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空白のリネン  作者: さちはら一紗
2章 the doll = the girl
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2−5 シトーシア

 浮いたそばかす。くすんだ金髪。ちろりと除く八重歯は白く、重い睫毛に縁取られた灰青の眼球はしめやかだ。

 ほっそりと青白く色褪せたような少女は、だしぬけに提案を持ち出した。


『取り替えっこ、しましょうか』


 纏う空気はどこまでも清潔で。


『"つもり"ごっこよ。ソフィがあなたであなたがソフィ、そのつもり』


 漂う空気はどこまでも薬品的だ。


『お客様はお父様。笑うのも困るのも、蚊帳の外でふてくされるのもお父様。お父様を騙すのよ』


 不恰好な飴細工のように、触れたら割れてしまいそうな少女だった。

 いつぶりかにその髪を太い三つ編みに結い、いつぶりかにワイン色のワンピースに袖を通したその姿は、いっそ人形よりも人形的だった。


『わるく……ないでしょ?』


 それはいつも通りの、遊びのお誘いだった。行う場所がそれぞれ違う、だけだった。


『きっとこれは最初で最後で一番の、"お願い"ね』


 少女の腕の中は柔らかく、きっとおそらく温かかったのだ。

 吐息の音が耳を刺す。


『あなたに、"ソフィ"をあげる』


 廊下から、ソフィーネを呼ぶ声がする。少女はトランクに鍵をした。

 少女のおぼつかない足取りを、ただ見送るだけの日々だった。


『さようなら、×××××。ソフィの大切なお友達』


 その願いの意味は意図はもうどこにも無い。


 願われてしまったその日から。全てが正しくあることは叶わなかった。




 ◇





「ソフィはソフィーネ=ディグだけどソフィとしての方が正しくて、おねえさまこそソフィーネ=ディグでずっとずっとソフィーネなの」


 童女はそう嘯いた。

 写真立てから目を逸らす。映っていたのはオギの目の前の人形とは、似ても似つかない娘だった。ひょろりとした体躯のたれ目が特徴的な、本物のソフィーネ=ディグ。彼女は紙の上で不器用そうにはにかんでいる。


「ソフィはおとうさまの娘だし、それは絶対変わらなくて変えちゃいけない事だけど二番目だから。悲しくはないけれどほんの少しさみしい事だと思うわ」


 ソフィーネは微笑んでいる。満面の笑みも泣き顔も作ることは叶わない。

 オギは特に表情を変えないまま相槌を打った。


 ベネットがあっけなく修復不可だと宣告してからオギに出来る事など三つより増える事は無かった。

 コルチの前でソフィーネの友人を演じ続ける事、マトの薬品を使って回路の劣化速度を抑えようとする事、ソフィーネが完全に壊れるのを待つ事だ。

 二番目に関しては既に効果が見えていない。壊れる事への忌避感自体が壊れているソフィーネは手遅れになっている事だけは認識して受け入れている。


「あのさ、別に僕がソフィを解体する必要は無いんじゃないのか」


 ベネットの返事が来る前に、もしも直らなかったと仮定して、と前置いて聞いたことを思い出す。

 オギの店では直せなかろうが他でもそうだとは限らない。制作者さえ突き止めれば何とかなるのではないだろうか。そもそも、彼女が一旦全機能を停止すればこれ以上壊れる事も無いのだ。

 しかしソフィーネは首を振る。


「それは娘として正しくないもの」


 オギは眉をひそめたものの、反論する事は無かった。


 オギとリネンは泊まり込むようになった。コルチはなんだかんだ言いながら、断る気などなかったように一室を貸してくれた。その一室は埃っぽくもなく窓も曇ってはいない。どこか懐かしい雰囲気のカーテンが余計に、時が止まっていた部屋のように思わせていた。


