り立たない!」


 サァラの綺麗過ぎる手が、オギの腕を掴んだ。


「教えてあげる。そう、今日はあなたに教えに来たの」


 声は近く、温度は遠い。

 唇に苛立ちを乗せ、冷たい指先がオギの首元を撫でた。



「私たちは、お人形じゃない」



 そういえば、手の甲に猫の引っ掻き傷がなかったな、と。今更ながらぼんやりと思い出す。

 今更だった。




 ◇



 予想外に予想外が重なればオギの頭は簡単に固まる。

 元々回転は速い方ではない。それなりに器用ではあるが速度がない。

 キフェはオギとは違い、速いのだが空回りして方向性を間違えていることがままあったけれど、突然のことに強いのは姉の方だ。

 時計の針は悲しいほどに正確だ。


「リネンたちがいなくなったって」


 オギは背もたれの向こうから頭を傾けて、逆さまのキフェを見る。ぶすっとした態度で立っていた。


「事の顛末はコスタの兄が全部吐瀉(ゲロ)った」


 彼はいいようにサァラに乗せられていた。

 騙くらかしたサァラが凄いのか、騙されたサイモンが馬鹿なのか。

 もうどちらでもよかった。


「取り返しに行かなくていいのかい」

「……どうしようかな」


 オギは全てをぼんやりと、他人事のように一歩引いて眺めていた。


「リネンのことだから。僕が干渉する権利はない……と思う」


 キフェは眉間に皺を寄せて、暫くの間目を閉じる。


「それでいいの」


 姉に似つかわしくない低温度。


「おねえちゃんはオギが決めたことにはとやかく言……うけど、できるだけ露骨な干渉はしない方向性なんだよ。けどさ」


 噛み付くのを堪えるように喉を鳴らして、吐き捨てた。


「怒れよオギ、そんなつまらない君は見たくない」


 いつかと同じように言うけれど、やっぱりオギには何に怒れというのか、分からないのだ。




 あの時直ぐにサァラは指を離して、落ち着いた声でそっと述べた。


『もしもあなたがすんなりと、リネンの鍵を明け渡してくれたのなら、その後で別れを告げる時間は設けるよ? あなたが渋っても、私たちに損はないの。ただ手順が美しくなくなるだけで。全ては何も知らずに逃げられるあなたが可哀想だから』


『私はね、リネンを自分で考えて、自分で動けるようにしたいんだ』


『私たちは君たちのお人形さんで終わりたくなんかない』


 諭されて嘆願されて、もう何もよく分からなくなった。

 行動に一貫性がない。最初から最後まで何もかもが理解を妨げる。

 キフェ以上に中心がぶれていて、どこからどこまでが本気なのか分からない。

 嘘臭さが鼻に付く語り草はきっと彼女の自然であり、真実なのだろう。

 騙したいのか、頼みたいのか、脅したいのか。

 考える時間を与えられ、幸い返事はまだ寄越さずに済んでいる。

 言いたいことだけ言って満足して、サァラは悠々とオギの元から出て行った。オギの頭が追いつく前に逃げられた。

 そのままアルミラの兄をすり抜けて、リネンを連れ出して、今も何処かでタイムリミットを待っている。


 リネンが優秀なのはもうとっくに分かっている。それでもオギはリネンを人形としてしか見ていない。少女と混同して扱いかけることはあれど、理性はそう認識している。

 それが間違っていることだなんて思ったことはない。リネンは最初から人形だった、筈だった。


 もしも根本から違っていたとしたら。

 リネンがサァラのように在ることを望んでいたとしたら。

 少なくともオギが遮らなければ可能にはなるのだ。

 サァラなんてどうでもよかった。

 オギはリネンへ、確かに何かしらの感情を今現在抱いている。

 複雑に絡み合った糸を解いていけば見えてくるのはどれも明るいものではない。

 一際大きな塊はまだ解けていないけれど、全体としては一つである。


『リネンは僕の側にいない方が幸せなのかもしれない』


 幸せという概念すら、持ち主の存在していたリネンはまだ分かっていないのだから。

 持ち主。そう、持ち主だ。

 ソフィだって最上位の命令さえなければ、否、コルチさえいなければ。

 人形の誇りは命に殉じることには無く。

 きっと今も壊れることはなかったのだ。


 思考を宙に浮かせたくて、天井の染みと半分閉じた目を合わせていた。

 こんな感情が前にもあった気がして、名称がわからないまま喉が詰まりそうだ。

 眼鏡を外す。

 視力の良い方の目を閉じた。

 境界線が曖昧になった景色にとろりと溶けていく。

 全てを置いて、先延ばしにして。

 悪癖はまだ直らない。


 ◇


 十年目の夏、その終わり。

 いつものように自転車を漕いでオギはアルミラのアパートへと向かっていた。

 日の沈む時間は早くなってきたというのに気温はあまり変わらず、秋にはまだ遠い頃。空気は乾いていて喉が焼けるような暑さではなかったけれど今年もアルミラが消費した日焼け止めの量は凄まじいのだろう。

 夏は外に出たがらないくせに彼女はやたらと水辺には行きたがる。海は遠いからもっぱら川だけど、アルミラの細い足が流れに負けてしまわないかといつもオギはひやひやしていた。

 そんな、いつも通りの夏の一日の筈だった。

 近所のアイスクリーム屋の在庫を確認し、彼女の好きな新作というフレーズが存在していることに微笑んで、自転車の鍵を乱雑に掛けて古い階段を駆け上がる。

 ノックを三回。僕だよアル。わかった今開ける。何回も繰り返したやり取りだ。

 ただその日はいつもと一つだけ違い、彼女の部屋ががらんとしていた。


「実家に帰ろうと思うんだ」

「は?」


 オギが聞き逃したのだと勘違いしたアルミラはもう一度同じ言葉を繰り返す。


「……なんで?」


 変化はない、筈だった。

 視界の中の輪郭がぎん、と浮く。

 くっきりとアルミラの口角が上がって、ぼんやりとアルミラの目尻が下がって、


「そろそろ終わりの時間だよ」


 一音一音丁寧に宣告した。

 目を背けていた時計の針が盛大に音を乱す。

 彼女の手を取ったのは冬だったのに。痛む頭を無理矢理に動かしてなんとかその事実を捻りだしたけれど、アルミラはそっと首を振るだけだ。

 嘘だ。


「約束したよね。その時になったら教えてくれるって」

「約束したな。だから教えた」


 握った自転車の鍵がじっとりと(ぬる)くなる。


「だけど、その時にオギの側にいるとは言っていない」


 表情を人形のように冷たく整えて、訥々と言うのだ。

 反駁は許されなかった。

 抗議も抵抗も届かなかった。

 あと数ヶ月、見ないふりをして先送りにして今までと何も変わらないように在ろうと決めた直後だったというのに。

 扉は無情にも閉まっていく。

 固まった手は伸ばせない。


「オギ! 賭けをしよう」


 アルミラがオギの言葉を遮って、声を張り上げる。

 内容はただ一つ、アルミラの生存予測の正誤。


「私が勝ったら、お前は一生私の友人だ」


 今更どうしろというのだ。


「オギが勝ったら……」


 もう終わると言ったのは彼女自身ではないか。


「そしたら私の願いを聞いてほしい。 その後でオギの願いも何もかも、叶えてみせるから」


 最後に夕焼けのような笑みを見せて、未来を見通す魔女はあまりにオギにとって分の悪い賭けを持ちかける。

 是も非も答えられないまま扉は固く閉ざされ、世界が秋に様変わりするその時まで、とうとうオギがアルミラの元に辿り着くことはなかった。

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