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ドアマットと現実とカルネアデスの板

作者: くりゅ~ぐ
掲載日:2026/09/10


今日から学園か……。


制服も新品。持ち物も新品。身嗜みも問題ない。


お母様は制服姿の私を見て何と言うのだろう? おっと、仰(おっしゃ)ると言わなければ。


どうもこの辺りが抜けないな。でも心の声として留めておく分には問題ない。

とにかくだ、何やかんやあったけど終わりよければそれで良し。二度目の学校生活を楽しもう。


それにしてもまさか転生しちゃうとはなぁ。前世で読んで、観て、設定をほぼ覚えていた物語に転生するだなんて、もしこれが物語ならベタもベタ、ベッタベタな設定の物語だよ。


とは言えこの世界は確かに物語の中の世界かも知れないけど、現実。紛れもないリアルな世界。

だからこそ物語とは違う事もある。例えば私は本来ならドアマットヒロイン。よくある設定のベッタベタな可哀想なヒロインだった。本来ならだけど。でも妹とは思いたく無いし、口にするのすら嫌だから義妹で良い。


母が死に、後妻として我が家に入り込んで来た女とその子供。そして始まる私の不幸な生活。

更に義妹と呼ばれたアレは、私より二ヶ月だけ遅く生まれただけの同い年の一応血の繋がった妹。実際血の繋がりは半分だけだけどあるから、義妹と言うのは正確では無いんだけど。


そう、本来ならあの物語ではだけど私は……。

物語の中では正に正統派ドアマットヒロイン。言い方はおかしいけど、ザ! ドアマット。ドアマットの中のドアマットと言われる程に不幸で可哀想な生活になるはずだった。


使用人扱い、それも最下層の使用人扱いで、婚約者も妹を名乗るアレに奪われ、落ちる所まで落とされる正統派ドアマットヒロイン。

そしてスパダリに助けられ、報われるヒロイン。そんなベッタベタな、今時そんなヒロインいないよね? そんな良くあるお話。粗製乱造された小説の無料投稿サイトにある、粗製乱造以外の言葉が見当たらない様な物語なのに、何故か人気が出て書籍化された上にアニメ化までされた物語。

運が良かったと言うのもあるけど、あまりにも正統派ドアマットヒロイン過ぎる物語で逆に人気が出た作品。そんなのの中に転生ってそれもある意味ベタ過ぎるけど、まさか自分がそのベタに巻き込まれるとは……。しかもその物語に転生って、前世の行いが悪かったのだろうか?


多分……。妹の買って来たケーキとかを盗み食いしてたバチが当たったのかも知れない……。


前世では三人姉妹の長女だったけど、姉妹の真ん中の妹。次女、下の妹の買って来たケーキを盗み食い……。いや……。貪(むさぼ)る様に盗み食っちゃってたバチが当たったのかも知れないと、転生した時は思ったよ……。

私と一番下の妹、私と三女の二人で勝手に食べちゃってたからなぁ。そのバチが当たったのかも、そう思ったよ……。


何時間も並んで買ったフルーツたっぷりのロールケーキとか、ガトーショコラ。妹が楽しみにしていたタルトタタンとか……。マジギレしてたもんな……。まぁ当たり前だよね。何時間も並んで買った、楽しみにしていた物を盗み食いされたらそりゃブチギレるよ。しかも一本とか、ホール丸々だもん。あれは誰がどう見ても私と末の妹が悪い。うん、本当に悪い事をした。だから口(・)撃(・)されても仕方ないし、精神口(・)撃(・)されても仕方ない。あの子の口(・)撃(・)力(・)はえげつなかったな……。あの時はまさかこの歳でこんなに泣かされるとは思わなかったよ。私達が百パー悪いし自業自得だから仕方ないんだけど。


ドアマットヒロイン。言葉にするのは簡単だけど、実際自分がその立場になるとハイそうですねと済ませられない。そりゃそうだ、誰だってそんな立場になりたいなんて思わない。私はその気(け)がある訳じゃないし、Mっ気は全く無いんだから。


ならどうする? 強制力。物語の強制力があるかも。だから何もしない? 冗談じゃない! そうなるのが分かっているなら対処対応するに決まっている。子供じゃないんだからそうならない様に立ち回るに決まっている。そうしない方がおかしいよ。

一応これでも社会人を経験してるし、前世では一応はそれなりに社会経験を積んでいたのに何もせず、流されるまま物語のストーリーに身を任せる? そんなおバカな事する訳はない。抗うに決まっている。


血縁上の父を名乗るア(・)レ(・)。父と呼ぶのも嫌なアレ。貴族風に言うならば、口の端に乗せるのも嫌なアレがお母様を女神様の元へ送ったのは分かっている。そしてそのアホなアレの愛人も加担したのも分かっている。ならどうする? そこまで分かっていて何もしないなんて罪以外の何物でもない。


我が伯爵家に、入婿で我が家の端に連なっている癖に愛人を持ち、ましてや私と同い年の娘まで設(・)け(・)る(・)何て我が家を舐めている。

挙げ句後妻として平民の愛人を我が家に連れて来て、正当なる後継者である私をあんな目に遇わせる? あんなドアマット以外何物でも無い境遇に置く? この伯爵家の血を引く唯一の私を、総領娘の私をあんな目に? ふざけている。舐められた物よね我が家も。

たかが男爵家の三男ごときが幸運にも伯爵家の入婿になれたからと言って勘違いも甚(はなは)だしい。しかも伯爵家の当主であるお母様を弑(しい)すだなんて万死に値する。

例えこの世界の神でもある女神様が許しても私が許さない。


この世界は物語の世界でもあるけど、現実でもある。

そして物語と違う事もあり、それは様々な決まり事も違う。

貴族の婚姻は王たる陛下の許可が要るけど、側室を設ける場合も陛下の許可が要る。


日本でも江戸時代は、大名の婚姻は将軍の許可が要ったけど、理由としては、婚姻による繋がりを監視し把握する為だったって前世の妹が言っていた。反乱だとか、婚姻による閨閥だとか門閥化の監視とか防ぐ為にもだし、王家は見ているぞって言うのを知らしめる為だって、妹はそう言っていた。


あの子は本当にその辺りは凄かった。同じ血を引く姉妹なのに、私や一番下の妹とはその辺りはあんまり似ていなかったな。

でもお陰で私もその辺りの事を色々と理解出来る様になったけど、本当に妹のお陰だよ。ケーキとか盗み食いして本当にごめん……。もう直接謝る事は出来ないけど……。


妹よ、色々とその辺りの事を教わって本当に本当に、本当~に助かっているよ。だからこそ父を名乗るあのアレがおかしい事が良く分かったのだから。

つまりアレが後妻として連れて来てた、アレのアレ(後妻)と義妹を名乗るアレって違法後妻と違法義妹なんだよね。もしくはモグリ後妻とモグリ義妹? 多分物語だからそんな事がまかり通っていたけど、現実ではアレがやったとしたら違法だし、モグリでしかない。

現実と物語は違う。アレは物語だから出来た事で、現実であるこの世界でもしやったとしてもまかり通る事は無い。


婚姻とか側室関係に陛下の許可が要るのは、貴族の力が婚姻で増さない様にってのもあるけど、この世界でも昔、後妻関係で色々あったからだし、入婿による御家の乗っ取りが問題になったからだと聞いた。そうだよね、婚家による入婿、もしくは入婿の実家による、相手の御家の乗っ取り何て許してたら、貴族家における力関係があっと言う間に変わる事になる。パワーバランスが崩れまくっちゃうよ。そうなれば国が荒れる原因にもなるし、王家の介入も仕方ないし、当たり前だと言える。

それこそ物語ではその辺りははしょられてただけかも知れないけど、現実ではそんなの当たり前の事。


そして私が物語でドアマットになってたって、それは物語上必要な事でもあり、現実でそんな事になったら、我が家の寄子や一門の家が黙っていない。それどころか、入婿の実家がそれ以上に黙っている何て事も無い。

何故なら分かっていて黙って見過ごすなんて、相手の家の乗っ取りだって言われても仕方ない事だから。

それこそ本当に知らなかったとしたら、その家は情報収集すらまともに出来ない愚かな家だって、そう見られる事になっても反論出来ない位にその家や一門の恥になる。


と、言っても何の強制力か、父を自称する愚かなアレはこの世界でもやらかしてたし、アレの実家も把握していなかったけど……。


お母様は分かっていて泳がせていたけど、物語ではそれで足元を掬われて、女神様の元へ旅立ってしまった。泳がせるのは良い。だけど足元を掬われてしまって、あんな事になったのはお母様の失敗でもある。

一応お母様を擁護するけど、今世のお母様は無能では無い。どちらかと言うと有能寄りではある。だけどほんの少しの油断と些細と言える失敗、そして爪先程の慢心で女神様の元へ旅立ってしまった。本当に貴族社会とは恐ろしい所である。陰謀渦巻く世界だとまざまざと思い知らされる。ほんの少し気を抜いてしまったが故に、物語では私を残し旅立たれてしまったのだから。


私は前世でそこまでしっかりした人間では無かった。いい歳をした、いい大人であったにもかかわらず、幼稚で考えの甘い上、考えなしの行動をするダメダメ女だった。自分で言うのも本当に情けない限りだけど、それが私と言う人間の現実だし認めたく無いけど、でも紛れもない事実だ。そして流石に私みたいなダメダメ女ではあるが、認めなくてはならない事実であり、現実。