「おい、お前」

「はい?」

「名前はなんだ」

「オギです」

「ふん、そのぐらいは覚えているに決まっているだろう。姓だ姓」

「う……ミアノです」


 オギのコルチに対する苦手意識は着々と積み重ねられて行く。我ながら情けないとは思う。が、彼の眼光が無駄に鋭いのだから、仕方ないのではないか。

 誰に向けるでもない弁明だ。


「まったく、腑抜けた面をしおって」


 オギはふと気付く。相変わらず刺のある言葉だが、僅かに語調は柔らかくなっていた。

 微々たるものだが、初対面のような硬く冷たい様相は解れてきたのかもしれない。


「まあいい、ついてこい」


 姿勢を正した。


「話がある」



 ◇



「お帰りなさい。どこに行かれていたのですか」


 リネンは本から顔を上げる。


「コルチさんに呼び出されてた」

「何の用件だったのでしょう」

「いや、なんか……お泊まりの対価っていうか、ちょっと雑用受け持ってくれとかご飯事情とか水回り系の諸注意とか、こまごまとした話だった。大したことじゃ、なかったよ」


 決まりが悪そうに、オギは説明を打ち切る。


「リネン、何読んでるんだ?」


 リネンが読書をしているのを見るのは初めてだ。

 彼女は本を持ち上げて、表紙を見せる。コルチの書いた童話集だった。小綺麗な装丁で、中の字は大きめだ。


「面白い?」

「私にはまだ、面白いという感覚がよく分からないので答えられません」


 とはいうものの、随分と熱心に読んでいたようだから、リネンの興味を十分に引いたのだろう。読むのはけして速くないだろうに、ページは大分進んでいた。

 オギは時計を見る。ソフィーネとの約束の時間まで、中途半端に余裕がある。リネンに倣うのも悪くない、と本棚を眺めた。

 コルチ=ディグは童話・空想魔法の部類を主に執筆していた、という認識だった。しかし古い方の作品には堅いものが多かったのである。確かにそちらのほうが、"らしい"ように思う。

 そういえばフィクションに手を出すのはいつぶりだろう。そんなことを思いながら本の列の前で指を彷徨わせる。


 目についたのは、いつか誰かが話題に出していた本だった。

『シトーシア』。シリーズ物ではあるが、さして分厚くもなく巻数も読むのに無理がない。何とはなしに抜き取ってしまったまま、オギは本を開いた。


 それは一人の少女と一体の人形の物語だった。

 心を弾ませ肺を刺す、優しくて苦い、冒険譚だった。

 子供の頬をつねるような寓話のようであり。大人を毛布に投げ飛ばすような童話のようであり。

 温かい湯の中を落ちていく。そんな、煙水晶のような危うい綺麗さを漂わせていた。



 誰もが嘘と断じる場所を一人信じて旅立つ少女は、忘れ去られた一体の人形に出会う。

 物語の始まりはそう、瓦礫の中だった。


 ◆




 大地は丸いと人は言う。

 空には始まりも終わりもないと、皆が言う。

 最果てなんてお伽話にも満たないと、親も兄弟も友人も、誰もがくだらないと切り捨てた。


 ──だから、逃げ出したの?

 ──ちがうちがう、真逆だわ。


 ありもしない最果てを夢見るメリー=オルガンから、真ん中の国は逃げ出した。


 ──あたしは偉大な冒険家、チャールズ=オルガンの孫娘。

 そしてこの時代に初めて最果てへと辿り着く、偉大な冒険家の卵よ。


 少女が唱えるは空前絶後の大嘘吐きの名だ。

 その口は火を吐くがごとく、その目は陽を飲み込むがごとく。

 熟れた実のような赤毛をたなびかせ、あらゆるものを蹴散らすように笑うのだ。


 ──あなたに全てを見せてあげる。


 左右異色の瞳の猫を。太古の昔より暗闇を泳ぐ魚を。絵の具を塗りたくったような夕焼けを。

 雪を海を町並みを。生あるものの全てを。過去に葬られた何もかもを。

 眠り続けたシトーシアの空白に、描き込んでしまうのだ。

 陽気で諦めが悪くて、とびっきりに寂しがりやな冒険家の少女ははじめに一つ、願いを抱く。


 ──あたしとお友達になりましょう!


