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特別版保管庫

ステレオメイヤ - corolla and thunderbolt.

いつものように新シリーズの幕開けっぽい作品です。時間軸的には割と閉じてる方に近いんですが、まぁそこはご愛敬ということで。これを『外伝』という位置づけにするならば、一体『本編』では何があったのか? という事を想像して頂ければと思います。

 甘い、実に甘いね。まさに天津甘ぐ――おっと、この喩えはパクリになっちゃうかな。インスパイアなんかじゃない、純粋なパクりでしかない。君が眼光紙背に徹す程字面にオマージュを許さず厳正を期すような並行型作品論者だったりするとこのお話はおろか他の話にも波及して問題になりそうだから、今の直喩は取り下げて話題に突っ込むとしよう。なぁに、多少の胴体着陸はお手の物さ。

 さてさて閑話休題。一体何の話だったかな? あぁ、そうだったね、戦争の話の続きだったね。

 平和への願いというものがあるけど、あんなのは上っ面の嘘っぱちに決まってる。

 戦争が起こる原因って知ってるかい? ――おっとすまない、これじゃ大学の講義みたいだね。もっと小さい規模でもいい、例えば君とその友人の間で喧嘩が起こる原因とは何だい?

 意見の相違。そりゃ0点。

 考え方の違い。あぁ、30点ぐらいかな。

 答えは簡単、『君と友人が他人だから』さ。人間が違うのに意思の統一なんか出来たら、そいつは相当洗脳が上手いんだろうね。

 だから。――だからと言っても君はそうやってむくれるんだろうけど、君が戦うことに理由をいちいち見いだす必要はないんだよ。

 どちらが善で悪かなんて考えてたらキリがないし時間もない。単純な一次方程式にテイラー展開を用いるような回りくどい事をするくらいなら、その間に相手の首根っこを切り落としてやった方が数倍分かり易いと思うけどね?





 時刻は深夜二時。草木も眠る丑三つ時、雨の降る廃墟ビル。まるで巨大な獣が住んでいそうなそこには、月夜に照らされる二人の影があった。

 一人は少女。もう一人は、それを嘲笑うかのように高みで笑う男。

「君の事は、一年前から知ってたよ。二重螺旋(トワイス)二重奏(ヴァイアラス)二律背反(パラドックス)の――桐生明夜」

 男がそう言い放つと同時に、巨大な水の塊が地面で爆ぜた。洪水のようなそれを少女は鉄骨を器用に登りながら回避する。

「私はもうメイヤじゃない。芽依よ」

 一年前。芽依自身が切り離したはずのメイヤをもう一度取り戻した、記念の年。

 でもそれは、殺し殺されというたった二つの言語でしか取引が為されない世界の中で、生き続けなければならないという呪いの証でもあった。

『拒否できない――とは言え、逃げる余地はあった。でもキミはそうしなかった。だからキミはもうメイヤじゃなく、たった一人の桐生芽依って事でいいんじゃないかな』

 例え世界中の人が認めてくれなくとも、『あの人』が認めてさえくれれば、芽依にとってはそれで十分だった。

「去年の人有月(ひとありづき)は結局、一人のせいで全部ダメにされたからね。やり直しとはいかないけど、これは僕個人の、所謂一つの私怨という事でどうだろうか」

 男――鵜総龍一(うそうりゅういち)もまた、人有月とメイヤの名に誘われた殺人鬼なのである。

 そうこうしている内に彼女の目の前のコンクリートが爆ぜ、そこから高圧の水が放たれる。矮小な彼女の躰は、あっという間にビルの外に投げ出される。

「ぐ……ッ!」

 だが彼女は吹き飛ばされながら、頭上の鉄骨にあらかじめ結びつけておいたワイヤーに掴まると、水圧を利用して鉄骨を中心にビルの外へ自分を投げ出すように一回転し、更に高い位置へと上り詰めて見せた。

 桐生芽依は肩で息をしながら、あと数メートル前に見える敵の姿を見据える。その目は、月夜にたゆたう少女の凛としたそれではなく、倒すべき敵を見つけたときの山猫のようなそれに近かった。

「なるほど……君には存在証明(モチーフ)が無いんだね。だからどんな敵であっても最終的には武器破壊方程式(ロジック)を詰めるだけで勝つことが出来る。もし僕がそれを知っていたなら、迷い無くそうしていただろうね」

 存在証明(モチーフ)、それは自分を表現する道具(アイテム)。目の前の男の場合は水がそれだろう、と芽依は推測する。彼女は即座に水に対抗する武器は何かと考え、自分の着ているずぶ濡れのワンピースを見て、電気攻撃は無理だと確認する。

「水は無限で不定形だ。そして人が決して抵抗できない力を持っている。君はそれをどう切り崩す?」

 次の瞬間、彼女の頭上を細い線が通った。すると忽ちの内に鉄骨にヒビが入り、彼女の元へ雪崩れるように砕け始める。

 地面が大きく揺らいだのを見ても尚、男は粗末な椅子から立ち上がることもせず、ただ退屈そうに足を組み替える。

「防戦一方。うむ、それもまた一興か」

「……待ちなさいよ」

 数メートル下方から、芽依は口の中の血を吐き出し、叫んだ。

「勝手に試合終了にしないで。審判はあなたじゃないわ」

「ならば」

 到底水が流れているとは思えない程の轟音が木霊した。一瞬にして集められた数トンの水を、一気に彼女の頭の上にたたき落としたのだった。

「聞こう、メイヤ! 何故貴様が人有月を終わらせたのか! 人有月は世に居る多くの『殺人鬼』の欲求を満たすためのイベント! 貴様が終わらせたそれのおかげで、この国中に死が集まることになるのだぞ!」