私は本当に本当に自分で言うのも情けない以外の何物でもないけど、本~当に前世の私はダメダメな幼稚で甘々な人間だった。だけど転生し、この世界に生き、この世界の理(ことわり)とも言うべきある種の鉄則、それを身に付けた。ならやるべき事は分かっているし、決まっている。


やられる前にやれだ。


前世の日本の倫理観(りんりかん)や善性、社会常識に照らし合わせると、いけない事なのだろう。私だって一応は善人が多いと言われていた日本で育ち、善き人であるべきだって教育されて来た。いやまぁ下の妹のケーキを貪るかの様に盗み食いしていた私が言っても説得力は全く無いんだけど……。

とりあえずそれは一旦置いておう、うん。

まぁ何だ、それでも前世ではそれなりに生きて来たし、社会に出て働いてもいた。当然女同士のあれこれだって経験してきたし、人の負の部分だって見て、経験もした。私がやろうとしている事は、良いか悪いかで言えば悪い事なのだろう。でもお母様を害し、私をドアマットの如く扱い、果ては私もお母様と同じく、女神様の元へと旅立たせ様とする相手に容赦する程に頭の中にお花畑は咲き誇ってはいない。

そうなんだよね。アレとその後妻とその娘、いや、愛人の娘と言おう、アレら……、私やお母様を完全に害す気満々だったみたいなんだよね。


やられる前にやれの精神で、父を名乗るアレをこの世界では無い所へと、お空に強制旅行へと招待した後、アレの愛人と娘も同じく旅出させ様か正直迷っていた。

でもアレと愛人とその娘の事を色々調べている内に、アレの娘って転生者って分かっちゃったんだよね……。

しかも物語と同じく、私やお母様を害する気マンマンだったみたいだし……。物語の流れをある程度なぞり、その上で上手い事やり抜けようとするみたいな発言までしてくれちゃってたんだよね。

ざまぁ返し? それともざまぁざまぁ返し? とにかく上手事やって、利を得ようとしてるんだもんなぁ……。多分自分なら上手くやれるってそう思ったんだろうけど、甘いよ。発言とか行動が幼稚と言うか、人生経験が薄いと言うか、薄っぺら~いのが丸分かりなんだよね。発言の内容から、多分前世では中学生か、もしくは高校生位で転生したんだろうけど、脇が甘いし、自分自身の見せ方見られ方だとかもそうだけど、自分自身に対する危機感や危険に対する考えだとか考慮しないって、それがどれだけ危ない事か分かっていない。


自分がやってもやられる事は無い。多分そう思ってたんだろうな。

自分がそう考えるなら、相手もそう考える。自分が出来るのなら、それなら相手もそう考えられるし出来るって事に、そう思い至れ無い時点で人生経験の少なさが分かったよ。


欲望に忠実なのは別に良い。悪意を持って接して来るだとかもそうだけど、残念ながら人間なんて所詮は多かれ少なかれそんな物だから。でもね、相手がそれに対して黙って何も言わないだとか、ハイそうですねって黙って受け入れなきゃならない何て事は無いんだよ。

自分が思った通りに事を進めるって、簡単では無いんだし、そう都合良く物事は運ばない。

ましてや命に関わる事、自分自身や自分の大切な人に関わる事であるなら黙っている訳は無いし、そんなバカな事を受け入れるはずが無い。

それなのに甘い考えが都合良く、自分の思った通りに進むって、経験の少なさ故の事なんだろうけど。


しかも日本語で呟いたり、行動が何と言うか、うーん……。隠す気あるのって思わずつっこんだよ。心の中でだけどね。


何が『私は将来王子様と結婚するの』よ。

そんなシナリオは無かったでしよ。


しかも逆ハーだとか、転生だとか何やかんやを、日本語で呟くって危機感ゼロなの? 日本語なら分からないと思ってたんだろうけど、当然私は密かに人をアンタに付けてたんだけど、一切気付いていなかったね。

だからこそアンタの発言だとかを私は把握していたし、どんな人間かを知っていた。

まぁ日本語で無くとも、普通に痛い発言だとか行動をしてたから、だから密かに探らせるまでも無かったんだけど。

ねえ。何と言うか……。余りにも危機感無さすぎでしょ。


確かに私やお母様を害する件に関しては、日本語で呟いてたりしてたけど。確かに日本語で紙に書いてやる事を纏めてたけど、自分が見張られてるって考えなかったの?

アンタがやろうとしてる事、そしてそれをやろうって相手は貴族なんだよ。普通に人を忍び込ませて探らせてたし、全部把握されてるって1ミリも思わなかったのが不思議で仕方ない。


私に取って代わる? どうぞご自由に。但し美味しいとこ取りしたいが為に、私やお母様を害するのなら話は別。


本当、アレとアレの愛人とその娘は色々と足り無さ過ぎる。

特にアンタだよ。転生したからそれだけで勝ち組? しかも転生先の知識もあるからって無敵にでもなったつもりなの? 自分転生したなら他に転生者が居るって、何で思い至らないんだろう? 正直やられる前にやれ、そう思いはしたものの、少しだけだけど迷っていた気持ちが一切無くなったよ。


正当防衛、緊急避難。前世ではそんな言葉や概念、そして法律があったけど、アレらに対する件に関してふと思い出した事がある。


カルネアデスの板。


前世で下の妹に聞いた言葉だ。


私達が悪いのは分かってはいたけど、ケーキを貪り、盗み食いしたのは私達だけど、それでも次女であるあの子の口(・)撃(・)や精神口(・)撃(・)にヒドイよって言った時に言われた言葉だ。

正確には最初は自業自得、正当防衛だって言われたけど、二度とこんな事をされない様に緊急避難的にしたと、そう言われた。

正確には意味が少し違うけどとも言われ、知らないなら調べたら? と、そう言われ調べた言葉。


船が難破し、自分が助かる為に板にしがみついている人を害してでもその板を奪い取る、そんな話だ。

それが正しいかどうかって事何だけど、実際似た様な状況であるなら是か非か、そして調べる内に状況は多少違うけど、裁判により是だと認められ無罪となった判例も多く、成る程と思った記憶がある。


アレとその愛人とその娘が私とお母様に対してやろうとしてた事、それ等を考えていた時に思い出した。

もし妹ならどうしていただろうか? もしあの妹が私の立場や状況になったら、もしそうなら?

多分あの子は躊躇わない。基本的に優しく思い遣りのある子ではあったけど、そんな悪意に晒され、ましてや命に関わるのであれば、そうであるならあの子は躊躇い無くやるだろう。


あんなダメダメな私や一番下の妹、そして父や母が今の私の状況であるなら、命に関わるのであれば、あの子は私達を守る為ならあの子は躊躇い無くやるし、やってくれるだろう。


お母様を害す? 私を害す? 私やお母様を女神様の元へ旅立たさせる? 何故? 自分の、自分達の欲望の為? ふざけるな! 私は何を躊躇っていた? 綺麗事を言いたいだけ? 自分の手を汚したくない? 前世の倫理観に引っ張られていた?


私は前世の母が好きだ。とても大事だ。

私は今世のお母様が好きだ。とても大事だ。


私は前世の家族が好きだ。父、母、下の妹、一番下の妹。とてもとても大事だ。

私は今世の家族が、お母様と私の二人きりだけど、たった二人きりの家族だけど、今世の家族が好きだ。とてもとても大事だ。


その私の大好きな家族に手を出そうとしている。私は自分の意志で、自らの手を汚してでも守る。私が、家族を守る。


躊躇いが消えた。微かに残っていた善性と言う名の躊躇いが完全に消えた。


何で遺伝学上の父を名乗るアレと、アレの愛人とその娘に良い様にしてやられなければならない? ここは現実で物語の世界じゃ無い。


脳にお花畑が咲き誇っている狂人に、良い様にしてやられる義理も無ければ義務も無い。

この世界は身分制度のある世界で、日本の様な平等を掲げる世界じゃない。貴族を侮る事がどんな結果になるか思い知らせてやろう。


そう思っていた。覚悟も決めた。


とは言え、アレの実家である男爵家には、一応は話を通しておかなければならない。

と言う事で、私のアレ方の祖父母や跡取りでもある長男の叔父達を呼び出した。アレは愛人の所に入り浸っており、当然実家の者が我が家に来ている事を、話し合いを含めその話は知らないし、知ろうともしない。


お母様にはアレとアレ等。最愛と言う名の、そして真実の愛らしい考え無しのお花畑達が何を考え、私達に何をしようとしているかの話はしてある。我が家の当主でもあり、当事者でもあるお母様に話を通しておくのは当たり前の事。根回しは大事だからね。


お母様は私の話を黙って聞いてくれた。だけど今まで見た事が無い様なすっごく良い笑顔だったけど、目の奥は一切笑っていなかったのを思い出す。正直ちょっと怖かった……。


そしてお母様は『そう言えるに足る裏付けはあるのかしら?』と、そう言っていたが、証拠ですね、あります、当然あります。と言うか、私がアレ等を調べるのに予算が必要だから、理由を言わずにおねだりしたから分かってますよね? お母様は私に只々甘いだけで無く、愛のある厳しさもあるから、何も言わずお金を出してくれたけど、何に使うかは調べてたはずだから分かってるのに聞いたのは、情報の裏付けと、私が正直に言うか確認? 再確認したかったのだと思う。


