いざ、敵国へ1
ミッション開始当日。
私は憂鬱な気分と対照的な、どこまでも晴れ渡る空を睨んだ。
「ちょっとあんた、自然現象に八つ当たりするんじゃないわよ」
それを気付いたケイコが呆れたように私の頭をはたく。煩い。痛い。
この空は私を嘲笑っているんだ、たぶん 。
初の顔合わせから今日まで、私たちのチームは授業の一環としてしか集まっていない。
どんな協調性のない人間たちだろう。…ああ、私もその一人か。
授業のときも大雑把な役回りだとかを決めたりしただけで後は読書したりと、それぞれに好きなことをしていた。
私はたいていケイコと一緒にいた。おもには、灮の国の言葉について。翻訳機があるから表面上困る事はない。だが、'もしも'のときに備えてのことだ。まぁ、もしものときなんぞ、起こらない事が一番望ましいが。
あ、そういえば一度ケイコと新しい服を買いに行こうと話していたらアイ・スズキが乗ってきたな。どこのブランドがいいだの、あそこの新作がいいだの言ってたような。もっとも、カイト・ツバキがくるまでだったけど。
アイ・スズキは絶賛カイト・ツバキにアタック中だ。見ていてウザくなってくるほど甘ったるい声とぶりっ子ぶりだ。
だが、凄いのはカイト・ツバキもだ。そのアイ・スズキの行動を完全にスルー。例えば、
カイト:「あ、シャーペン忘れた」
アイ:「カイト、あたしの使ぅ? ぃっぱいもってるか「ルイ」」
ルイ:「んー?」
カイト:「シャーペン一本貸してくれ。忘れた」
ルイ:「おっけ」
アイ:「カイト、この髪型どぉ? 昨日サロン行ったときにやって貰ったんだけど」
カイト:「ルイ、明日の数学の宿題についてなんだが」
ルイ:「ああ、そういえば君あたるね」
アイ:「カイト、実はぁ解らない問題があるのぉ。カイト頭いいでしょ? 教えてくれない?」
カイト:「……」
ルイ:「あ、カイト」
カイト:「遅いぞ」
ルイ:「ごめんごめん」
カイト:「じゃあ行くか」
とくに最後なんてアイ・スズキの前から普通に去って行くし。一瞥もくれなかったし。見えてなかったのかもしれない。残されたアイ・スズキがなんだか可哀想になってきてしまったじゃないか。
しかしそれでも諦めないアイ・スズキも凄いと思う。敬意を示してこれから正規ストーカーとでも呼んでやろうか。
ってあれ?
アイ・スズキはヒロインじゃなかったのか。このままではアイ・スズキはヒロインと王子様との間に立ちふさがる悪役になる気がする。
悪役はサブだ。モブよりはいいが。
……うむ、様子見だ。サブだったら仲良くなれるかもしれない。
え? ケイコ?
彼女はそういうのとは別次元の人間だから。それに情報関係が得意だなんて、モブみたいじゃないか。もっとも事実は違ったが。
「あんた何一人でブツブツ言ってんのよ。気味が悪い」
「失礼な」
「事実を言っただけですからぁー」
ちっ。その口調が忌々しい。一回縫い付けてやる。
「ほら、さっさと行くわよ。列車が出ちゃう」
「ん」
灮までは鉄道が走っている。逆を言えば灮に行くのには鉄道しかない。飛行機の航路をつくるともしものときに危ないと、両国が同じことを考えたためにない。本当にどうやって国交を回復したんだ。こんなに仲が悪いのに。
陸上の交通は時間がかかる。
灮に行くのに、列車で丸二日かかる。飛行機だと十五時間くらいで着くらしいのに。
全く、不便な世の中だ。
そう思いながら目の前にあった大きなスーツケースを貨物車に入れようと持ち上げた。
「あっ、アキ。それは持って乗るから」
…さいで。
ちょっと親切にしてやろうとしたら、すぐこれだ。慣れないことはしないにかぎる。
「あんた、親切はするものじゃないわ」
お前はエスパーかっ!
「どうせあんたの考えてることくらいわかるに決まってるでしょ」
言外に私は単純で馬鹿な女だと言ってないか。
「酷い言い草だな。私のこの複雑で高尚な心理を理解出来ないとは嘆かわしい」
「単純で面倒くさがった心理、の間違いじゃないの」
「煩い」
君は本当に私の友人なのだろうかと、ときどき思うよ。ああ、本当に嘆かわしい。
「ほら、さっさと行くよ。うちら一等車に乗れるんだって」
「なんつー贅沢な。金持ってるよな、学園」
「ラスボスは帝国だからね、そっからでたんじゃないの?」
「なるほど」
そう言いながら二人して、乗り込む。
私は102号室、ケイコは隣の103号室。他の人は、知らない。ああ、そういえばアイ・スズキがカイト・ツバキと隣になれなくてヒステリーを起こしていたような。だんだんアイ・スズキがヒロインから遠ざかっていきつつあるのは私の杞憂か。
「あ、二人ともいたいた」
ルイ・ジンドウの声がした。
「荷物を置いたら一度食堂車まで来てくれないかな」
「何故?」
私は、鍵を鞄からだしながら聞く。
「細々とした全体の打ち合わせをこの二日間の間にやっておこうかと思って。俺ら、仲がいいようにしといたほうが何かと便利そうだし」
その言葉には一理頷けることがあるから、ケイコを見る。
「わかったわ」
ケイコが頷く。それを見たルイ・ジンドウが苦笑した。
「本当に仲がいいよね」
「そちらも本当に仲がいいよね」
ニヤリと笑ってケイコが返す。そちら、というのはどうせカイト・ツバキとルイ・ジンドウのことだろう。
「まぁね」
ふふ、と笑ってルイ・ジンドウは背を向けた。食堂車のほうへと消える影を見送りながらケイコがポツリと一言漏らした。
「マジで食えない人間だわ」
私はケイコのその言葉に深く頷かずにはいられなかった。
とりあえず、あまり関わりたくない。
面倒事は避けるにかぎる。
「さぁ、さっさと行くか」
「あら、自分から言うなんて珍しい」
「いや、眠いだけだ」
「…あ、そう……」
何故そこで残念な子を見るような顔をするっ。
酷いじゃないか。