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ダンジョンを掘る  作者: 海産物
第1章 ダンジョンマスター
1/3

蟻のダンジョン

世界には無数のダンジョンが存在する。

 そしてそのひとつひとつが、名を持ち、性質を持ち、意志を持っている。


 そんな中でも“蟻のダンジョン”と呼ばれる迷宮は、冒険者たちから極端に嫌われていた。

 理由は単純。広く、何もなく、ドロップが渋い。


「……いつ来ても、鬱になる構造だな」


 そう独りごちるのは、ひとりの中年にさしかかる男――ノア・ノーム。

 冒険歴は十年を超えるが、決して名のある英雄ではない。

 

 人気も名声もない辺境ダンジョンばかりを請け負い、モンスター掃討、罠の無力化、構造調査などを黙々とこなす。

 派手な魔法もなければ、伝説級の武器も持っていない。

 ただ慎重で、準備を怠らない。


「今日は、左の層から崩れてきてるな……こっちの道は後回しだ」


 手にした地図は、彼自身が三年かけて作った手描きのものだ。

 ドロップがない分、調査成果の売却で生活を立てている。

 そんな生活を続けていたら、”働きアリ”――《ワーカー》なんて通り名がついた。


 “蟻のダンジョン”には、ディグアントと呼ばれる大型の蟻がポップする。

 本来、ダンジョンの壁は破壊不可能なはずだが、あいつらだけは例外だ。自力で巣を掘り広げ、時に迷宮の外にまで拡張していく。


 放っておくと、町の地下まで巣が伸びてくる。

 だからギルドは定期的に、見回りと巣の縮小を目的としたクエストを出している。


 ……とはいえ、ディグアントの素材は使い道が少ないし、このダンジョンから出るアイテムも総じて渋い。

 おまけに戦闘より探索がメインで、ソロでもこなせる内容だ。

 当然、報酬金も安い。


 だから誰もやりたがらない。

 だがそんな他の奴らが見向きもしないクエストが、俺の専門。


 狭く、息苦しい通路の奥。ノアは静かに足を止めた。


 ――いた。


 目の前に現れたのは、明らかに通常種とは異なる異様な蟻だった。

 全身が黒光りする甲殻に覆われ、顎は通常よりも一回り大きい。

 背には細かい棘が生え、腹部が異様に膨れ上がっている。


 《変異ディグアント》。

 自然発生か、それともこのダンジョンの深層で何か異変が起きているのか。


「……変異体か。やっかいだな」


 ノアは腰のポーチから小瓶を取り出す。中には、粘性のある黒い液体。

 蟻用誘導液――事前に回収したディグアントのフェロモンと、果物から絞った蜜を混ぜた手製の餌だ。


「少しだけ、こっちに意識を向けてもらおう」


 壁の影、敵からやや離れた位置に誘導液を塗りつける。

 変異ディグアントは一瞬たじろいだが、すぐに嗅覚で液体に反応。音もなくそちらへ向かって歩き出した。


 その瞬間、ノアは手元の閃光玉をディグアントの眼前へ投げつける。

 バンッ!

 白い閃光が通路を満たし、変異ディグアントが暴れ出す。


 「視覚を奪えた……!」


 ノアは脇差しほどの長さのハンマーを振り上げ、全身の体重を乗せて頭部へ一撃を叩き込んだ。

 ガンッ! 金属を殴ったような鈍い手応え。だが――効きが浅い。


 「……やはり、装甲が厚いか」


 敵は一瞬たじろいだが、すぐに顎を鳴らしこちらをにらむ。

 反撃の気配を感じ、ノアはすぐに後退。敵が突進してきたその瞬間を狙い――再び頭部へ、今度は軌道を変えて横から強打!


 ガゴッ!

 変異ディグアントが仰向けに倒れ、数秒間の硬直――スタン状態。


 「今だ」


 ノアは間髪入れず、敵の右前脚の関節部に狙いを定めてハンマーを振り下ろす。

 ガシャンッ――鋼のような外殻が砕け、白い体液が飛び散った。関節の可動を失った敵はバランスを崩す。


 さらに左脚の関節へ一撃、そして首元――甲殻が継ぎ目になっている部分に叩きつける。


 変異ディグアントは痙攣し、ついに動かなくなった。


 ノアは息を整えながら、血と体液が混じったハンマーを床に突いた。


 「……正面から殴り合う相手じゃないな。想定通りとはいえ、硬かった」


 静かになった通路に、彼の独り言だけが静かに響いた。



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