私がお母様に証拠、調べさせた報告書を見ると、笑顔がますます深くなったけど、獲物を狙う捕食者の頂点に立つ者の様に見えたのは気のせいでは無いだろう。


とまぁそんなこんなで男爵家御一行は、我が家へと密かに来た訳だけど、お母様は華麗で素敵なジョークを披露なさった。


『毒など入っておりませんからどうぞ』と、獲物を狙う者、捕食者の頂点の如き笑顔と気高さで仰(おっしゃ)った。

何故か男爵家御一行は笑顔が引きつっていたが、タチの悪いジョークとでも思ったのだろうか? うん、あんな素敵な笑顔付きだからそう思ったのかな? 大丈夫、まだ取って食われる訳じゃ無いから。多分。


だけどお母様が呟かれた一言で場が凍りつく事となる。


そんな小粋なジョークで場を和ませたお母様であるが、先にお茶に口を付けられた。それ自体は何も可笑しくは無い。招待した者が先に口をつけるのは、毒などが入っていないとのアピールなのだから。

だけどお母様が『ま(・)だ(・)毒は入っていないわね……』と。

そして『実家ごと、私を始末するつもりはアレには無いのね』との呟きを聞くまでの事だった。


男爵家御一行の皆さんはギョッとし、な、何をなんて言っていたけど、まさかお母様の小粋なジョークだとでも思ったのだろうか?


とりあえず男爵家御一行の方は放置し、お母様は私に何故今日この様な素敵で、小粋な秘密のお茶会が行われる事となったかの説明を私にする様にと促された。


お母様は私の当主教育の一環として、このプレゼンを私に任(・)せ(・)る(・)と、前以て聞いていたので準備も心構えもバッチリである。


私の話を聞いて、証拠も提示し、アレがどの様な事を思い、やらかそうとしてるかを聞いた男爵家御一行はフリーズしてしまった。

言い逃れの出来ない程、証拠も証言もあり、男爵家御一行は今度は頭を抱えた。何より驚いたのはアレの実家に居たメイド、と言ってもアレがばあやと言って信頼していた者がアレの愛人屋敷で働いていた件で、そのばあやが愛人やその娘の世話をしていた点だ。ねえ。我が家の金で雇って、世話させてたって良い度胸してるよねアレも。


年だから男爵家からお暇を貰い、娘夫婦の所に行くって言ってたのに、それなのにまさかそんな事になってる何て知らなかったんだもんね。それ以前の問題として、男爵家の情報収集能力はどうなってるの? ザル過ぎるでしょう。


とは言えそんな事を言っても今更だし、そんな事より今が大事。ならこれからどうするかを話し合う方が建設的。そして現実問題として、アレの事をどうするか伝えなければならない。

この場は話し合いの場では無く、決定事項を伝える場。そして一応アレの実家である男爵家に話し合いと言う名の我が家の通達をする場。一応礼儀として話し合いの体裁をしただけのアピールでしかないのだから。

そっちに気ぃ使ったんだから良いよね? と言うだけの場であり、決定事項は覆らないし、覆えらせない。


アレが女神様の元への強制旅行は決定事項。

反対するなら、邪魔するなら男爵家も敵だと、そう伝える場。拒否権はそっちに一切無いと、そう伝える為の場でもある。

そう伝え、男爵家はどう反応するかと思っていたら、祖父である男爵が祖母と、そして叔父を見た後覚悟を決めた顔で、『我が家に任せて欲しい』と。


そんな言葉を聞き正直ガッカリした。甘い対応をし、お茶を濁すだけかと。

だけど私の方が分かっていなかった。この辺りは貴族としての覚悟だとかもそうだけど、貴族として生きて来た年月の違いもあるのだろう。


私は一応最後まで聞こうと思ったが、あえて任せるとは? と聞いてみた。


『この件は我が家の不始末。もちろん伯爵家にこの件の始末をつける権利があるのは重々承知。しかしそれは我が家の不始末を伯爵家に押し付ける事でもある。その様な二重の不始末を押し付けては我が家の沽券に関わる。それに伯爵家にも申し訳が立たない。もし許されるのなら、我が家にこの不始末を是非始末させて欲しい』


『それは構わないですけど、失礼ながらまさか何処かに押し込んでそれで済ます、とかでは? どの様に今回の件を処理なされるおつもりですか男(・)爵(・)?』と。


『自らの不始末は自らの手で始(・)末(・)を(・)つけます』


あの時は思った物だ。覚悟が違うと。

それと共に、お母様は私に任せるとこの場で仰った。そして祖父はお母様を一切見ず、私を一人の貴族として、次期伯爵として扱っている事を。

だからなぁなぁで話さないし、敬語で私と対話もしている。そして私はとたんに恥ずかしくなった。アレをこの人、男爵家はなぁなぁで済まして終わり、そうなのではないかと、そう思って決めつけていた事を。

とは言え相手の言う事をハイそうですねと、額面通り受け取る事が出来る程、頭にお花畑が咲き誇ってはいない。なので……。


『重ね重ね失礼ですが、ア(・)レ(・)可愛さ故に、実は何処かへと匿わないと信じるに足る証拠がありません。この様な事を言えば侮辱になるのかも知れません、しかしアレがこの様な事を、我が家と、そしてお母様や私を侮辱し、さらには辱しめるがごとき事を平然と行う様な者に育てられた方に言われても説得力がありません。始(・)末(・)を男爵が、男爵家がつけるにせよ、それを信じるに足るだけの事を私達に示す事が出来るのでしょうか?』


私の今の発言は、失礼を通り越し侮辱に等しい物でもある。でも命を狙われ、誇りまで傷付け様とされた私達からしたらまがう事なき本音。それにあんな事を考え実行しようとしているアレを、あんな風に育てたと言うのもこれも事実。もし男爵が、男爵家が本気なら、もしそうならどの様にして私達を納得させるのか。私は知りたくなった。

小なりとも貴族。その貴族の誇り、そして覚悟を。私がこれから貴族として、そして本当の意味で私がこの世界で生きて行く為に。


子供だから。十二歳の私。この世界においても十二歳はまだ子供。だけどこの世界で生きて行く為にも、私がこの世界で貴族として、一人の人間として生きて行く為にも。

この問いはある意味前世との決別。正確には優しさと言う名の甘さとの決別でもあり、次期伯爵家当主としての覚悟の再確認でもある。


『お二人の目の前で、我が家であの愚か者を、我等の手で始末をつけます。それと遅ればせながら謝罪を。申し訳ありませんでした』


その言葉と共に男爵家の方々が頭を下げた。そして男爵である祖父が叔父を見、祖母を見て頷くと祖父と叔父が椅子から立ち上がり脇に移動すると片膝をつき、右手を左胸に手をあて、祖母も椅子から立ち上がると二人と同じくテーブルの脇に移動し、二人の横に、祖父の隣に移動すると一瞬カーテシーの様に見えたが、軽く曲げた片膝を深く深く曲げた。そして頭を深く深く下げている。

男性、女性、共に貴族における最大限の謝罪を男爵家の三人は行った。成人に達していない十二歳の子供にだ。高が男爵家、されど男爵家。貴族としての誇りと覚悟が示され、そしてそれが伝わって来た。


あーそうか。覚悟が無かったのも私だし、分かったつもりになってただけなのは私かと、そう思わせる覚悟や誇りが男爵家の皆から伝わって来たのを私が感じたし、同時に私は分かってたつもりになっていた自分自身に、そして貴族としての覚悟と言う物に対しての認識の甘さを、改めて思い知らされた様な気がして恥ずかしくもなった。


『分かりました。男爵家の謝罪を受け入れます。男爵、いえ、お祖父様、お祖母様、叔父様。皆様の覚悟と誇りを信じます。小娘の戯言と軽く扱わず真摯に対応して頂き感謝致します。お母様も宜しいですか?』


『ええ。私も男爵家の謝罪を受け入れましょう。それと繰り返しになりますが、この件はアナタに任せました。であればアナタが、いえ、我が伯爵家として男爵家の誠意と謝罪を受け入れたのです、賠償の問題はありますが、先ずはアレの処置の話となります。そうですね……。私は基本的に口を挟むつもりはありません。後はアナタの思う様にしなさい。次期伯爵家当主としてどの様に処理するかを私に見せて頂戴』


お母様も男爵家の謝罪を受け入れた。そしてこの件を私がどう捌くか、母親として、伯爵家現当主として見せて貰おうと言う事だ。お手並み拝見って事かな?


