現実の所在
目覚めるたび、現実が一つ減っていく。
田所共作が都会に出てから、十年が経っていた。
派遣の契約社員として、指示された場所へ行っては携帯電話の契約を結ぶ日々。同じ店舗にひと月と留まることはなく、顔見知りの同僚さえ記憶に残らない。
薄給は家賃と食費に溶け、故郷へ帰る切符を買う余裕などいつまでも生まれなかった。友人など、初めからいなかった。ただ一つ、救いがあった――夢だ。
夢の中の共作には、妻がいた。幼い息子がいた。母とともに故郷の畑でサツマイモを育て、土の匂いに包まれて暮らしていた。
笑い声が絶えず、夕陽が山の稜線を赤く染めるたび、胸の奥が熱くなった。あれが本当の人生だったら、と何度も思った。
目覚めれば、狭いアパートの天井。生活のためだけの、色のない一日が始まる。
そんなある日、故郷の母から書留が届いた。中には現金と、短い手紙が入っていた。
「これで切符を買って、帰っておいで。待ってるよ。」
共作はすぐに荷物をまとめた。十年ぶりの帰省。母の顔を見るだけ、それだけでいい――
…目が覚めると、そこは白い天井の部屋だった。
消毒液の匂い。心電図モニターの電子音。看護師たちの慌ただしい足音。そして、泣きながら駆け寄ってくる母の顔。
「共作…!五年も、五年も眠ったままだったのよ!」
トラクターが溝に落ち、倒れた車体に潰された。奇跡的に一命は取り留めたが、意識は失われ、五年の歳月が流れていたという。
妻も、十歳になった息子も、すべて夢ではなかった。彼らはずっと、病院の傍らで待っていた。共作はゆっくりと家族と語らった。
夢の中で何度も見た顔が、そこに確かにあった。息子の成長した姿に、胸が締めつけられた。現実が、ようやく夢に追いついたのだ。
それから三年が、穏やかに過ぎた。ある晴れた午後、郵便局員が一通の封筒を届けた。
差出人は、共作が昏睡中に「夢」で働いていた派遣会社の名前だった。都会など一度も出たことのない彼にとって、まったく縁もゆかりもない企業だ。
封筒を手に、共作は凍りついた。指が震える。封を切れば、何が起こるのか。夢の中で十年生きた都会の生活は、昏睡中に脳が紡ぎ出した幻だったのか。
それとも――今、この瞬間、自分が家族と暮らすこの故郷の生活こそが、五年間の昏睡からさらに続いている長い夢で、
封筒を開けた途端に目が覚め、再びあの白い天井の下に戻ってしまうのではないか。
あるいは、十年都会で生き、母の書留を受け取ったあの日からすでに、すべてが夢の続きで、トラクター事故など最初からなかったのではないか。
共作は封筒を握りしめたまま、窓の外を見つめた。
サツマイモの畑が、穏やかな陽光に輝いている。妻が笑い、息子が駆け回る声が聞こえる。
しかしそのすべてが、薄い膜一枚向こう側で揺らめいているように感じられた。
封を開けるか。開けないか。どちらを選んでも、自分はもう二度と「本当の現実」に戻れないのかもしれない。
共作はゆっくりと封筒の端に指をかけ、わずかに裂いた。
その瞬間、遠くで――とても遠くで――心電図モニターの警告音が、かすかに聞こえた気がした。
白い天井が、ほんの少しだけ、揺れた。
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