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1話

「断言するが、目指すなら『勇者』一択だ!」

「分かってないねオウマ。絶対に『魔王』の方が勝ち組なの!」


のどかな田舎村。せせらぎが聞こえる川べりで、二人の少年少女が、木の枝を手に激しい口論を繰り広げていた。

先に吠えたのは、勇者を自称する少年、オウマだ。


「いいかユイシャよ、魔王なんて少しも面白くないぞ! 部下どもは『魔王様、魔王様』と擦り寄ってくるが、中身は食糧難だの資金調達だの、面倒な報告ばかりだ。たまに遊びに行こうとすれば『魔王としての威厳がー!』と全力で止められる。あいつら、都合がいい時だけ媚びへつらいやがって……!」

「それはオウマが甘すぎるんだよ! 勇者なんて、それ以上に悲惨なんだから!」


魔王を自称する少女、ユイシャが負けじと枝を突き出した。


「『人類の希望』なんておだてて、責任だけは全部こっちに丸投げ! ちょっと失敗しただけで、手のひらを返して罵倒の嵐だよ? あっちで魔物が出た、こっちで村が襲われたって、年中無休の呼び出しだし……。勇者なんてブラック労働、二度と御免なの!」


泥だらけの顔で、互いの「前世の愚痴」をぶつけ合う二人。

その鋭い眼光、隙のない構えは、もはや子供のごっこ遊びを完全に逸脱していた。

見守る村人たちは、あまりの気迫に固唾を呑んで立ち尽くすしかない。


「いや重い重い重い! 子供の会話じゃねぇだろ!?」


殺気すら漂う真剣勝負の空気。

……だがその時、二人の間に「抗えぬ理不尽」が割り込んだ。


「おい、お前ら! いつまで遊んでやがる!」


静寂を叩き割るような怒声。

次の瞬間、交差する二本の枝の「中心」を、師匠の両手が寸分の狂いもなく捉えていた。


((……なっ!?))


師匠がいつ、どこから現れたのか、その予備動作すら一切感知できなかったのだ。

師匠はそのまま、流れるような円の動きで二人の手首をひねり上げる。

逆らおうにも、まるで大地の回転そのものを押し付けられたかのような、技の冴え。


「あだっ!?」

「ぎゃふんっ!」


抵抗する間もなく武器を奪われ、オウマとユイシャは無様に地面へと転がされた。

仁王立ちで二人を見下ろしているのは、村の師匠だった。


「畑仕事はどうした! このままなら今日は二人とも晩飯抜きな!」


その一言で、場を支配していた空気は音を立てて破裂した。


「し、師匠! すみませんっ!」


ユイシャは跳ねるように立ち上がり、深々と頭を下げる。

一方、オウマも立ち上がったが、泥を払いながらもなお不敵な態度を崩さない。


「ふん、俺は勇者を目指している! お前ごときに頭を下げる道理など――」

「よし、オウマ。お前はメシ抜き確定な」

「……し、仕方ない。今回だけは特別に、頭を下げてやろうではないか」


オウマの勇者道は、空腹の恐怖の前に、あまりにもあっけなく売り払われた。

師匠に左右の襟首をがっしりと掴まれ、子猫のように引きずられながら畑へ向かう道中。

オウマは屈辱に震えながらも、内心で冷静に分析していた。


(……魔王だった俺が人間に転生した上に、こんなガキの姿にされるとは。だが、折角の人生、もう魔王なんて懲り懲りだ。それならば、俺が一目惚れした、あの勇者に近づくために、今世では俺が勇者になってやる!)


オウマは、かつて自分と相対した勇者が忘れられなかった。


(……それにしても、あのユイシャの言動……。妙に生々しかったな。まさかあいつ、俺の部下だった奴じゃ……いや、そんな訳ないか)


反対側の手で引きずられているユイシャもまた、漠然と考えていた。


(まさか、勇者と呼ばれた私が転生して子供になるなんて。でも折角の人生だし、もう勇者なんてブラックな仕事はイヤ! それなら私が、一目惚れした、あの 魔王様に近づくために、今度は私が魔王を目指すの!)


ユイシャは、最後に刃を交えた魔王に心を奪われていた。


(……でも、オウマの言葉、実感がこもりすぎていたわね。まさかアイツ、私が仕えていた国王……いや、まさかね)