『では話を詰めましょう』


そして様々準備し、後にアレの実家である男爵家へと珍しく三人で向かう。

訪問理由は表向きはご機嫌伺い。そして孫娘の顔が見たいと言う祖父母のワガママ。


ちなみにアレの別宅でお世話係をしている、ばあやと呼ばれているメイドも誘(おび)き出されてノコノコと男爵家へと来ている。


表向きの理由は、お前の大好きで大事な若様が里帰りするから、お前も顔を出せと、世話になっている娘の所に連絡した。

ばあやとやらの設定では、娘の所で世話になっているのだから何もおかしい事は無い。

こっちも分かっててやってるが、茶番も甚だしいとは思うけど、設定は守らなければならないから仕方ない。茶番劇だと分かってはいるが、アレ等の設定ではそうなのだからこれも仕方ない事。


あの別宅に居るばあやとやらは毎日大好きな若様とは、その別宅で顔を会わせているけど、設定を守る為にそんな茶番劇を演じる事に対してアレ達はどう思っていたのだろうか。

どんな顔をして男爵家に来るのか、私は少し楽しみに感じていた。


そして当日、久々に見たアレは不機嫌さを隠す気が一切無い、子供みたいに拗ねた様な顔をしたまま我が家に来て、男爵家に向かう馬車の中でも不本意さを一切隠さず、聞き分けの無い子供みたいに過ごして居た。

しかも実家に言われて仕方なく行くんだと、いちいち言わなくても良い様な事まで言う。

そんなのこっちも同じだし、何を自分だけが不本意だと思っているのか。当然私達はそんな戯言(ざれごと)は無視し、お母様と私は二人で楽しくお喋りしていた。

そんな私達にイライラした様子を隠そうともせず、『実家で余計な事を言うなよ』何て訳の分からない事を言ったが、当然無視した。だけどそんな私達の事がお気に召さないのか、さらに。『聞いているのかお前達は!』等と無駄に大声を出すと言うはしたない事を披露してくれた。目の前のコレは本当に貴族なのだろうか? 改めてそう思えるアレの立ち居振舞いにため息が出そうになったが堪えた。本当に本当にこんなのと遺伝学上とは言え血が繋がっている事に、本当に本当に我が身の不幸を改めて実感する。

だけど私にはお母様が居る。そう考えるとこの呪いとも言えるアレとの血の繋がりも、幸と不幸を天秤に掛けるとプラスであるからバランスが取れていると、そう思う事にした。

それにこれからコレに降りかかる運命を思うと、不愉快ではあるがアレの戯言(たわごと)も許容範囲でもある。道化の最後のおふざけと思えば腹も立たない。

まだブツブツと言っていたが、余りにもしつこいと感じたのかお母様が『余計な事とは?』と言ったらアレはだんま(黙)りを決めだした。そう言われて黙る位なら最初から言わなければ良いのに、本当に愚かだ。そして私はふと、これから少し先の数時間以内の事だが、行われる事。我が家と私自身や関係者の運命、その事を思った。

何と言うか、アレがこれからどうなるか分かっていたが、特に何も思わなくなった事に自分の中で全く違和感地だとか、罪悪感みたいな物が一切無くなった事に改めて私は色々と覚悟が決まったし、この世界に本当の意味で馴染んだんだと思った物だ。


そんなこんながありながら、男爵家に到着した。久々の男爵家である。だけど違和感の様な物を私は感じた。と言っても外観が変わった訳でも無い。だけど何となくだけど人の気配だとかが薄く感じたし、屋敷自体の気配と言うか空気感が、どんよりとしている気がしたのは気のせいだったのだろうか? これから行われる事に対して敏感になっていただけだったのかも知れない、そう思っていた、だが……。


そして中に入り、男爵家の皆と一応は久々のと言う事になっている顔合わせの時に、私が感じた違和感が間違いでは無かったと、分かる事になる。

使用人や家人、と言ってもこの場合の家人は男爵家の血縁関係者では無く昔からの者、代々一族で仕えている者達のみと言う意味だけど、その家人の中にも男爵家の一門や血縁者の血が混じった者も居る為、厳密には曖昧な部分もあるから家令って言うべきかも? それはともかく、男爵家にとって信頼の置ける、古くから仕える忠誠心溢れる者だけで私達を出迎えた時に違和感の正体だとか、答え合わせがそれだけで出来た。と言ってもアレはその辺りは一切違和感も感じてはいなかったし、何も思ってもいないし感じてはいなかったけど……。


違和感を感じない、それも貴族としてもそうだし、その手の察知力って前世でもそうだったけど平民貴族問わず、生きて行く上である意味必須スキルなのに何故アレは分からないのだろうか? 抜けてる所はあるが、一応まともで、貴族として極普通の感性があり、常識のある男爵家で育ったはずなのに何であんなアレみたいなのが生まれて来たのだろうか? そう考えると子育てって大変だし、本当に難しいなぁって思った物だ。


さて、一応は顔見せ兼可愛い孫娘に会いたいって体(てい)でこの男爵家に来た訳だけど、まだまだ演目は残っている。

そう、久々に会うと言う事になっている、大好きなおぼっちゃまであるアレとばあやのご対面だ。

茶番劇の開始。それはある意味演技力対決でもある。


結論から言うと、ばあやの圧倒的勝利。

亀の甲より年の功と言うけど、知らないのであれば本当に久々に会えたと、久々に大好きなおぼっちゃまに会えて嬉しいと、そう思っているかの様なそんな素晴らしい演技であった。

対してアレは、お遊戯会の園児の方が遥かにマシと言える程の大根ぶりの上、棒読み演技が悪い意味で凄かった。ロボットの方がマシ、いや、比べるのも失礼な程の演技力。


一応は貴族なのに、その手の演技力で平民に負けるってどうなのだろうか? 余りにも酷すぎて逆に笑い何て一切起きなかった。だけど助かったのも事実。笑いを堪えるのって結構大変だからね。その意味では良かったと思う。


それにしてもあのばあやは、アレの素晴らしい演技に一切表情と言うか演技に揺らぎが無かったけど、周りの雰囲気だとか空気感には違和感を感じていた。多分何か違う、何時もと違うと言う事を感じていたのか、周りを見て訝(いぶか)しげに、不思議そうな顔をしていたけど、何でばあやはそれが分かっているのに、アレはソレが分からなかったのだろう? あれじゃどっちが貴族か分からないよ。


チラッとお母様を見ると、何時もと変わらぬ微笑みと佇まいだったけど、アレとお母様の対比が悪い意味で凄かった。あれじゃ夫婦生活が上手く行かないのも一発で分かろうと言うものだと、そう思った。心構えが違うんだよね根本的に。


何と言うか、あそこまで行くと余りのバカさ加減により、アレに対して多少なりとも哀れにおも……、わないな。うん、好きの反対は嫌い。愛の反対は憎しみ何て言うけど、とことんまで行けば無関心になる。そんな事を聞いた事があったけど、本当にそうだと実感した。


アレに対して本当にどうでも良い。どうなろうが知った事ではないと、心からそう思った物だ。何よりこれからもう煩(わずら)わされる事が無くなるかと思えば、アレがどうなろうがもうどうでも良いと、それこそこの茶番劇が早く終わらないかなとしか思わなかった。何かこれだけ切り取れば私は冷たい酷い人間だって思われそうだけど、私達を害そうとしてた者に対して優しく何か出来ないし、しようとも思わない。


さて、そんなこんなで素敵で素晴らしい対面が終わった訳だけど、まだまだ演目は続く。今のはプロローグ、いや、幕間劇みたいなもの。プロローグは私がお母様にアレについて調べた事を報告した時だから。


そして始まる断罪劇。


本人達にとっては悲劇かも知れないけど、私やお母様にとっては喜劇でしかない。しかも出来の悪い喜劇。それもこれも結果が本来とは逆転したから、だから本来私やお母様が悲劇の主人公となっていた。でもその役割は、アレとその最愛達に演じてもらう。


お祖父様が執事に目配せをすると、部屋から出て人を引き入れて来た。

室内に入って来たのは私も一応顔を知っている、記憶より少し歳を重ねた者達。平服だけど腰に短剣を携えた老齢の騎士達が五人。そして我が家の騎士が二人。

老齢の五人共古くから男爵家に仕える、代々男爵家に、そして男爵家に一族が仕えて来た忠誠心溢れる者達。

残りの二人も同じく、我が伯爵家に代々一族で仕えて来た信頼の置ける忠誠心溢れる者達。そして物語では私を庇い、アレに暇を出された二人。

無表情のまま、路傍の石でも見るかの様な目でアレとばあやを見ていた。


それを見たアレは訝しげにしていたが、ばあやは顔色が変わった。不味い。そんな顔だった。でも今更気付いてももう遅い。


『で? お前達は私に、いや、私達や伯爵家のお二人に言うべき事があるはずだが、素直に答えてくれるかな?』


『だ、旦那様、違うのです』


『お前の言い訳は聞かん。私達が何も分からず、何も知らんとでも思っているのか? 口を開くのであれば言い訳では無く、もっと建設的な事を言え』


状況を察知し、素早く口を開いたばあやの発言を一刀両断したお祖父様。そしてアレは未だ状況を掴みかねていた……。

もう本当ね、貴族だとか平民とか関係無く、余りにもアレがアレ過ぎて、こんなのと血が繋がっている事が本当に本当に嫌で嫌で仕方なかったよ。私は見た目がお母様似であるけど、心からその事に感謝した。願わくば中身もお母様似であれと、そしてそうあれと思いこれからも精進しなければと改めてそう思ったよ。これがもし見た目がアレに似ていたらと思うと、ちょっと嫌な想像をしてしまった。

ましてや中身もアレに似ていたら……。うん、嫌な想像と言うか妄想をし、嫌な気分になったのを思い出す。


さて、そんなアレとばあやの色んな意味での対比を見た訳だけど、まるですれ違いコントみたいだなぁと、場違いな事を考えていた。とは言えこの茶番劇と言う名の断罪劇は進んで行く。

