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<R15>15歳未満の方は移動してください。

風呂場にて

作者: コロン

しいなここみ様の「冬のホラー企画3」参加作品です。


★R15です。

★人を殺す描写があります。

★コロンの作品では一番の胸糞になります。

★ガチ怖のつもりです。


苦手な方はお避け下さい。










「今日は泊まって行かないの?」


 僕の問いかけに困った顔した香織が振り返える。

「うん…明日妹が遊びに来るって言ってたから…部屋も片付けたいし」

「そっか。…じゃあ駅まで送るよ」

「大丈夫。英智(ひでと)も仕事忙しいんでしょ?最近凄く疲れた顔してるよ?」


 そう言って香織は伸ばした右手の親指で僕の目の下の隈をなぞる。


「…でも、少しでも長く香織と一緒にいたいから…」

「ありがとう。じゃあ駅まで」


 付き合って4年。1ヶ月後には式を挙げる予定の香織。


「寒いからちゃんと上着着てね」

「うん」


 寒いのは苦手だが、アパートに一人で居るのはもっと苦手だ。

 寒空の下、繋いだ手の暖かさがこのところの疲れを癒してくれる。


 駅が見えて来た時、香織の手を離したくないと思った。

「香織。やっぱり泊まっていけば?」

「う〜ん、そうしたいのはやまやまだけど…今日は帰らないと。ごめん」

「……そうだよね。妹ちゃんによろしく言っといて」


 改札を歩いて行く香織の後ろ姿に手を振る。



 香織と来た道を一人で戻る。

 式の前にはこのアパートも引き払う予定だ。

「あと少しの我慢…か…」



 香織がいなくなると急に冷えた部屋になる。


「風呂…」

 風呂はさらに寒い。

 それと最近排水溝から上がってくる臭いが酷い。

 錆びた鉄のような臭いが鼻をつく。雨の日は特に臭いがひどくなるのだ。


 シャワーだけで済ませたいところだが、冬はそれでは寒いのできちんと湯船に湯を張る。

 服を脱ぎ、シャワーから出る水が熱くなるのを待つ。

「早く早く…寒〜…」


 熱くなった湯を足元からゆっくりあて、カラダが温まったところで頭を洗う。

 僕は立ったままではなく椅子に座って洗うスタイルだ。


 頭に湯をかけシャンプーが目に入らないよう目を瞑る。



 …この時が一番怖い。


 どれだけ熱い湯を掛けていても、背中を冷気が覆いだす。


 そして目を瞑っていても背後に誰かいるのがわかる。

 背後に誰かがいる気がする。というものではない。ぼんやりとした輪郭が徐々にくっきり人型を創り、それが背後に本当に立っているのがわかるのだ。


 女。


 髪の長い女が、ぽってりとした腹を撫でながら僕の背後に立っている。

 首を深く項垂れ(うなだれ)、カラダを前後にユラユラと揺らしている。


 そして女がゆっくり腰を曲げ、至近距離で僕の顔を覗き込んでいるのがわかる。

 女の頭はぐらぐらと変な角度に動く。

 僕が少しでも動けば触れてしまいそうな程近くに女の顔がある。


 目を瞑っている時にしか見えないけれど、もし目を開けた時に本当に目の前にいたら……



 怖い







 

 恐怖に耐えきれず、覚悟を決めて目を開ける。


 当たり前だが誰もいない。

 いつもと変わらない風呂場にホッとして…

 湯船にカラダを沈める。


 1ヶ月ほど前から突然現れるようになった顔の見えない女。


 毎日の風呂が憂鬱。


「なんで僕がこんな目に…」


 香織との結婚式の準備や、仕事での大きなプロジェクトを任されたばかり。

 風呂場に幽霊が出るから困っている。なんて相談出来るわけない。


 理不尽に思える今の状況。


「…なんで僕がこんな目に…」


 湯船の中で膝を抱えた。





 。。。




 香織のいない日曜日の夕方。

 珍しく来客があった。










「美咲を知りませんか?」



 美咲の写真を見せられる。

 同じアパートの3階の住人。

「娘と半年前から連絡が取れなくなり、警察に行方不明の届けは出しているのですが…音信不通の家出人というかたちで扱われてしまって…警察は何もしてくれないんです」

 家族としては納得がいかない、警察はあてにならないと、手掛かりを求めてまずはアパートの聞き込みから始めたそうだ。


 美咲。

 すっかり忘れていた名前で記憶が蘇る。


 美咲の両親という2人に、僕は話せる事を全て話す。


「お互い同じアパートというのは知っていますので、会えば挨拶する感じでした。僕も…半年前にお会いしたのが最後で…その後は…すみません」


 何かおかしな様子はなかったか、誰かと一緒にいたのを見たことはないかなど色々聞かれたが、僕が()()()()は全て話した。


「すみません。これ以上話せることはないです。僕も今日まで美咲さんの事は忘れていたくらいなので…」

 そう告げると、肩を落として去っていく二人。


 パタリと閉まるドア。




 一人になった玄関で、思わず笑いがでる。



「ふ…はは…そっか、アイツ…もう一度殺してやりてぇ…」



 美咲…

 同じアパートの3階の住人。

 会えば挨拶をするようになり…

 ある日偶然駅で会ったのをきっかけに、挨拶するだけの仲ではなくなった。


 結婚したら簡単に遊べなくなる。

 独身最後の悪足掻き。


 そんな思いから手を出した。

 美咲も割り切った関係だとわかっていたはずなのに…


「妊娠したみたい」


 ぽってりと膨らみ始めた腹を撫でながら、美咲は僕に言った。

「妊娠…?」

「そう。あなたの子どもがお腹にいるの。だから彼女と別れて欲しいの。一緒に育てて…」


 僕は嬉しかった。

「妊娠したの?良かった。嬉しいよ。丁度別れる理由を探してたんだ」


 美咲は「喜んでくれるの?嬉しい…反対されると思って…」と言って涙ぐんだ。

「大事な時期なんだから、立ってないで座りなよ」

 僕はソファをポンポンと叩く。そして彼女が座ると同時に彼女に手を伸ばす。


「本当、別れる理由を考える手間が省けたよ」


 美咲の顔をソファに押し付け、彼女の首に僕の膝を当てて一気に体重を乗せる。

 大声を出されたら困るから、失敗しないように精一杯力を入れた。


 ゴキ…鈍い音がして美咲は動かなくなった。


 思ったより簡単だった事に少し驚いた。


 あとは少しずつ美咲のカラダを風呂場で小さくすればいい。




 。。。



 半年程前の出来事であるが、仕事の忙しさや香織との結婚の準備の中で美咲のことはすっかり忘れていた。

 風呂場の幽霊が美咲なら、もう怖がる必要はないと思った。



「あと数週間で引越すし…怖がって損した」



 美咲のせいで無駄に怯える日々を過ごしてしまった。




 今日からゆっくり風呂に入れる。




 そんな事を考えながら、ソファに横になった。


 

 




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― 新着の感想 ―
∀・)これは文学だからこそ魅せることができるホラー作品ですね。 ∀・)風呂場でおきる怪異におびえる主人公。ここまでは読者もついてこれるし「はいはい。おきまりのパターンね」と感じる人もいるかもしれない…
記憶……脳が主人公にとって必要な情報と不要な情報とを分類した結果なのでしょうけれど……割り切って考えられる人って凄いなぁと思ってしまった。こういうメンタルの人だから、過去にそういった行動を平気でとって…
うん。確かにひどい。 主人公の人格が‥‥。
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