土埃を上げながら引きずられていく二人。その背中に、師匠の低く鋭い声が飛ぶ。


「――ほう。お前らは本気で『勇者』や『魔王』を目指してるのか?」


その問いに、二人は吊り上げられたまま、迷いなく声を揃えた。


「当たり前だ! 俺が……俺こそが勇者になる!」

「当然よ。私が次代の魔王になるわ!」

「なるほどな」


師匠は鼻で笑うと、二人を地面に放り出した。

自由になった二人が泥を払って立ち上がるのを待たず、師匠は淡々と問いを重ねる。


「で、具体的にどうやってなるつもりだ? そこの『勇者君』と『魔王ちゃん』よ」

「…………」

「…………」


二人の動きが、ピタリと止まった。

その場に、気まずい沈黙が流れる。


「……勇者に、どうやって、なるんだ……?」

「……魔王って、どうやって、なるのかしら……?」


前世では「選ばれし者」として、あるいは「魔族の長」として、当たり前のようにその座に君臨していた二人。

だが、今の自分たちは、何の影響力も持たないただの村のガキだ。


(……待てよ。そもそも『村人』から勇者になれるのか? 前世は先代魔王の跡を継いだだけだし、勇者になる手順なんて知らんぞ……)



(……あれ? 普通の人間が魔王になれるの? 前世は先代勇者の娘として聖剣を引き継いだだけだし……魔王への転職活動なんて聞いたことないけど……)


二人は同時に、ある「絶望的な結論」へと至る。


「「――血筋かッ!?」」


才能も努力も関係ない、生まれながらの特権階級。

その残酷な現実に顔を青くした二人に対し、師匠は呆れたように吐き捨てた。


「お前ら、たまに息が合うな。だが、もしその理屈が正解だとするなら……」


師匠は冷ややかな視線で二人を見下ろし、容赦なく言い放つ。


「お前らの様な『そこら辺で拾われたガキ』には、一生かかっても逆立ちしたって無理だろ?」


「「た、確かに……っ!」」


ぐうの音も出ない正論。

前世で「選ばれし二世」だった二人は、今の自分たちが「何者でもない村の子供」であるという現実に、絶望のどん底へと叩き落とされた。

だが、師匠はそこでニヤリと不敵に口角を上げた。


「……だが安心しろ。お前らの出した答えは、不正解だ」


((え……!?))


顔を上げた二人に、師匠は地響きのような威圧感を放ちながら告げる。


「答えは至極単純だ。お前らに必要なのは、純粋な『暴力』だよ」


((ぼ、暴力……!?))


唐突な物騒な単語に、二人の背筋が凍りつく。

だが、師匠の声はどこまでも冷徹で、それゆえに抗いがたい真実味を帯びていた。


「例えば『勇者』だ。正義だの希望だの耳当たりのいいことを抜かしてはいるがな、圧倒的な『暴力』がなけりゃ何一つ守れねぇし、成し遂げられねぇ。……『魔王』も同じだ。恐怖で民を支配し、世界を跪かせるには、他を寄せ付けない絶対的な『暴力』が必要になる。……そうだろ?」

「「…………っ!」」


図星だった。

かつての自分が「勇者」や「魔王」として君臨できていたのは、他ならぬ最強の武力、すなわち「暴力」を有していたからに他ならない。


「つまり、お前らがどんなに高尚な目的を掲げようが、その振るうべき『暴力』を手に入れられねぇ限り、一生ただのガキで終わるってことだ」


(暴力、か。確かに今の俺の体には、魔王の血筋すら流れていない。魔力の一片すら感じられない、知識と経験だけを引き継いだ……ただのガキに過ぎん)


オウマは、己の頼りない拳を握りしめ、内心で苦渋を噛み締めていた。


(暴力、ね。まぁ、この体には勇者の血筋が流れていないもの。聖なる加護も力も全く使えない……ただの経験と知識を持ち越しただけの、か弱い子供……)


ユイシャもまた、前世の貯金が通用しない現実を突きつけられ、底知れぬ不安に苛まれていた。

そんな二人の揺らぎを、師匠は見透かしたように鼻で笑った。


「安心しろ。お前らは、俺に拾われて運が良かったな」


((え……?))


二人が顔を上げると、そこには夕闇を背負い、山のように巨大で不敵な師匠の影があった。


「血筋は関係ない。ただの空っぽだからこそ……純度の高い『暴力』が詰め込める。安心しろ。この俺がお前らに本物の『暴力』ってやつを叩き込んでやるよ」


師匠は、ただそこに立っている。

構えはない。だが、その自然体である。


「ほら、来い。先ずは見せてみろ。お前らの……その矮小な『暴力』ってやつをな」


挑発的な言葉とは裏腹に、師匠の瞳は凍てつくほどに冷徹だった。

オウマとユイシャの背筋に、突き刺さるような悪寒が走る。


(……この男、底が見えん。魔力も気配もない。なのに、一歩踏み込めば即座に首を刎ねられるような、圧倒的な死の予感しかしない……!)


前世で幾多の戦場を支配した魔王オウマが、本能的な恐怖に指先を震わせる。


「……ふん。いいだろう、受けて立ってやる!」

「望むところよ……! 後悔しても知らないんだから!」


恐怖を塗りつぶすように、二人は泥だらけの手に再び「枝」を握りしめた。

それはもはや子供の遊びではない。

前世の意地と、今世の渇望を乗せた――文字通りの死闘が始まろうとしていた。

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