お祖父様は、苦痛に満ちた表情でアレを見ていた。お祖母様や叔父様も同じく苦痛に満ちた目でアレを見ていた。古くから男爵家に仕える者達は一見無表情に見えるけど、良く見れば本当に微かにではあるけど苦痛と苦悩みたいな物が混じっていた気がする。

多分何故こんな事を。どうしてこんな愚かな事をと、そう思っていたのだと思う。

私やお母様にとってアレは、只の害しかない者だけど、男爵家にとっては家族の一員であり、同じ思い出や時を過ごし重ねて来た一員なのだから分からないでも無い。とは言え私やお母様もそうだけど、男爵家としても一切容赦するつもりは無かったし、情けも切り捨てたので、決定は覆らない。


『お前は何故……』


お祖父様の苦悶に満ちた問いに。キョトンとしているアレ。

少し哀れに思った。勿論アレにでは無く、男爵家の人達にだけど。

親の心子知らず。その実例を私は見ているのだと思った。

ふと、前世では親より先に死んだ私であるが、そう考えると私も親不孝だったのだなと。結婚もせず、下の妹に続き私まで失った前世の両親や一番下の妹を思うと何とも言えない気持ちになった。その事を思うとため息が出そうになったけど、グッと堪えた。今は目の前の事に集中しなければ、今はこの人生における節目であり、これからの私の人生の段階で重要な一つの転換点なのだから。


『父上?』


訝しげに、そして困惑しつつお祖父様に問うアレに失望した様な、諦めたかの様にため息を吐くお祖父様にまた少し同情を覚えた。本当にこの愚か者は……。隣に居るばあやを見ていないのだろうか? 何故気付かないの? ばあやは真っ青になり、全てを悟った姿が目に入らないのだろうか? お祖父様だけで無く、お祖母様や叔父様の事を見て何故気付かないし分からないのか。困惑した様に周りを見ているのに、自分の目で見ても未だ状況が把握出来ないなんて……。

お祖父様の最初の発言から察する事が出来ていないとは……。無知は罪。アレに対しては何とも思わないけど、男爵家の人達が哀れで仕方ない。


そんなアレの姿を見て、お祖父様を始め男爵家の面々も諦めたのだろう。これ以上アレに言っても無駄。何を言っても無駄だと。

何を言おうが、どれだけ言葉を尽くし言い聞かせたとしても、それこそどの様な言葉や説明よりも、自分の仕出かした事によりどの様な結果を招いたか、そしてその結果自分がどの様な報いを受けるかを分からせる。もうそれしかないと。


『お前は自分が仕出かした事を、その事がばれていないと思っているみたいだが、この場に居る皆が分かっている。まさかここまで言ってもお前は分からぬか?』


『な、何の事でしょう?』


この愚か者はまさか本当に分かっていないのか、それとも分かっていて惚(とぼ)けているのか私には判断がつかなかった。何と言うか、予想を上回る愚かさと道化っぷりに私自身判断がつかなかったし、ぶっちゃけ何かもうどうでも良くなったから。

さっさと報いを受けさせて終わりにしたかった。そして家に帰りお母様と二人親子水入らずでご飯食べたいなぁと、今日は憂いが無くなったお祝いにお酒でも飲めれば良いな何て思い、お母様今日位は飲ませてくれないかと、そんな事を考えていた。


『この愚か者が! お前が最愛等と抜かしておる、あの性悪女二人と共に企てていた事を我々は把握していると言っている。お前の、いや、お前達の愚かな企てと発言の全てを我々は把握しているからこそ、だからお前とその愚か者の二人を呼び出したのだ。伯爵家に対する裏切りと害意を、その全てをだ』


『だ、だから何の事でしょうか父上』


あー、流石に気付いたか。やっとと言うべきか、流石にここまで言われて気付かなかったら、手間暇が掛かり過ぎるから良かった良かった。

まぁ小さい子供でもここまで言われたら気付くだろうから、小さい子供よりはアレはマシだったみたい。別にどうでも良いんだけど。


お祖父様はアレが企てていた事をいちいちアレに説明してたけど、何でバレたと、アレはそんな顔をしていた。バレるわそりゃ。むしろあれだけ周りに気遣わず、それこそ公言してる様な物なのに何でバレないと思っていたのだろうか? 私に言わせればほぼ公言しておいて何を今更だよ。


うん、チラチラと私やお母様を見て来ても何も状況は変わらないから。

お母様は微笑みを。私は無表情無関心なお顔で。この愚か者が嫌っていたお母様の微笑み。微笑みなのに、微笑みでは無い仮面の様な表情。貴族丸出しのらしい、お母様の微笑み。

最愛とアレが呼んでいた、バカなあの女の天真爛漫らしい笑顔。

貴族と平民じゃ色々と違うのは当たり前なのに、アレとて生まれながらの貴族なのにそんな当たり前の事に気付かないから、だからアレは愚かだと言われる。

何かベッタベタな物語の、バカな浮気者のざまぁされる奴の典型例だよ。まさかそれが血縁上の一応とは言え我が遺伝子提供者とは……。


お祖父様のアレに対しての説明と言う名の断罪理由を述べているのを見て、私は前世の裁判で裁判官が判決理由を述べているみたいだなと思った。

裁判において裁判官が判決する時って、結構平坦で退屈だったりする。

ドラマや映画みたいに正にドラマチックな雰囲気や空気感は無く、案外淡々としてるんだよね何て思って見ていた。アレは色々言い訳と言うか釈明していたけど、もう結果は決まっているのだから無駄なのにとか思いつつ、完全に他人事としてアレを見ていた。


リアル裁判なら、主文が後に来ると言った所だろうか?

死刑執行の為のネタ振り。不謹慎なのかも知れないけど、そんな事を考えながら見ていた。お母様はアレが釈明と言う名の言い訳をする度に微かにだけど、不愉快なオーラが出ていた気がする。多分あれは気のせいじゃ無かったと思う。


それにしても、私やお母様と男爵家側の感情の対比が凄い。

私達はアレに報いさえ受けさせれば正直それ以外はどうでも良いので、表情に変化は無い。

だけど男爵家側は苦悩と苦痛、悲しみ等々、その度に表情が変わって行き、我が家と男爵家側との温度差? 関心度? の対比が凄いなぁ、ある意味リアル裁判見てるみたいだと、そんなどうでも良い事を再び思ったりしてたけど、不意に。


『お前の言い訳なぞ聞かぬ。もう良い、お前に酒を振る舞う。意味は分かるな?』


うん、幾らアホとは言え一応はアレも貴族。一応意味は分かったらしい。

真っ青な顔をしつつ、多分マジかおい! とか思っていそうな顔をしていた。うん、マジだよ。


『何故……』


『お前はこの期に及(およ)んでまだ分からぬか……。あれ程説明してやったのに……。』


ね。いちいちアレに説明したのは、お祖父様のアレに対する最後の慈悲だったのにね。

それとともに自らの罪を分からせる為ではあったけど、自分を納得させる為のある種の儀式だったのに、それなのにアレはそれを無為にすると言う親不孝をするなんて、最後まで愚かなまま女神様の元に旅立つとはなんて親不孝極まりない。おっと、アレの最愛の二人がどうなるかを説明していなかったね。


『お祖父様。最愛とやらの二人の件は説明しないのですか?』


ちゃーんと説明しないと、アレは分からず女神様の元へ旅立つ可能性がある。普通だったら分かるはずだけど、アレはアレだもんね。


『ちょっと待てどう言う事だ?』


どう言う事も何も……。やっぱり分かっていなかったのかな? 面倒だし、アレとは関わりたくないから、お祖父様に丸投げしちゃえ。


チラッとお祖父様を見た。

流石である。それだけで理解してくれた。せめてお祖父様の一割位の察する能力があれば違った結果になっただろうに残念だね。

私としてはお陰で助かったから別に良いんだけど。


物語の強制力もそうだけど、アレの能力が元になった物語より上がっていたら、もしそうならこんな簡単に事が運ばなかっただろうね。

そう考えれば、これで良かったんだと思う。

そんな事を考えつつお祖父様による、アレのあの二人の判決理由の口上が告げられていた。当然主文は後回しだ。

と言うか私とお母様の二人を害し、我が伯爵家を入り婿の分際で乗っ取ろうとしておいて何も無しで済むはずが無いのに。

ましてや平民が貴族相手にそんな事を企(たくら)み、実際に実行しようとしておいてただで済むはずが無い。それなのに……。


『あの二人は関係無い』


そんな訳あるか。もうダメだこりゃ。


室内に居る皆が、と言っても男爵一家と私達の貴族達のみだけどため息を吐いた。

もうこれ以上は無駄。意味が無いと、そんな意味がこもったため息だった。うん、最後だし別にどうでも良いんだけどね。


『お前は……。お前に振る舞う人生最後の酒は伯爵家の慈悲であるのに、それなのに……。私が伯爵家に……。この様な事を願う資格など無いのに、それでもせめて苦しまず逝(ゆ)ける様にと、私達の最後の情けとして逝(い)ける様にと……。それなのにお前はここまで愚かを極めていたとは……』


正直アレには多少お(・)仕(・)置(・)き(・)してから、身体に分からせてから旅立たせようかと思ったけど、何かそれすらもどうでも良くなったからなんだけども。


さっさとアレを女神様の元へ旅立たせる事が出来るなら、別にどうでも良いかってなっちゃったんだよね。


ギャーギャーと囀(さえ)ずってるけど、お前達が私やお母様を害し、女神様の元に旅立たせるのは許されて、私達がそうするのは許されないって何でなんだろうね?


