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追放された宮廷錬金術師、辺境で気ままに土いじりしてたら神獣や幼馴染の天才騎士が集まり最強国家に〜今さら戻れと言われても〜  作者: 黒崎隼人


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第10話「ひび割れた王冠と崩れゆく街」

 かつては眩いほどの光を反射し、王国の栄華を象徴していた大広間の大理石の床は、今や薄汚れた灰色にくすんでいた。

 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアは魔力を失い、曇ったガラスの飾りが冷たい隙間風に揺れて、乾いた音を立てている。

 分厚いビロードのカーテンは色褪せ、窓から差し込む光はどこか弱々しく、部屋の隅に澱んだ暗がりを払うことができない。

 第一王子レオンは、金糸の刺繍が施された豪華な椅子に深く背中を預け、手の中にある銀細工のワイングラスを苛立たしげに揺らしていた。

 グラスの表面には細かい水滴がびっしりと張り付き、彼の指の熱を奪って冷たく濡らしている。

 中で揺れる深い赤色の液体は、まるで濁った泥水のように不気味な光を鈍く反射していた。

 レオンはグラスを口元に運び、一口だけワインを喉に流し込む。

 かつては芳醇な香りと滑らかな舌触りで彼を楽しませていたはずの最高級のワインが、今はひどく酸っぱく、ざらついた不快な後味だけを舌の上に残した。

 彼は顔をしかめ、飲み込むことすらためらうようにして、グラスを乱暴に木製のテーブルへと叩きつける。

 赤い液体が縁からこぼれ落ち、磨き上げられていたはずのテーブルの表面に赤黒い染みを作って広がっていった。

 その染みを見つめるレオンの目には、隠しきれない焦燥と、得体の知れない恐怖が渦巻いている。


「殿下、報告申し上げます」


 重厚な扉が軋む音を立てて開き、一人の伝令兵が大広間へと転がり込むように入ってきた。

 兵士の着ている鋼の鎧は泥と血で汚れ、激しい呼吸に合わせてガシャガシャと耳障りな音を立てて上下している。

 彼は石の床に膝をつき、深く頭を下げたが、その肩は小刻みに震えていた。

 兜の隙間から落ちた大粒の汗が、冷たい石床に吸い込まれていく。

 レオンは苛立ちを隠そうともせず、テーブルの上のワインの染みを指先でなぞりながら冷酷な視線を兵士へと向けた。


「言え。今度はどこの防壁が崩れた」


 その声には、かつての余裕や威厳は微塵も残っていなかった。

 ただ、次々と舞い込む絶望的な報告に対する苛立ちだけが、尖った棘のように声に混じっている。


「は、はい。西の防壁が完全に沈黙いたしました。結界の要であった魔石が砕け散り、外殻の石積みが砂のように崩れ落ちております」


 兵士の声はかすれ、恐怖で喉が引きつっていた。


「西の森から、無数の魔物が市街地へと侵入を開始。現在、第二騎士団が応戦しておりますが、魔物の数が多すぎます。さらに、北の農地帯でも土が急激に枯れ果て、作物が一日で黒く変色して砂に変わってしまったとの報告が……」


 兵士の言葉が続くたびに、レオンの指先が小刻みに震え始める。

 王国の絶対的な安全を保障していた強固な結界。

 豊穣を約束し、決して枯れることのなかった肥沃な大地。

 それらは全て、建国以来の神の加護であると信じられてきた。

 しかし、現実は違った。

 彼らが当たり前のように享受していた奇跡は、たった一人の錬金術師が、王城の地下の薄暗い工房で、自身の命を削るようにして紡ぎ出し続けていた魔力の賜物だったのだ。


「なぜだ……なぜ、急にこんなことになったのだ」


 レオンは低い声でうめき、両手で自分の金色の髪を乱暴に掻き毟る。

 頭の奥底で、かつて自分が吐き捨てた言葉が、冷たい刃のように何度も蘇ってくる。


『貴様の作る光るだけの石や、苦いだけの薬など、もはや我が国には不要だ』


 あの時、ルークは何も言い返さず、ただ静かに城を去っていった。

 彼の作っていた『光るだけの石』が都市を覆う広域防衛結界の心臓部であり、『苦いだけの薬』が土壌に魔力を供給して作物を育てるための特殊な霊薬であったことに、誰も気づいていなかったのだ。

 ルークが去ってから数週間、王都に備蓄されていた魔力は徐々に底をつき、緩やかに、しかし確実に崩壊の連鎖が始まっていた。

 壁はひび割れ、土は乾き、空気からは命の匂いが失われていく。

 街のどこかで、魔物に襲われた民衆の悲鳴が風に乗って微かに聞こえてくるような気がした。


「殿下、このままでは王都は三日と持ちません。いかがなさいますか」


 兵士が悲痛な顔を上げて指示を仰ぐ。

 レオンは虚ろな目で宙を見つめ、小刻みに震える唇を強く噛み締めた。

 鉄の味が口の中に広がり、痛みが彼の意識を強引に現実へと引き戻す。

 自分が致命的な過ちを犯したことは、すでに疑いようがなかった。

 しかし、肥大化した彼の自尊心は、その事実を認めることを強固に拒絶している。

 悪いのは自分ではない。

 国の真の状況を説明せず、勝手に出て行ったあの錬金術師の責任なのだと、自分自身に言い聞かせるように思考を歪めていく。


「……ルークだ。あの役立たずの錬金術師を連れ戻せ」


 レオンは椅子から立ち上がり、床に倒れたワイングラスを軍靴の底で無造作に踏み砕いた。

 ガラスの破片が鋭い音を立てて飛び散り、赤い液体がさらに広く広がっていく。


「辺境に向かったという報告があったな。すぐに出兵の準備を整えろ。第一近衛騎士団を総動員し、私が自ら軍を率いる」


 兵士は驚愕の表情を浮かべ、息を呑む。

 魔物が街に侵入しているこの緊急事態に、王都の守りを捨てて辺境へ向かうなど、正気の沙汰とは思えなかったからだ。


「しかし殿下、今、王都の守りを薄くするのは……」


「黙れ。あの男を連れ戻し、再び結界の石を作らせれば全て解決するのだ」


 レオンは血走った目で兵士をにらみつけ、怒鳴り声を上げる。

 彼の言葉には論理も理性もなく、ただ己の保身と責任転嫁の感情だけが渦巻いていた。


「どんな手段を使ってでも、鎖に繋いででも王都に引きずり戻してやる」


 大広間の重苦しい空気の中で、レオンの狂気を孕んだ声だけが空虚に響き渡る。

 窓の外では、かつて繁栄を誇った王都の空が、厚く濁った灰色の雲に覆われようとしていた。

 冷たい風がひび割れた窓枠の隙間から吹き込み、レオンの背筋を氷のように冷たく撫でていく。

 彼はその冷たさを振り払うかのように、豪華なマントを翻して部屋を後にした。

 石床に響く彼の足音は、崩壊への秒読みのように、焦燥と絶望のリズムを刻み続けていた。

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