 少女人形はメリーの夢に魅せられた。




 ◆



 いつのまにか目の前にはソフィーネがいた。ソフィーネはしゃがみ込み、読みふけるオギをにこにこと見つめていた。


「面白かった?」

「うん」


 題材に感じてしまった抵抗感を、忘れてしまうぐらいには。


「それはとっても、嬉しいわ!」


 机には、ソフィーネが運んだのであろう、続きの巻が置かれている。表情が多彩とは言えないソフィーネだが、その目は輝いているかのように見えた。

 オギは柔らかく苦笑する。


「続きは明日ね」




 月曜日、二冊目。雨の国、時々晴れの街。すこしの不思議とたくさんの当たり前。

 真ん中の国に生まれたメリー=オルガンは人形を知らなかった。

 最果てを語った祖父のうわごとも、メリーは覚えきってはいなかった。

 ただ、進み続ければ良いということは知っていた。


 火曜日、三冊目。猫、砂糖菓子、それからエメラルドにエトセトラ。

 それらの国は真ん中の国にもある何かしらでできていて、けして(おんな)じ様相を持ってはいなかった。

 メリーの後ろを歩んでいたシトーシアは、メリーの隣で歩いている。

 すべての情景、すべての感動、浴びるように飲み尽くした。


 水曜日、四冊目。魔法の国。

 魔女に出会う。

 永遠に近く、永遠に満たない時を歩き、物語りの病を患う魔女だった。

 彼女は『おそらくきっと』偉大にして、『確かに愛すべき』ちっぽけな冒険家を物語ることにした。


 木曜をとばし金曜日、五冊目。海より更に深く。山の奥よりもなお奥深く。空よりも遠く遠く遠い場所。 

 素敵な何もかもが揃っている筈の真ん中の国には、唯一つ。人形だけが存在しない。


 土曜日、六冊目。最果て。

 それはまるで、終わりのような。

 ナニカだった。




「続きは?」


 オギはとびっきりのしかめっ面で、ソフィーネに問う。


「ないわ」

「でも、終わっていないじゃないか」

「これ以上、進みようがない話なのに?」

「終わらないのが終わりとでも?」

「言葉遊びね。ソフィはそういうの、大好きよ」


 ソフィーネは笑う。

 ころころ。螺旋階段をくるりころりと落ちるように。


「この先に続きがあるとしたら、それこそきっと悲劇よね」


 発行された年は既に六年前。この家はコルチの余生なのだ。

 隣ではリネンがまだ何巻目かの最初のほうを読んでいるから。オギはそっと黙り込んだ。



 一日遅れで、リネンは読み切ってしまったらしい。一体最初と比べてどれだけ読む速度が変わったというのだろう。


「面白かった?」


 形式的な言葉だった。


「わかりません。これは、だから、何だったのですか」

「さあね」

「……オギは、メリーがシトーシアを助けたように、ソフィーネを助けようとはしないのですか」


 物語を学びたてのリネンは純粋に疑問を投げかける。


「そうだね、あの登場人物のように僕たちは"友人"であることになっている」


 けど。


「茨の道を通ってでも助けるほどに、入れ込む理由がないんだよ。逆に聞くけどリネンはソフィーネを何をしてでも助けたいと思う?」

「いいえ」

「じゃあそういうことだ」

「そういうものですか」


 オギはリネンの問いに答えながら、シトーシアの結末を胸の内で思い返し、繰り返す。

 決してオギが薄情なわけではなく、出来ない事は出来なくて、ソフィーネは諦められる側に確定して位置していたというだけの話。

 コルチとソフィーネに、胃が少しでもしめつけられやしなかったかというと嘘になる。自分に直せるというのならば全力は尽くしていた筈だ。




 朝は家事等の手伝いを申し出て、昼はソフィーネの部屋で過ごし、コルチが外へと出て行く時間になってから彼女の具合を見て、夜には全員が同じ部屋に集まる、というのを数度繰り返した。