あの二人をどうするつもりだ? そんなのきっちり息の根を止めるに決まっている。


方法は色々ある。実行するのは男爵家。そして私達もそれに立ち会う。

多分普通に呼び出して、呼び出す理由はアレが男爵家に二人をちゃんと紹介するからとでも言えば良い。そしたらノコノコ付いて来る。

勿論周りに気付かれない様に呼び出すのは言うまでも無い。


ばあやの後処理も例えばだけど、ばあやが居る筈となっている子供の家に行き、『男爵家の花瓶が壊されていた。そしてお前のとこのばあやが挨拶もせず男爵家から消えたのだが、ばあやは帰って来ているか?』とでも聞けば良い。

別に花瓶でもなんでも良いが、とにかく男爵家の物、財産が損なわれていたがお前んトコのばあやがやったのではないか? だから挨拶もせず勝手に帰ったのでは? と、匂わせれば良い。それならばあやが消えたとしてもおかしくは無いし、突然失踪した違和感はほぼ感じられない。それに元々アレの最愛とやらの家に住み込みで働いていたのだから、ばあやの家族も母親が、我が子である自分の家に帰って来なくても答えようが無いだろう。 私がパッと考えただけでもその位の事は思い付く。なら男爵家ならもっと上手くやるだろうと思う。


そしてそう考えると、当然その位の事位は男爵家なら出来るし、足がつかない様にやってのける位の事も出来る。むしろ出来ない訳が無い。

貴族なら出来て当たり前の事。いくらアレの教育を失敗したとは言え、それ以外の事は一応はまともな家でもある。いやまぁ情報収集能力に若干(じゃっかん)難と言うか不安もあるけど……。とは言えだ。

と言うかその程度の事が簡単に出来るのが貴族だ。例え爵位持ちの中で一番下の序列である男爵家と言え、その程度の事を簡単に出来る権力とツテがあって当たり前の事。

ましてやお祖父様が自ら不始末を解決すると、そう言ったのだから当たり前の様にやってのけるだろう。しかも相手は平民。なら出来ない訳が無い。


それにしても……。


これが物語なら中弛みした、ダラダラとした話で、多分人気は出なかっただろうなぁ。

そう考えると、前世でのあの物語って良く出来てたんだねぇ。私が転生したこの世界の元になった物語。見たし読んだし、映像として観たあれって上手い事構成されてたんだって本当に良く分かるよ。ましてや自分がその主人公になったからか、その事を実感出来るししちゃってるからね。


それにしても何時まで言い逃れの為の戯言(たわごと)を続けるんだろう? 今更何を言おうが何をしようが判決は覆らないのに。

現実だとこんな風に結局ダラダラしてしまうんだよね。物語みたいにきっちり纏めて、スムーズに場面が流れないのが現実。この茶番劇もいい加減飽きてきた。茶番……。そう言えばこの世界には羊羮って無かったよね? 作っちゃおうかな? そうだね、作ってしまおう。

羊羮に水羊羹、うん良いね。それにしても茶番劇からお茶を連想して、羊羮を連想するって私って本当……。まぁ良いや、とりあえず羊羮の作り方は分かるし作ろう。それと緑茶、この場合は日本茶も無かったから作ろう。お茶の木はあるから作ろうと思えば作れるし、領の新しい産業として手を付けよう。とりあえずお母様に相談しなくっちゃ。


『おい聞いているのか?』


ん? アレが何か私に向かって吠えてるけど、もしかして私に対してかな?


『もしかして私に対して問いかけているのなら、聞いていなかったですわ』


『なっ!』


なっ、じゃないんだよねえ……。だって本当に聞いてなかったんだから仕方ない。何故ならどうでも良いから。


『お祖父様、もう良いでしょう。これ以上は時間の無駄です。さっさと処理……、執行してしまいましょう。後がつかえていますし』


『確かにそうであるな。そうしよう。人生最後の酒だ、味わって飲むが良い』


『父上! お待ち下さい! お前達も口添えしろ!』


する訳がない。もう本当に最後の最後まで手間を掛けさせる。後がつかえているんだから、いちいちコレの相手をしていられない。


『お祖父様、さっさと終わらせましょう。次が控えております』


『お前まさか……。次とは……。二人には手を出させん! 私が守る!』


今にも私達に飛び掛かって来そうだけど、男爵家と伯爵家の騎士が周りを固めているし、使用人も居る。アレが動いた瞬間に取り押さえられるから、そんな目で見て来られても何にも感じない。それより未だにこの状況を切り抜けられると、そう思っていそうなのが凄い。と言うより、私やお母様と最初から離れて座る事になったのに、その事に違和感を感じないのも、気付かないのもある意味凄い。普通ならその違和感に気付くと思うんだけど? まぁそれは今更だから別に良い。と言うより……。

守るも何もこの世に居ないのにどうやって守ると言うのだろう? 守ると言う事はこの状況を切り抜けて生き残り、そしてあの二人を守ると言う事だ。それが出来るとでも? それともその事自体に思い至れないとか? ありえる……。


ため息が聞こえた。お祖父様だ。


『言っても無駄だとは思うが、お前には人生最後の酒を楽しむ事しか出来ぬ。どうする? 自ら飲むか、私に飲まさせられるかを選べ』


『ち、父上……』


お祖父様や男爵家の者に情けだとか、許しを乞うても無駄。分からないかなぁ。分からないからそんなすがる様な目で見てるんだろうけど、何を言おうが何をどうしようが無駄だから。事ここに至ってまだ分からないって、本当に極まり過ぎている。と言うか本当に往生際が悪い。


『お祖父様。もう良いでしょう、無理ですよコレは。アレは絶対に自分では飲みません。人生最後のお酒なのだから、せめて楽しみながら自ら飲む事も無いでしょう。ついでに言うと時間の無駄です。それにその美酒を私やお母様に振る舞うかも知れません。私達はその様な美酒を嗜むつもりもありません』


最後っ屁として私やお母様にその美酒と言う名の毒酒を、色んな意味でぶっ掛ける可能性もある。それにいい加減飽き飽きして来たし、さっさと済ませてしまいたい。


『親に向かって何て事を……。お前は!』


ため息が出た。堪える気すら起きない。


『親? 親ならその娘を、実の娘に何をしようとしていたのか忘れているみたいだけど。ついでに言えば我が家に帰る事も無く、私達と同じ時や思い出を重ねる事も無く、家族の一員としての自覚も無い顔も覚えていない者。只それだけの者。愛だとか愛情を言うつもりも無いけど、それでも偽りの想いや愛すら私達に向ける事すら出来ない愚か者。貴族以前に人として取り繕う事すら出来ないしやろうともしない、血が繋がっているだけの只の他人。ましてや私やお母様に何をしようとしていた? 血が繋がっていればそれが許されると? お祖父様、私はコレに害され、誇りを傷付けられなければならない理由がありましょうか?』


『無い。その様な理由等無いし、もし有ったとしても私が許さぬ。私は確かに愚かだが、そんな物を許す程愚かでも無ければ、人としての極当たり前の感情まで捨ててはいない。これは貴族や平民以前の問題だ』


本当にコレは愚かだ。発言すればする程、皆から躊躇(ためら)いだとか、情の様な物が失われて行っている。その先に待つのは無慈悲。只でさえ、ろくでもない終わりになるはずだったのに、欠片も惜しまれず旅立つ事になる。

だけど逆に言えば、親孝行な、家族想いな事をしているとも言える。だって罪悪感を持たずこの断罪劇を行う事が出来るし、この後も罪悪感や後悔せず生きて行く事が出来るのだから。


『ち、父上……。母上……。兄様……』


『もう良い。私からの最後の情けだ。私自らお前に飲ませてやる。先に地獄で待っていよ。私も直にそちらに行く事になろう。お前達こ奴を抑えよ。そしてこ奴を諌める事をせず、我が家に報告しなかったその愚か者を連れて行き始末せよ』


『旦那様、どうか、どうか若様だけは! 私はどうなろうと構いませぬ! 若様だけはどうか、どうか……』


『つれて行(ゆ)け』


『い、嫌だ! 父上、父上、父上! お願いします、どうか許して下さい!』


ばあやはコレの事を最後の最後まで案じていたのに、それなのにこの愚か者は自分の事だけか……。報われないねばあやも。しかし……。


あーあ、結局こうなっちゃったか。

自分の不始末を父親や実家に尻拭いさせた上、父親の手を煩わせる。しかも罪悪感を親や兄弟や一門の者や、家臣に抱かせたまま自分は先に楽になる。救いは、自分自身の愚かさにより、その罪悪感を多少なりとも薄めさせた事位かな。


『無駄な事を……』


お祖父様が口を閉じるアレに向かって呟いた。そしてアレの鼻を指で摘まむと、当然アレは息が出来なくなる。だけどアレが口を開けても無機質にアレを見るだけだ。そしてアレは又口を閉じる。

