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ダンジョンを掘る  作者: 海産物
第1章 ダンジョンマスター
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ディグアント・ナイト

 変異ディグアントの死骸を観察しながら、ノアは眉をひそめた。


 「……おかしいな。こいつ、フェロモンの量が多すぎる」


体内の分泌腺が過剰に発達している。それは巣の防衛中枢に近い個体、つまり女王の近衛種であることを意味していた。


 「まさか……巣の中心が、こんな浅い層に?」


数年間このダンジョンを歩き回ってきたノアだが、女王蟻の姿を目撃したことは一度もなかった。女王はもっと深く、誰も到達できない層にいると考えられていた。


だが、変異体の出現と、この個体の生態異常――


「……深層から逃げてきたか、それともこの層に新しい巣を?」


ノアは床に落ちたフェロモン袋を慎重に取り外し、専用の小瓶に収めると、歩を進めた。


 


通路は次第に狭く、湿り気を帯び、やがて人工物の匂いが失せていく。


自然洞窟のような岩肌の先――そこには、巨大な空洞がぽっかりと口を開けていた。


ノアは息を呑んだ。


 「……女王の部屋か」


中は蟻の巣とは思えないほど広く、天井にはぶら下がるような繭が多数形成されている。おそらく、新たな変異個体の孵化を待っているのだろう。


巨大な空洞の中心——


そこにいたのは、ノアの予想を遥かに超えた存在だった。


ディグアント・クイーン。


全長五メートルを優に超え、深紫色に輝く甲殻。膨張した腹部は繭や卵塊と管でつながり、ダンジョンの“心臓”のように律動している。


「……さすがにでかいな」


ノアは囁くように呟いた。


だが、その脇に――さらに三体。


女王の護衛、ディグアント・ナイト。


通常種よりも二回り大きく、分厚い前脚は盾のように硬質化していた。脳の半分を防衛本能に割いたような、極めて攻撃的な個体。


「まずはこいつらからか……」


ノアは腰のポーチから、手のひらサイズの黒煙玉を取り出す。


中身は特製の毒煙。神経伝達を微弱に阻害し、対象の動作を遅らせる薬剤が仕込まれている。


「昆虫型なら、神経節に効くことは実験済み」


乾いた音と共に地面に投げつける。


パシュッ!


瞬時に濃灰色の煙が周囲に広がり、視界が霞む。ノアは毒素に耐性のある呼吸フィルター付きマスクを素早く装着した。



煙に包まれたディグアント・ナイトたちは即座に動きが鈍くなる。


前脚の振りが遅れ、顎の噛みつきもタイミングがずれた。


「効いてるな……!」


ノアは煙の中を滑るように走り、1体のナイトに対し、脚部の関節を狙ってハンマーを振り下ろす。


ゴン!


乾いた音と共に関節が砕け、ナイトがバランスを崩す。続けざまに炸裂玉を顎へ放り込んだ。


爆音。


甲殻が弾け、体液が飛び散る。


「よし、1体」


だが次の瞬間――女王が反応した。


触角がうねり、巨大な頭部がノアの方を向く。


「毒煙……効いてない、か」


ディグアント・クイーンはまったく動じず、触角を震わせて周囲の煙を“感知”する。ナイトを守るように、管の一部が警戒するようにうねった。


煙が徐々に薄れてくる。


時間がない。


 


ノアは、煙が切れる直前を狙って動いた。


懐から閃光玉と音爆弾を同時に取り出し、地面へ叩きつける。


パァンッ!!


閃光が洞窟内に白い稲妻のように走り、直後に耳を劈く爆音が鳴り響いた。


近衛のナイトたちは触覚と聴覚を攪乱され、その場で立ち尽くす。


ノアはすかさず飛び出す。


「鈍った、今!」


2体目のナイトへ背後から接近し、首の根本をピンポイントで強打。


ヒビが走った甲殻に、追撃の杭打ち式爆弾を突き刺す。


「沈め!」


ゴゥン!


鈍く炸裂し、ナイトが崩れ落ちた。


だがその直後、クイーンが動いた。


触角を大きく震わせ、腹部からぬめりのある管が伸びる――


次の瞬間、嘶くような音とともに、強酸の弾が飛来した。


「ッ――!」


ノアは咄嗟に横へ飛び退く。


地面に着弾した酸が石を溶かし、白煙を上げる。


「援護か……!」


クイーンは動かずとも、周囲の状況を把握し、即座に反応していた。


防衛本能――それすら戦術的に機能している。


 


しかし――


残る1体が動いた。


咆哮のような鳴き声を上げて、毒煙が残る空間を突き破って突進してくる。


ノアは即座に判断を切り替え、正面から迎撃に転じる。


蟻用誘導液の小瓶を取り出し、ナイトの顔面めがけて投げつけた。


液体が甲殻に付着した瞬間、ナイトがわずかに進行方向を乱す。


ドガンッ!


そこに合わせて、ノアのハンマーが側面から打ち込まれた。


「落ちろッ!」


地響きと共に、最後のナイトが動かなくなる。



ノアは息を整える間もなく、クイーンの方へ目を向けた。


――その瞬間だった。


クイーンの腹部から伸びていた複数の管が、ぬるりと蠢きながら卵塊から抜け落ちる。まるでへその緒を断ち切るように。


管の付け根から噴き出した粘液が床に滴り、煙を立てる。


「……来るか」


甲殻が軋む音を立てながら、ディグアント・クイーンがゆっくりと巨体を持ち上げた。


先ほどまでただの“巣の核”に見えていた存在が、今、戦うための“女王兵器”へと変貌しようとしている。


目のような複眼が、確かにノアを見据えていた。


ノアは静かにハンマーの柄を握り直した。


深層に潜み続けた支配者が、ついにその殻を破って動き出す。


女王戦、開始



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