 リネンはオギがソフィーネの調子を見ている間休止する事で、活動時間を出来る限り合わせていた。

 夜に集まるといっても他人同士だ。特にする事などない。ソフィーネがリネンに構うのをただ見る事ぐらいだ。


 コルチは視線をこちらに向けず、離れて読み物や書き物をしていることが大半だったが、耳は彼女等に傾けていたのだろう。時折息をふっと漏らしていた。

 笑うのだ。


 オギは時折彼と話すようにもなった。

 慣れてしまえばそれなりに、会話は成立するようになった。

 真も偽も、方面を問わず、その知識は底無し沼のようだった。


 ソフィーネが、リネンとの会話が長く続かないことを悟った後は、ひたすらリネンにボードゲームの類いを仕込んでいた。オギもルールは知っているものだが、アルミラやキフェにこっぴどく負けた思い出しか無いので参加はしなかった。そもそも二人用である。


「私の勝ちです」


 コルチの前であるから、リネンの顔にはちゃんと喜色が浮かぶ。


「これで何回だったかしら」

「私の二勝三敗ですね」

「接戦ね」


 ソフィーネの機能は衰えを見せない。少なくともコルチの前では。外側の作りは明らかにリネンの方が上だが、中はそこまで差がないのだろうか。


 リネンの駒が進む。

 ソフィーネの駒がまた、取られた。


「あーあ、負けちゃった」


 結局ソフィーネはコルチが眠るまで彼の元で稼働し続けていた。





 回り回った月曜日、朝。コルチが町へと買い出しに行っているその間に、目を開けたまま、脈絡も無くぷつりとソフィーネは動かなくなった。



「お帰りなさい」


 出迎えたのはオギだった。

 コルチは始めてあった時よりも険しい顔で聞く。


「ソフィは」

「先程、息を引き(、、、、)取りました(、、、、、)


