「着の身着のまま追放」されたので、国家機能ごと隣国へ移籍します
「ルチア・フォン・グランヴェル! 貴様のように冷酷で嫉妬深い女との婚約など、今この場をもって破棄する!」
王立学院の卒業パーティの真っ只中。豪華絢爛な大広間に、第三王子セドリックの大声が響き渡った。
周囲の貴族たちが息をのむ中、私――ルチアは静かに首をかしげた。セドリック王子の傍らには、可憐な桃色の髪を揺らし、保護欲をそそる瞳でこちらを怯えたように見つめる男爵令嬢ミアが寄り添っている。
「私の……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか、セドリック殿下」
「シラを切るつもりか! 貴様はミアに対し、教科書を切り刻む、階段から突き落とそうとするなど、陰湿な嫌がらせを繰り返してきた! 挙げ句の果てには毒殺まで企てたそうだな!」
「まあ」
思わず声が出た。どれもこれも、三流の芝居でももう少しマシな策を練るだろうというレベルの冤罪である。そもそも、私がそんな下品な真似をする暇などあるはずがない。
「私には、そんな身に覚えはございません」
「黙れ! ミアの涙が何よりの証拠だ! 真実の愛に目覚めた私とミアの仲を裂こうとした醜い嫉妬心……実に浅ましい!」
セドリック殿下は誇らしげに胸を張り、ミアの腰を抱き寄せた。ミアは「私、恐ろしいですわ……」と可憐に震えて見せる。ギャラリーの若手貴族たちも「やはり公爵令嬢は悪女だったのか」「第三王子殿下、お見事です!」と盛り上がっている。
……ダメだわ。完全に自分の世界に入り込んでいる。
「ルチア! 罪を認めぬ愚か者め。貴様のような危険な女を我が国に置いておくわけにはいかん。貴様をグランヴェル公爵家から廃嫡とし、今すぐこの国から『追放』する!」
「追放、でございますか」
「そうだ! 着の身着のまま、二度とこの国の土を踏むな!」
高らかに宣言するセドリック殿下。しかし、彼は決定的な不都合を理解していない。
この国の財務、および内政の半分以上を実質的に回していたのは、公爵家――ひいては、幼少期から「王妃教育」の一環として殿下の代理で書類仕事のすべてを処理していた、私ルチアだということを。
「……承知いたしました。殿下がそこまでおっしゃるのなら、謹んでお受けいたします」
私は深く優雅に一礼した。
「おい、ルチア、反省の弁はないのか!?」
「いいえ。殿下のお望み通り、今すぐに出てまいります。……なお、私が管理しておりました王室の帳簿、および国境付近の魔導結界の維持権限、各国の商業ギルドとの契約書類は、すべて『私個人の魔力と信用』に紐づいておりますので、このまま持ち帰らせていただきますね」
「は? 何を言っている……? そんな強がりなど通用せんぞ!」
馬鹿にしたように笑う殿下を背に、私は迷うことなくパーティ会場を後にした。
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それからわずか、三ヶ月後。
私は隣国の魔法薬学研究所で、特級研究員として穏やかで充実した日々を送っていた。私の魔力と知識は隣国で大いに歓迎され、美味しい紅茶とフワフワのベッド、そして適正な給与が与えられていた。
一方、私の元祖国はというと――悲惨の一途をたどっていた。
「ルチア様! 大変です、またあの方々が敷地外で叫んでおります……!」
侍女が呆れ顔で報告に来る。窓から外を見下ろすと、研究所の門前で、ボロボロの服を着たセドリック殿下とミアが衛兵に取り押さえられていた。
「ルチア! ルチア、頼むから出てきてくれ!!」
かつての威厳はどこへやら、セドリック殿下の顔は痩せこけ、目の下には酷いクマができている。
私が追放された翌日から、王国は大混乱に陥ったらしい。
まず、私が力で維持していた国境の魔導結界が消滅し、魔獣が大量発生。
さらに、私がすべて処理していた複雑な国家予算の計算を誰も引き継げず、財政は破綻寸前。
商業ギルドからは「ルチア様がいないのなら契約破棄だ」と一斉に取引を打ち切られ、物資が完全にストップした。
国王陛下は大激怒し、セドリック殿下の王位継承権を剥奪。男爵令嬢ミアとの結婚を強制的に認めさせた上で、二人に「ルチアを連れ戻して謝罪し、問題を解決してこい」と追放同然で放り出したのだという。
私は溜め息をつき、羽織りを整えて門前へと向かった。
「何の用でしょうか、セドリック様。……あ、もう殿下ではありませんでしたわね」
「ルチア……! 頼む、国へ戻ってきてくれ! 私が悪かった! あの真実の愛とかいうのは間違いだったんだ! ミアの冤罪工作にも気づけなかった私の不徳だ!」
「ちょっとセドリック様!? ひどいですわ、あんなに『僕の天使』って言ってくださったのに!」
「うるさいこの悪女め! お前のせいで私は全てを失ったんだぞ! 嘘の嫌がらせを吹聴してルチアを追い落とそうとしおって!」
「なんですって!? 元はと言えば、ルチア様の優秀さに嫉妬して『あんな女捨てて私を選んでよ』って乗っかってきたのはあなたでしょう!?」
門の前で、見苦しく醜いなすりつけ合いを始める二人。周囲の野次馬からは嘲笑が漏れている。
「お二人とも、お静かに」
私が冷ややかに声をかけると、二人はピタリと動きを止めた。
「セドリック様。私は『着の身着のまま、二度とこの国の土を踏むな』というあなたのお言葉を、誠実に遵守しているだけに過ぎません。国家の崩壊は、優秀な文官(私)を排斥し、無能な采配を振るったあなたの自己責任です」
「そ、そんな……! やり直そう、ルチア! 君が戻ってくれれば、私はやり直せるんだ!」
「お断りいたします。私、今の生活がとても気に入っておりますの。それに――」
私はクスッと微笑んだ。
「今の私の雇い主であり、婚約者である隣国の第一王子殿下が、とても過保護でしてね。私を泥沼に戻すような真似をしたら、あなたの国を文字通り『滅ぼす』とおっしゃっていますのよ?」
「「え……?」」
タイミングよく、私の背後から背の高い美しい青年――隣国の第一王子アルフレッド様が現れ、優しく私の腰に手を回した。
「その通りだ。私の大切な婚約者をこれ以上不快にさせるなら、貴国への経済支援を完全に打ち切り、武力制圧も辞さないが……どうする?」
冷徹な眼光で見下ろされ、セドリック様とミアは顔を真っ青にしてガタガタと震え出した。
「さあ、警備員さん。不審者ですので、あちらの国へ送り返してくださいな」
「ひっ……ひぃぃぃっ! ルチア、許してくれぇぇぇ!」
「いやぁぁぁ! こんな貧乏生活もう嫌ぁぁぁ!」
見苦しい悲鳴を上げながら連れて行かれる二人を背に、私はアルフレッド様と顔を見合わせ、満足そうに微笑んだ。
「さて、アルフレッド様。今日のティータイムは、新しい実習室で淹れたての紅茶をいただきましょうか」
「いいね、ルチア。君の淹れてくれるお茶が一番好きだよ」
去りゆく愚か者たちの声を風が吹き消し、私の新しい物語は、穏やかで幸福な光に包まれていた。




