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4話

半年後。

当初は持ち上げることすら死に物狂いだった超重量のくわを、今や二人は手足の延長のように操り、広大な畑を黙々と耕していた。

かつての頼りない子供の面影は消え失せ、泥にまみれた四肢には無駄のない、強靭な筋力が宿っている。

特にユイシャに至っては、鼻歌交じりに余裕の表情で土を跳ね上げ、まるでおもちゃを扱うような軽やかさで作業をこなしていた。

そんな二人の成長を見透かしたように、縁側でくつろいでいた師匠が不意に立ち上がった。


「さて、お前ら。今回は、これを使え」


放り出されたのは、二振りの木刀。

だが、そのつば元には、わずかな振動でも鋭く鳴り響く「鈴」が括り付けられていた。


「それと、これだ」


続けて投げ渡されたのは、一切の光を通さない厚手の布。


「目隠しをした状態で、先に一本取った方の勝ちだ。負けた方は……そうだな。夕飯の狩りでも行ってもらうか、もちろん目隠しした状態でな」 


「「……はあぁっ!?」」


二人の絶叫が、のどかな村の空に木霊こだました。

視界を奪われた状態での真剣勝負。それはもはや技術を超え、野生の勘、あるいは「心眼」すら要求される狂気の沙汰だ。


「安心しろ。……お前らの力が本物なら、目など付いてなくても、獲物の首筋くらい見えるはずだ?」


師匠は無慈悲に口角を吊り上げると、獲物を待つ獣のような鋭い視線で、二人に構えを促した。


(身体能力ではユイシャには到底及ばない……。だが、視界を奪われたこの状況なら、俺にだってやりようはある!)


二人は微動だにせず、互いの呼吸すら盗み合おうと神経を研ぎ澄ませる。


(不用意に動けば、勘の鋭いオウマに位置を特定される。なら、音を逆手に取って一気に勝負を決める!)


――チリン。


静寂を切り裂く、鋭い鈴の音。

その音に過敏に反応したユイシャが、爆発的な踏み込みで距離を詰めた。


「そこだよ、オウマっ!」

「……ふん、ユイシャ。お前の反応速度ならそう来るよな」


ユイシャの正面から、風を切り裂く「音」が迫る。彼女は迷わず、その音の主――飛来する木刀に向けて迎撃の一閃を放った。

だが、それはオウマが放った「投擲」によるデコイだった。


「これで終わりだ!」


木刀を捨て、無音で肉薄していたオウマの拳が、防備の薄くなったユイシャの脇腹を正確に捉える。


「ここっ!」


しかし、ユイシャもさるもの。超人的な直感で即座に身を捩り、手元の木刀の柄でその拳を強引に弾き飛ばした。


「……えっ!? ちょっと待って師匠! オウマのやつ、木刀を投げ捨てて殴りかかってきたんだけど! これってアリなの!?」


目隠しをずらし、憤慨ふんがいしながら声を上げるユイシャ。対するオウマは、してやったりと不敵な笑みを浮かべていたが、師匠の反応はどこまでも無表情だった。


「ユイシャ。俺は『一本取れ』としか言ってない。手段を限定した覚えはないぞ」


その言葉に、ユイシャの顔が驚愕に染まる。だが、師匠は顎に手を当てて、少しだけ面倒そうに言葉を継いだ。


「……だが、まあ、お前ら二人が木刀を投げ捨てて泥臭い殴り合いを始めるのも、絵面的にアレだな。よし、ルール追加だ。『最終的に木刀で一本取ること』。それまでの過程なら、拳でも蹴りでも好きにしろ」


