第2話「砂埃の道と銀色の騎士」
王都を出てから数日が経過していた。
ルークの歩む道は、次第に緑を失い、乾いた茶褐色の土がむき出しになる風景へと変わっていく。
靴の裏で踏み砕く砂利の音が、静寂な空間に規則的なリズムを刻んでいた。
太陽の光を遮る木々はまばらになり、容赦ない日差しが直接肩に照りつける。
風が吹くたびに細かい砂が舞い上がり、ルークの髪や服を白く汚していった。
唇はわずかに乾き、喉の奥には砂っぽさがへばりついている。
足の筋肉は長旅の疲労で重く、一歩を踏み出すたびに鈍い痛みを訴えていた。
それでも、ルークの歩みが止まることはない。
彼は街道脇の大きな岩の影に腰を下ろし、腰に下げていた革袋の栓を抜いた。
ゆっくりと口元へ運び、ぬるくなった水を少しだけ含む。
水は乾ききった喉を細く流れ落ち、細胞の隅々にまで染み渡るような感覚をもたらした。
手の甲で口元を拭い、小さく息を吐き出す。
視線の先には、地平線まで続く荒涼とした大地が広がっている。
空は雲一つない青色で、どこまでも高く澄み切っていた。
ふと、地面を伝う微かな振動にルークは気づく。
それは徐々に大きくなり、規則的な馬の蹄の音として耳に届き始めた。
『誰か来るのか』
こんな何もない辺境の道を行き交う者は珍しい。
ルークは岩に背を預けたまま、音のする方向へと視線を向けた。
遠くの土埃の中に、一つの影が見える。
猛烈な速度で駆け抜けてくる馬の背には、小柄な人影がしがみつくように乗っていた。
馬はルークの姿を認めるなり、いななきと共に前足を高く上げて急停止する。
舞い上がった盛大な土埃が風に流されると、そこには見覚えのある姿があった。
「ルーク……!」
切羽詰まったような、それでいて安堵に満ちた声が響く。
馬から飛び降りるようにして駆け寄ってきたのは、銀色の長い髪を束ねた少女だった。
ルークの幼馴染であり、王国近衛騎士団の団長を務めるセリアである。
彼女の透き通るような青い瞳は、ルークの姿を捉えて微かに潤んでいた。
普段なら身につけているはずの白銀の鎧はなく、動きやすい簡素な旅の装束に身を包んでいる。
額には汗が浮かび、肩で激しく息をする姿からは、昼夜を問わず馬を走らせてきたことが容易に想像できた。
「セリア? どうしてここに」
ルークは目を丸くして、岩から立ち上がった。
王都の守りの要である彼女が、なぜこんな辺境にいるのか理解が追いつかない。
「どうして、じゃないわよ。あなたが追放されたって聞いて、急いで追いかけてきたんじゃない」
セリアはルークの胸元にドンと額を押し当て、深呼吸を繰り返した。
彼女の髪から、ほのかな石鹸の香りと、旅の土埃の匂いが混ざり合って漂ってくる。
ルークは戸惑いながらも、宙に浮いた両手をゆっくりと彼女の背中に添えた。
服越しに伝わってくる彼女の体温が、ひどく温かい。
「騎士団長の仕事はどうしたんだ。僕にかまっている暇なんてないだろう」
ルークが静かに問いかけると、セリアは顔を上げ、きっぱりとした声で答えた。
「あんなもの、置いてきたわ」
その清々しいほどの即答に、ルークは言葉を失って瞬きを繰り返す。
「……置いてきた?」
信じられないというようにオウム返しに尋ねると、セリアは強く頷いた。
「ええ。剣も鎧も、団長の地位も全部。机の上に辞表を置いてきたの。ルークがいない国なんて、守る価値がないもの」
彼女の青い瞳には、一切の迷いがなかった。
その言葉の重さに、ルークは息を呑む。
セリアは幼い頃から剣の腕を磨き、誰よりも国のために尽くしてきたはずだ。
それを、たった一人の幼馴染のために全て投げ捨ててきたという事実に、ルークの胸の奥が熱く締め付けられる。
「君は本当に、無茶をする」
ルークは小さく苦笑いをして、セリアの頭にそっと手を乗せた。
細く柔らかな銀糸のような髪が、指の間をさらさらと滑り落ちていく。
セリアは嬉しそうに目を細め、ルークの手に自分の手を重ねた。
彼女の手は剣ダコで少し硬かったが、ルークにとっては何よりも安心できる感触だった。
「これからどうするの。あてはあるの」
セリアが上目遣いで問いかける。
「いや、特には。ただ、誰もいない辺境で、のんびりと畑でも耕そうかと思ってね」
ルークが穏やかな声で答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「いいわね、それ。私も手伝うわ」
セリアは明るく宣言し、ルークの腕にきゅっとしがみついた。
彼女の力強い言葉に、ルークは少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。
一人の孤独な旅になると思っていた道のりが、急に色鮮やかで温かいものに変わっていた。
二人は並んで歩き出す。
セリアが連れてきた馬の手綱を引きながら、ルークは空を見上げた。
太陽は西へと傾き、二人の長い影が荒野に伸びている。
足取りは重いはずなのに、不思議と疲れは感じなかった。
隣を歩くセリアの楽しそうな鼻歌が、風に乗って耳に心地よく響く。
冷たかったルークの世界に、確かな温度が灯り始めていた。
どこまでも続く砂埃の道は、もはや絶望の象徴ではなく、新しい生活へと続く希望の道標に見えた。