だけど鼻をお祖父様に摘ままれたアレは又、息が苦しくなり口を開ける。

でもお祖父様は何もせず、何も言わず無機質にアレを見ているだけ。今更アレに対して躊躇いだとか、情けを掛けている様には見えない。只々アレを無機質な目で見ているだけだ。どうしたんだろう? と、そう思っていたら不意に。


『先程私は無駄だと言ったではないか。又苦しくなれば口を開ける。そしてその様な事を繰り返していれば、その内まともに息が出来なくなり、無理矢理飲まされる事となる。いい加減諦めろ、見苦しいだけだ。この様な事を何度も繰り返して行けば直にお前は、嫌でも口を開ける事となる。せめて最後位は誇りを持ち旅立て。このままでは最後の最後まで、只々見苦しいまま旅立つ事となるぞ』


あー。鼻を摘ままれたままなんだから、そんな事を繰り返して行けば息は上がるよね。で、そんな事を何度も繰り返していけば、酸欠で頭も回らなくなるし、呆けたまま人生最後のお酒を飲む事になる。しかも悪足掻きした上、見苦しいまま旅立つ事なるし。

何より確実にそのワインを飲ませなきゃいけないし、それに加えていくら愚かとは言え我が子を見苦しいまま旅立たせるのは、流石に忍びないと思っているんだろう。


親は親か……。その情けは最後には結局自分自身を苦しめる事になるのに、これからの人生においてお祖父様自身を苦しめる事となるのに、それでもしてしまうのは、切って捨てる事が出来ないある意味業と言っても良いのだろう。

まぁ良い。どうせアレは旅立つ事になる、ならお祖父様の覚悟と決意に表して、もう少しだけこの茶番劇に付き合おう。


そして……。


『バカ者が……』


アレはやはりと言うべきか、最後の最後まで見苦しく足掻いて、結局お祖父様を苦しめた。

安らかな眠りの如く旅立ったアレにはもう分からないだろうけど、お祖父様やお祖母様や叔父様、そして男爵家の皆の今の悲痛な姿を見たらどう思うのだろう? 自分が仕出かした事を反省し後悔するのだろうか? しないんだろうなぁ……。最後まで謝罪の言葉を言う事も無かった。

それは別に良い。どうせ反省していないだろうし、表面だけの取り繕うだけの軽い言葉なんていらない。


とは言え……

本当、救われないし報われないよ男爵家の皆も。

今のこの男爵家の皆の悲痛な姿を見ていると、あまりにも救われない想いが、男爵家の皆の今のその気持ちが私にも分かる。何が救われないかと言うと、アレはこの皆の姿を見ても反省もしないし、何が悪かったかって事に想い至れないのが分かるし、皆もそう思っているのも分かるから。

私やお母様にとってはアレがどうなろうとどうでも良いし、処置さえちゃんと終われば別にどうでも良い。害虫を駆除したとしか思わないし、アレが女神様の元へと旅立とうが、何とも思わない。ある意味人としては間違っているんだろうけど、私達を害する害虫。それの駆除が終わっただけ、只それだけの事。アレがちゃんと旅立った事は私やお母様や、我が伯爵家から連れて来た騎士達も確認したからもう別にどうでも良い。


さてと……。アレの始末は終わった。ばあやの処理も終わったみたいだ。なら次はアレが最愛と呼んでいた、愚か者のあの二人。それもさっさと終わらしてしまおう。

お祖父様が何やら指示しているが、次の愚か者達を呼び出す為だと思われる。後少しの辛抱だ。


そしてアレの最愛とやらは男爵家に到着後すぐに縛られ、猿轡を噛まされた。その際何か大騒ぎしていて、あの愚か者二人は私達が居るここまで聞こえる程ギャーギャー言っていたけど、この男爵家もそこそこ広いのに、それなのに聞こえるって凄い声量だなと思ってしまった。そんなに大声出して騒いでも、どうせ周りの家には聞こえないのに無駄な努力と言うか、無駄な抵抗なのに。

そしてそんな無駄な抵抗や努力はいきなり収まった。何故か突然静かになった。その前に大人の女らしき声でキャー! って叫びがしたから騎士達や男爵家の使用人が何かやったのかも知れない。


そんなこんながありながら、二人は私達が居る所へと引きずられ……、エスコートされながら来た訳だけど、最愛二号事、自称ヒロインが私を見て目が飛び出すんじゃないかと言う位大きく開いた。母親の方は私達を見て困惑しつつオドオドしていて、その対比が凄かった。

多分自称ヒロイン、と言っても成り代わりだけど、私を穴があく程見て来ており、他の者は一瞥(いちべつ)しただけで私だけをガン見して来たと言う事は、私の事を知っているらしい。

私とコ(・)レ(・)は初対面だけど、それでも私の事が分かると言う事は、画面や挿し絵で観たりしていたからだろう。もしかして漫画かな? 何てどうでも良い事を考えていた。


それにしても……。左目辺りが微妙に赤い気がするんだけど? それと親の敵(かたき)の如く私を見て来ているけど、自分の今の状態や状況や立場を分かっているのだろうか? 分かってないんだろうなぁ。分かっていたらそんな目で私を見て来ないだろうから。

それと何かウーウー言っているけど、猿轡噛まされてて何を言っているか分からないからね。


初めて間近で見たけど、やはりこの世界はあの物語の世界なのだと言うのを改めて実感した。

この顔、面影がある。もう少し成長すれば物語に登場したあの顔になるんだろうなって、そう思わせる顔だ。

私と違いコレの幼い頃の顔は出て来ない。私は回想や何かで良く出ていたから分かる。自分で言うのもなんだけど、すっごい美少女だ。それも美少女って言葉が陳腐になる位に美しい。前世でこんな顔や見た目ならかなり楽な人生だったろうなと、そう思わせる顔だ。流石主人公である。我ながらこの顔や見た目はかなり気に入っている。

それにしてもウーウーうるさい。多分私を罵倒しているのだろうけど、自分が猿轡を装備している事をいい加減思い出して欲しい。


チラッとお祖父様を見たら、無機質な目付きで、虫けらを見る方がまだ思い遣りがあるんじゃないかと言う目でコレ達を見ている。

恐らくこんな者達に入れ込んだ挙げ句破滅しおって、そう思っているのかも知れない。

一応はコレも孫ではあるが、絶対に認めていないと、そう思わせる視線で見ている。

お祖父様は愚か者二人に私やお母様にしようとしていた事や発言、その事がどうなるかをまるで裁判官みたいに伝えていた。

律儀だなと思ったし、それ以上に自分達が何をしようとしていたかを分からす為、その為にしているんだろう。


ん? 何かコレの左目、更に赤くなって来てる様な気がする。それと微妙にあおたん(青アザ)らしき物が混じっている様な……。


あー。これって多分黙らせる為に殴ったんだね。

時間が経てば完全にあおたんになるだろうと思われる。何か……、漫画みたいなあおたんだ。

漫画みたいなあおたん。目の辺りにまん丸なあおたん。私は前世で二回見た事がある。

一度目は高校生の時。同じクラスの子が、彼氏の浮気相手と取っ組み合いになり、相手の女に殴られて出来たらしい。

とは言えその子も色々と腹が立ったので、浮気相手に頭突きかましたそうだ。当然ノックアウトしたらしい。そして二人目は社会人になって、会社で後輩の男の子が飲み屋でケンカが起き、巻き込まれて流れ弾のごとく殴られてそれで出来たらしい。あれも見事なあおたんだった。

私は前世のそんな事を思い出していたが、その間もお祖父様が愚か者二人に何故この場に二人が呼び出されたか、そして今からどうなるかを裁判官の判決文を読む様に伝えていた。当然ながら主文は後回しだ。

リアル裁判と一緒で、非常に淡々としておりとっても退屈だ。先に行われたアレの時と同じく私は早く終わらないかなぁ、もうさっさと終わらせて家に帰りたいと思っていた。だからどうでも良い他の事を考えていたけど、お祖父様がアレが先に待っている。女神様の元で思う存分共に居れば良いと、そう言った瞬間コレの製造責任者の女が暴れだした。

と言っても縛られおり身動き出来ないので、芋虫が暴れてる様にしか見えなかった。

恐らく絶叫しているのだろうけど、猿轡を噛まされているので何を言っているのか分からない。主文、被告人二人は死刑。その声もあんなんじゃ聞こえていないだろう。


私は端から見れば多分無表情だったと思う。だって本当にどうでも良いから。そんな私を見て、ヒロインになり損ねた成り代わり希望者も暴れて、何を言っているのか分からない絶叫らしき物を言っている。猿轡があるから聞こえないし、何を言っていようが別にどうでも良いんだけど。


何だろう? なんか日本語らしき事を言ってる気がするけど、多分、お前転生者ねだとかそんな事を言っている気がする。もうそんな事すら別にどうでも良いんだけど。さっさと処理して終わりにしたい。


あーあ。暴れるから痛い目にあう。大人しくしておけば少しは楽に旅立てたのに。

左目のあおたんが、ますますあおたんらしくなって来ている。人生三度目のまん丸あおたん遭遇だよ。

痛い目にあい、大人しくなったのでコレの近くに行き、自業自得と日本語で呟いてみた。

そしたら又暴れ出して声にならない絶叫をし出した。そうなると当然コレは痛い目にあう。学習能力が無い上、堪え性も無い。その上自分自身が今どの様な状況にあるかも把握していないし、その結果どうなるかも考えていないし考えられない。コレの前世は私の推定中学生か、高校生位と言うのは多分間違ってはいないだろう。もし次の人生があるなら色々経験し、人生経験を積む事が出来れば少しはマシな人生になるだろうね。多分無理だろうけど。