淡々と、だが絶対的な拒絶を許さないトーンで下された追加ルール。

「策士」を気取っていたオウマのドヤ顔が、その瞬間にピキリと固まった。


「……け、経過なら何をしてもいいのだな? ならば問題ない!」


動揺を隠すように叫ぶオウマ。だが、目隠しの下で冷や汗が流れる。

一方のユイシャは、不敵な笑みを浮かべて木刀を握り直した。


「……へぇ。殴ってもいいなら、遠慮しないわよ? オウマ」


「――おい、無駄話は終わりだ。さっさと目隠しを戻せ。再開だ」


師匠の冷徹な号令が響く。

二人の間に、先ほどよりもさらに殺伐とした、そしてどこか「本物の戦場」に近い熱を帯びた空気が流れ始めた。


(……思い出すのよ。勇者だった頃の、あの研ぎ澄まされた感覚を。目で見るんじゃない、心で世界を感じるの……)


ユイシャは深く息を吐き、木刀を正眼に構える。

もはや自身の木刀から鳴る鈴の音すら、彼女の集中を乱すノイズにはなり得ない。精神を極限まで研ぎ澄ませ、外界のわずかな揺らぎを捉えようと神経を尖らせる。

対するオウマは、再開の合図が下された瞬間の位置関係を、脳内の地図に完璧に刻み込んでいた。


(先手必勝だ。今この瞬間、奴はまだ動いていない。位置は完全に把握している……ここで決めるッ!)


オウマは迷わず地を蹴った。

最短距離、最速の踏み込み。自らの鈴を激しく鳴らしながらも、それを逆手に取るような力強い突撃だ。


「ここだぁッ!」


確信に満ちた咆哮と共に、オウマの放つ一撃がユイシャの眉間へと肉薄する。

視界を閉ざされた闇の中で、死の予感だけが鮮烈に弾けた。その刹那――。


冷たい水の雫が、一滴。

波紋を描くようにユイシャの意識を叩いた。


(……『色』が、視えた)


すべてが止まったかのような静寂の中、漆黒の視界に鮮烈な筋が走る。

それは、水面に落ちた一滴の雫が波紋を広げ、暗闇の底を照らし出すかのような、あまりに純粋な直感の目覚めだった。


ユイシャの脳裏に、漆黒の闇を切り裂く一筋の光――「攻撃の軌跡」が鮮明に浮かび上がる。

彼女は迷わず、その「色」に向けて自身の木刀を合わせた。


――ガギィィィンッ!


火花が散るような衝撃音が響く。


「……見切られただと!? ……だがッ!」


初撃を完璧に防がれたオウマだったが、その心は折れない。

彼は即座に右手の木刀を離すと、落ちる前に左手へと持ち替え、返す刀でユイシャの死角へと強引に捩じ込んだ。魔王としての誇りと執念が、子供の体で限界を超えたアクロバティックな一撃を繰り出させたのだ。


「……ほう。器用な真似をするな、あいつ」


離れた場所から戦況を見守っていた師匠が、珍しく感心したように、低く独り言を漏らした。

対するユイシャは、迫りくる左手の一撃を、まるで最初から知っていたかのように鮮やかに見切る。


「……視えてるよっ!」


彼女は吸い込まれるようなバックステップで間合いを外し、木刀の切っ先を紙一重で回避した。

だが、その完璧な回避とは裏腹に、ユイシャの心臓は別の意味で激しく波打っていた。


(……えっ、ちょっと待って!? どういうこと!?)


目隠しの奥、研ぎ澄まされた感覚が捉えた「色」。

先ほどまで無機質な光の筋だったオウマの気配が、今はどろりと濃密な、妖しくも気高き「紫色」に変質していたのだ。


(……なんで!? なんでオウマの色が、あの方――私の愛する魔王様と同じ色に視えるのよぉぉぉッ!?)


あまりの衝撃に、ユイシャの脳内は一瞬でパニックのどん底に叩き落とされる。


(……嘘でしょ、ありえないわ! 私の目が腐ったの!? それとも修行のしすぎで頭がおかしくなっちゃった!? よりによって、この生意気なクソガキがあの方と同じ色だなんて……認めない、絶対に認めないんだからぁぁあ!!)


激しい動揺。

ステップを踏む足元がわずかに乱れ、先ほどまでの「勇者の静寂」が、一気に「乙女の暴走」へと塗り替えられていく。



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