 二発目の鉄砲水を避けながら、彼女は酸素の足りない頭で思考する。

「そうね。少なくともその事については悪いかもしれない。でも――この負の連鎖を請け負うのがこの街だけというのなら、全ての殺人はこの町に帰結していなければならないの」

 現実はそうではない。実際、毎日様々な場所で事件は起きている。

「それがこの街が完璧ではない証拠。つまり、人有月が在ってもなくても、総合的な数は変わらないのだから、継続する意味はないわね」

「詭弁だな」

「事実に基づいた推論よ」

 その瞬間、男の頭上に鈍色の鉄芯が突き刺さった。彼が達観してそう言うのを、まるで見計らっているかのようなタイミングに、ようやく男の顔に焦りが生まれる。

「(ど、何処に――!?)」

 もう一度彼女のいるところに水を――と思って視線を元に戻すと、そこにあるのはコンクリートの残骸だけだった。

「ようやく見せてくれましたね、その顔」

 彼女は、鵜総の真下の位置で壁により掛かりながら、笑みを浮かべつつそう言った。

「(下――)」

 彼が下を向いた途端、地面が先ほど彼女を水で襲ったときのように、盛り上がって爆ぜた。彼は身体ごと吹き飛ばされ、その廃墟ビルよりも高く打ち上げられた。

破壊打数(ブレイクカウント)って知ってる? 材質に応じて拳を叩きつける強さ、一平方メートル辺り毎秒何発か、腕のどの部分を用いるかの組み合わせで、およそ4100種類の物質を壊すことが出来るのよ」

 彼女は腕に巻いたグローブ状のモノを外しながら、事も無げに言う。

「だから――だからというのはきっと貴方にとっては残酷な事だけど――、私の所には二度と現れないで」

 彼が落下してきたときの衝撃は、上階のコンクリートに開いた大穴をより大きく広げた。鵜総は倒れながらも、憎々しげな表情をしながら芽依の事を睨め付けた。

「ふざけるな! 人有月に出向いておきながら、生きたまま帰れるはずがない! メイヤ、お前は何処まで他者を愚弄すれば気が済――」

 拳銃の乾いた発砲音が、鵜総の言葉をかき消した。

「何度でも繰り返せる人生を、そうやってしきたりとか家庭の事情とかで簡単に打ち消さないで。貴方の人生は誰に縛られるでもなく貴方の人生、どうして他者に縛られる必要があって?」

 つーっ、と呆けたような表情をしている彼の左頬から血が伝った。それを見、芽依は持っていた銃をその場に置いた。

「一応、弾は一発残してあるわ。それで自殺するもよし、しきたりを潰しに行くもよし。どちらも貴方の人生なんだから」

 そう言って彼女は踵を返し、粗末な螺旋階段へ向かって歩いて行こうとする。

「――だったら、ここでお前を殺すという選択もまた、僕の人生という事でいいのかな」

 弾のリロード音。背後には、拳銃を持って立つ鵜総の姿。しかし、芽依は振り返ること無く、ただ一言だけ述べた。

「愚かね」

 その瞬間、ビル内に閃光が炸裂した。

 落雷。

 それはまるで何者かが彼の行為を戒めるかのように、一瞬で彼を消し炭にした。そしてその場には、何故か無傷の彼女だけが残されたのであった。

 その光景に、彼女は一瞬だけ驚いた表情をしていたが、すぐに何事もなかったかのように装う。

 亡骸を見ていると何故か彼女も涙が出そうになったので、彼女はそそくさとその場を後にした。だが、そのビルを下りたところに、傘を差した男が一人で立っていた。

「……積幌(つみほろ)さん」

 長身に喪服のような黒い上下は、闇に溶け込むのにピッタリだった。男の名は積幌丹範(つみほろにはん)、彼女を導いてくれた殺人鬼であった。

 彼は黙って、彼女にピンク色のビニール傘を手渡そうとする。

「……もういいわ。ずぶ濡れだし、今更傘を差したって」

 すると男は傘を更に前に、無理矢理にでも取れとばかりに差し出した。

「そんな、男みたいな事を言わない。男みたいなレディは嫌われるよ」

「そういう趣味の人も何処かに居るわよ」

 言いながら傘を差す彼女を見、彼は満面の笑みを浮かべる。それは狂気に満ちた能面のようなそれではなく、れっきとした衷心からの笑顔。

「何よ、気持ち悪い」

「別に。じゃあ、またね」

 またね、と言いながら。彼女は彼とまた会えるかどうかという事に不安を覚える。ピンク色の傘は、そんな彼女の顔を隠すのに非常にピッタリだったのだ。

 脅威の二重殺意、ステレオメイヤ。一部の人は彼女の事をそう呼ぶ。様々な事態が重なったが故の因果だけに、彼女は誰を責めることも出来なかった。

 だから、彼女は前に進むことを決意した。ただし積極的な殺人をよしとせず、何かを守るための戦いならば全力で相手をするという制約を持ちながら。

 これはそんな彼女の、ある日の話。

一生語る事もないと思うのでここで言ってしまいますが「花冠と雷」という英語サブタイの意味は彼女の見た目の華々しさを花冠に、その中に見え隠れする本性である攻撃性を雷に、といった感じで対比的に喩えています。同時に『草冠に雷』で『蕾』として、彼女自身がまだ成長途中であるという暗示も込められています。彼女の攻撃方法が不定なのはそういう理由からでもあります。

といったところで、2012年もよろしくお願いします。

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