お祖父様の指示により、二人をここから引きずり連れ出している。

そりゃそうか。血でこの場が汚れるか、その他諸々で色々汚れる可能性がある。だから多分ばあやを処理した所でやるんだろう。

引きずられながら又々暴れ、声にならない声で何か言っているが、その度に痛い目にあっている。容赦の欠片も無いけど、男爵家の者にしてみればこの愚か者二人は、アレが女神様の元へと旅立つ原因なのだからある意味当然の扱いでもある。容赦する必要も意味も無くなるのは当たり前だ。それより自称ヒロインのあおたんが気になる。何かあおたんがよりくっきりしてるんだけど早くない? 普通あおたんってもっと時間が経たないと、そんなにハッキリしないはずなんだけどね。別にどうでも良いんだけど、ちょっとだけ気になる。


処置する為に連れて来られた場所は、台所の一角にある、室内に井戸がある場所だった。食材や何かを洗ったりする所と思うけど、その隅辺りに物言わぬ姿となったばあやが寝ており、そのばあやを見て愚か者二人が学習能力の無さをさらけ出し、又々声にならない絶叫と、暴れると言う今日何回も見た事をしてどつかれた。

あおたんが出来ている所に又々コレは良いのを食らい、よりクッキリとあおたんが浮き出て来てるんですが……。

私は今日何回あおたんと言ったのだろう? あおたんと愚か者、この二つの言葉の内どっちが多く口に出したのかな? 何てそんな下らない事を考えていた。

人がこれから処理されるのに我ながらどうかと思うけど、ここまで色々と極まれば感情が無くなり、興味が欠片も湧かないと言うのを改めて認識と言うか再確認した。だって本当にコレらとかアレに関してはどうでも良いから。


処理自体は結構呆気なく終わり、意外と言うか拍子抜けした。もっとこう何かあるのかと思ったけど、現実何てこんな物かとそう思っただけ。それ以上でも無ければそれ以下でも無い。リアルだとこんな物だし、人の命何て結構簡単に消えるんだなと。校外学習で見た命と食の学習の時に見た事がある、ニワトリを絞めているみたいだと、ふと思い出す。

あの時は首を切ると完全に切り落とすと、首を絞めると多彩に見せられたけど、今回はロープで絞めて呆気なく終わった。そして止めとばかりに心臓を五寸釘で刺して、正に完全に止(とど)めを刺す。


これで終わり。私やお母様を害する要因は消え去った。終わってみれば案外呆気ないなと、そう思った。


女神様の元へと旅立った三人を、下に敷いていた粗末な布でくるみ、前以て掘っていた庭の穴に運び、そこに埋めてそれで終了だ。

ふと、下に布を敷いていたのは処理したモノを運びやすくする為でもあるし、血や何かで汚れない為なんだなと思った。段取りが良い。後の処理の事も考えてしているのだなと思ったし、手慣れてもいたので何回かこの様な処理をした事があるのだと、そう思った。


気を引き締めよう。この世界は前世の日本とは違い命がとっても軽いのだと。改めてそう思ったし、アレらと私やお母様が逆になっていても可笑しくは無かったのだと、再認識し、少しの失敗が命取りになるのだと、もう一度心に刻み込もう。

私がこの世界で生きて行く為に、寿命を全う出来る為に、幸せに生きて行く為にも、今日のこの事は他山の石としよう、そう誓った。


そして……。


私は学園に、身に纏う物全て新品で、伯爵家に相応(ふさわ)しい物に囲まれ今、入学式の朝を迎える。

学園では本来の物語では婚約者となり、アレの最愛とやらに心奪われて私を迫害し、私の全てを、尊厳や誇りを奪う者も入学するけど、関わるつもりは一切無い。

と言うか婚約自体していないし、向こうから接触して来てもスルーの一択だ。


一応調べてみたら、まぁこれが酷い。

物語の奴より酷かった。


現実のアレに比べれば物語の中のアレは、あれでも相当美化されていたと言って良い位のダメダメ男であり、あんなのと婚約し婚約者になんて絶対にしたくないそんな奴だったよ。

当然そんな奴とも、そんな奴の家とも一切関わりたくは無いので距離を取っている。


それと物語で私を救うスパダリは物語そのままの人となりであり、素晴らしい人であったけど、私は一切接触していないし今の所関わるつもりは無い。

物語で結ばれたからと言って、だからあの人と必ず結ばれなければならない決まりは無いのだから。

縁があれば出会うだろうし、そうで無ければ出会わない。只それだけの事。

多少時間を掛けてもじっくり考え、お母様にも相談しつつ選ぶつもりだ。

当然その辺りはお母様に前以て相談しているし、了解も得ている。

人を見極めるのには時間が掛かるし、時間を掛けて心を通じ合わせるのなんて当たり前の事なのだから。


ふと。前世の両親や妹達は今頃どうしているのだろうか? そんな事を思った。


下の妹。もう謝る事の出来ないあの子。


ねえ、私ね、あの日あんたの好きなザッハトルテを二(ふた)ホールと、マロンパイも二ホールに、ブッシュドノエルも丸々二本と、ドイツ焼き菓子の詰め合わせの一番大きいのを、あんたが大好きだったあの店で二時間並んで買ってたんだよ。


一番下の妹は、デパートの関西フェアでね、三時間並んで海ハイおばさんのチーズケーキを三ホールと、そこのアップルパイを二ホールに、一番大きな焼き菓子の詰め合わせを買ってあんたを待っていたの。


あんた一回食べたいって言ってたもんね。海ハイおばさんのチーズケーキと、アップルパイと、一番大きな色々入ってる、海ハイおばさんの焼き菓子の詰め合わせセットを。


私達ね、あんたの買って来てたケーキだとか焼き菓子をね、盗み食いして来た事のお詫びに、あんたが食べたいって言っていた物を献上してそれでね、改めてもう一回謝ろうと思っていたんだよ。それなのに……。


何でアンタは死んじゃうかなぁ……。


まさかトラックに跳ねられて死んじゃうなんて、まさかまさかだよ。

私や一番下の妹も、もうあんたに謝れ無いじゃない。


泣いて泣いて泣いて、散々泣いて、それでもあんたは帰って来ないで……。何で先に死んじゃうの? もう二度とあんたに謝れないし、家族皆でケーキや焼き菓子を食べる事が出来ないじゃないの……。


あんたは今何をしているの?

天国でのんびりゆっくり過ごしているのかな?

それとも私みたいに異世界転生したりしてるのかな? もしそうなら、もし私みたいに異世界転生しているのなら、どうか幸せに生きていて欲しい。

私にはそれ位しか出来ないけど、それでもあんたが幸せに暮らしている事を願うよ。


そんな私もあんたと同じく死んじゃったから、偉そうな事は言えないんだけどね。


結婚もせず、親に孫も見せずに先に死んで、そんな時代じゃ無いとは言え、結婚し孫め見せず死ぬのはやっぱね。

そんな時代じゃ無いと言っても、それでもそれを抜きにしても親より先に死ぬのは親不孝者だよ私は。


一番下の妹はどうしているだろう? 三姉妹の内一人残されて、本当に悪い事しちゃったな。

あんただけは長生きして、幸せな人生を全うしてね。願う事しか出来ないけど、お姉ちゃんはあんたの幸せを何時までも願っているよ。


前世のみんな、私は元気です。

色々あるけど、何やかんやで上手い事凌いでいます。

運良く記憶の継承があり、本来あり得た不幸せな人生を回避する事が出来た。そう考えれば私は運が良い。何より……。


前世の記憶があり、そのお陰で本来の流れを変える事が出来た。例え最終的にはハッピーエンドになるとは言え、それまでに受ける私の苦痛と屈辱は無くなる訳でもない。ましてや物語通り進めば、お母様が死出へと旅立った。私だってそんな嫌な事は経験したくも無いし、ドアマット人生何て嫌だ。何よりお母様をあんな愚か者達のせいで失うなど許せない。そう考えれば前世の記憶があって本当に良かった。

カルネアデスの板と言う言葉と共に、『終わりがハッピーエンドでなければ喜劇とは言えない』と言うセリフを思い出した。

これも下の妹が言っていた言葉だ。

ハッピーエンドで終われば途中で色々あれど、笑い話で済む。だけどそうで無ければ只の悲劇となる。私はこれからも常に考え、選択し、より良い未来へと繋げて行かないといけない。


私やお母様、そして伯爵家に関わる全ての人の為にも。

何より自分自身のより良い未来の為に、私はこれからも抗い続ける。例えどんな事があろうともだ。


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主人公が何度も次女にしてきた事を書いている流れがくどいな、と思ってしまいました。 盗み食いの過去の話が何度も何度も出てくるので、「次女の説教はウザかったから内心で謝ってるだけで、実はそんなに反省してな…
主人公が次女にしていた仕打ちがひどくてノイズになり、主人公が痛い目を見て欲しいという気持ちになってしまい最後まで読めませんでした。 家族の買ってきたもの、それも大変な苦労をして得たものと知りながら一度…
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