5話
(まさか、今のを避けられるとは……。あの感覚、まさか『心眼』でも掴みかけている? ……いや、一時的な覚醒か。……不味いな、このままでは押し切られる……!)
オウマは焦燥に駆られ、目隠しの下で奥歯を噛み締めた。
(……仕方ない、背に腹は代えられん。多少ズルいが……前世の『魔眼』、その力の一端を借りさせてもらうぞ!)
精神を集中させ、閉ざされた視界の奥で禁断の力を呼び覚ます。オウマは顔を左右に振り、気配を探る。そして、唯一無二の「光」を捉えて動きを止めた。
(見つけた……。だが、なんだこのオーラは!? 金色だと……!? はあぁっ!? あいつ、自称・魔王志望だろうが! 真逆じゃないか、これではまるで『聖なる者』の……!)
驚愕がオウマを襲う。だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
(……しかも、この気配。俺の……勇者と同じだと……!? いや、違う! 違う! あんな生意気な小娘と、俺の可憐な勇者を一緒にするなっ!)
一方、その光景を少し離れた場所から眺めていた師匠は、深い溜息をついた。
目隠しをしたまま、なぜか奇妙なダンスを踊るように、互いの気配に過剰反応してシンクロし続ける二人。
「……なあ。ポテ太郎。あいつら、一体何してんだ?」
「ワンッ!」
ポテ太郎の短い返事も、どこか呆れているように聞こえる。師匠はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「「決めた(わ)! 倒す!」」
二人の声が重なり、空気が爆ぜる。
同時に覚悟を固めた二人は、弾かれたように距離を詰めた。
先手はユイシャ。最短距離を突き抜ける、鋭すぎる一振りがオウマを襲う。対するオウマは、全神経を研ぎ澄ませてその軌道を「魔眼」で捉え、辛うじて側面へ受け流した。
(――ぐっ、重すぎるんだよ、一撃がぁッ! どんな筋力してやがる!)
受け流した衝撃だけで、オウマの左腕は根元から痺れ上がる。
だが、彼は止まらない。痺れた左手から木刀を放り投げ、空中で右手に持ち替えると、その勢いのままユイシャの懐へカウンターの一撃を叩き込んだ。
死角からの、必殺の突き。
しかし、ユイシャはそれすらも「視えて」いた。彼女は重力を無視したようなアクロバティックな身のこなしで宙を舞い、オウマの木刀が鼻先をかすめる刹那の回避を見せる。
(……私の一撃を完全にいなして、即座にカウンターを狙うなんて。嫌になるほど頭の回転が早いわね、あオウマ!)
軽やかに着地し、再び距離を取るユイシャ。
その目隠しの奥にある瞳は、驚愕と高揚感に燃えていた。
(……なんだ、今の動きは。人間か? それとも、本物の化け物か!)
対するオウマも、荒い息を吐きながら戦慄していた。
半年前の「子供の体」の鈍さはもうない。
(くっ、そろそろ『魔眼』の反動で頭痛が限界だ……。次だ、次のユイシャの一撃を完全に読み切り、そこに必殺のカウンターを叩き込む!)
オウマは右手の木刀を低く構え、残された魔力を瞳に凝縮させる。
(……ふぅ、そろそろ集中力が切れそうね。次で決めるわ!)
対するユイシャも、荒い呼吸を整えながら木刀を両手で握り直した。彼女は迷いを断ち切るように地を蹴り、オウマへと猛然と突撃する。
(オーラの揺らぎを見逃すな。あの踏み込み、両手持ちの構え……真っ直ぐ来る! そこから予測される攻撃手段は三つ。――いや、まだだ。まだ見極めろ。選択肢を削れ、可能性を潰せ!)
オウマの脳内演算が加速する。
ユイシャは鋭く跳躍し、上段から一気に木刀を振り下ろした。
(予測通り……! 空中に逃げた(飛んだ)時点で、俺の勝ちだッ!)
オウマの口角が、確信に満ちた勝利の笑みに歪む。彼は半回転の鋭い身のこなしでその一撃を紙一重でかわし、無防備なユイシャの着地際を狙おうとした。
(これでユイシャの攻撃は地面を叩き――なっ!? しまった、不味い!)
だが、オウマの戦慄と同時に、空中にあるはずのユイシャの軌道が「物理法則」を無視して捻じ曲がった。
彼女は空中で強引に身体を捻り、垂直の縦振りを、豪快な横薙ぎへと変化させていたのだ。
咄嗟の判断でオウマも木刀を掲げて応戦したが、空中から叩きつけられた遠心力と体重の乗った一撃は、あまりに重かった。
――ガァァンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、防戦一方となったオウマは木刀ごと後方へと吹き飛ばされた。
「……あちゃー。行けると思ったんだけどな。これでも一本取れないなんて、オウマ、やるじゃない」
着地したユイシャは、目隠しをずらして少し残念そうに、けれどどこか楽しげに笑った。
そんな二人の様子を離れた場所から眺めていた師匠は、いつもの冷徹な仮面を脱ぎ捨て、珍しく穏やかな笑みを浮かべていた。
「……面白いな、あの二人は。なあ、お前もそう思うだろう? ポテ太郎」
傍らで尻尾を振っていた愛犬が、主人の言葉に同調するように、短く、弾んだ声で応えた。
「ワンッ!」
黄金の夕刻。
泥だらけのまま、互いの実力を認め合うように視線を交わす二人の影が、静かな村の風景に温かく溶け込んでいた。