 深く息を吐いてコルチが肩を落とした。


私の娘(、、、)は幸せだったかね」

「少なくとも最後まで娘ではありました」

「そうか」


 コルチは顔をくしゃくしゃにしてオギに言う。


「ああ……私は、騙しきれたのだな」

「……はい」


 再度組み合わせた形だけのソフィーネをコルチはそっと抱きかかえる。


「葬儀とはどのようにするものだったかね。なにぶん六年も前の事だからな」

「僕は覚えていますけど、オカルトの人間ですから。どうあがいてもまがい物にしかなりませんよ」

「良い。まがい物にまがい物を重ねれば、かえって本物になるというものだ」


 そうして荒れた庭を通り抜け、新品の棺桶に(うず)めて、毎日三時半から整えていた本物のソフィーネ=ディグの墓の隣へと埋める。

 送って貰った秋用の黒いワンピースが、リネンの膝元でふわりと揺れた。


「貴方にとって人形(ソフィ)は、何だったんですか」


 コルチは優しく微笑んだ。


「だから、人形(むすめ)だよ。大事な二番目のな」





「祈りの言葉はどうしますか」

「ああ、ソフィーネのままではまずい、か」

「では、彼女(、、)の本当の名は」


 コルチは。

 目を。

 閉じた。


『なあソフィーネ、その名前でいいのか。呼びにくいったらありゃしない』

『それでいいの。それがいいのよ、お父様』


 初冬の風が足下を吹き抜ける。

 二人のソフィーネは重なり揺らぎ、告げるのだ。


『あなたの名前は』






「シトーシア」


 ◆



 真ん中の国には何もありはしなかった。

 それを哀れに思った人形たちは、自らを与えた。


 真ん中の国は周りの国の何もかもでできていた。

 分け与えられ、欠けていたものは埋まり、人は豊かになっていった。


 けれども。


 真ん中の国の人間はいつしか、あまりに似て、あまりに違う人形たちを恐れるようになっていた。


 真ん中の国は、人形をいなかったことにした。彼らを追いやった最果てすらも、なかったことにした。

 壊して砕いて放り捨て、記憶は砂に返っていく。

 その日から、シトーシアにかけられた願いは反転した。


 だから、空っぽだった筈の記憶を余すところなく思い出したシトーシアが、真ん中の国の何もかもを、メリー=オルガンを、突き放すことは避けられなかったのだ。


 それでも、冒険家の少女は夢を描き、願いを吐き、たったひとりの友人に手を差し伸べることを止められず。


 ひとりぼっちとひとりぼっちは、最後までふたりには成れなかった。



 ◆



 熱い鉛に撃ち抜かれ、メリーの心臓は破裂してしまった。

 きっとそれは、恋だったのだ。心の臓が張り裂けても構わないほどに、熱い恋をしたのだ。

 陽炎のように現れた魔女は、そう物語る。


 ──ワタシの心は冷たい硝子。涙は一雫すらも許されない。

 メリーが大嘘吐きだというのなら、ワタシは何もかもが偽物よ。

 ねえ、教えて魔法使い。その身を焼き尽くすほどに、メリーは一体何を愛したというの。


 有り余るほどの知識を抱き、悲しいほどに実感を知らず、どこまでも真っ白な作り物。

 魔女は笑う。

 それが嘆きだと、泣き顔の代わりだと、気付いてくれるメリー=オルガンはもういない。


 ──わからないのかい。


 ──メリーはおのれの、人生に恋をしていたんだ。

 お前と過ごした日々そのものを、愛していたんだ。


 嘘吐きメリー。ほら吹きメリー。最果てを語り続けた馬鹿な娘。

 彼女の世界では一番に、幸せだったことだろう。

 永久を白昼夢のように生きる、シトーシアには逆立ちしても分かりやしない。


 ──ああそうさ。お前にはきっとわからないだろうよ。

 可哀想なシトーシア。お前は人に、成れはしない。



 ◆


 ソフィはソフィーネ=ディグには成れなかった。

 人形は嘘を本当に変える事など出来はしなかった。


 一台の自転車が緩やかな坂を降りていく。

 駅まで使っていけ、とコルチが言った。どうせ明日自分が取りにいくからと。

 荷台に軽いリネンを乗せて、刺さるような風を受けながら進んでいく。


 コルチ=ディグは頭のいかれた己を演じることで童話そのものに成ろうとした。

 彼はソフィーネ=ディグが亡くなっている事を知っていた。

 彼はソフィを直視する事を避けていた。

 彼はソフィが紛れ込ませた手紙に気付いていた。

 彼はリネンが人形である事にも、勘付いていたかもしれない。

 彼はあの日オギにすべてを打ち明けていた。

 彼もソフィも皆、嘘だけで出来ていた。


「自分が壊れることぐらい、コルチ=ディグに告げればよかったんだ」


 ぼそりと風に流されてしまいそうな声でオギは呟いた。


「だってそうだろう? 彼は正気だったんだから」


 リネンはオギの腰にしっかりと腕を回したままだ。


「彼が正気だということは、ソフィが"コルチ=ディグの娘"に成りきれていなかったことを示します」


「最上位の命令を全うする事が出来なかったのだと伝えるのは、もうすぐ壊れる人形には酷です」


「ソフィは"娘"を演じ切った。それが、正解です」


 淡々と確信を持ったように言う。

 オギは末期のソフィを助ける気などさらさらなかった。

 コルチに託された、どうしても解体できなかったソフィの"心臓"が鞄の奥で主張する。


「まるでソフィの味方のように言うんだね」

「私は彼女を"娘"として扱うだけです」


 だからこれは、私情だ。


「そうだね、それでいいんだ。だけどさ」


「嘘も秘密も必要なものだけど、寂しいものには変わりないよ」


 コルチはその夜、六年かけた最終巻の原稿に最後の一文を書き加えた。

 その原稿を、ソフィーネ=ディグに間に合わなかったエピローグを、ソフィは読み終えていたのか、コルチは教えてはくれないまま。


 オギはまだ、それを読み終えていない。


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