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009.人生なんてあみだくじのようなもの

 友人と婚約者から酷い裏切りに遭ったものの、上司や他の友人、家族からの優しい気遣いに慰められてしまった。被害者の会と言ってたから、自分が知らないだけで結構な人数が阿津子の餌食になっていたってことなんだろうな。あの場で私入れて三人はいたわけだし。

 

「オレ様イケメン、やるなぁ」

 

 紗里に飲み会でのことを話したら良い笑顔でサムズアップされた。

 

「お姉の相手にはピッタリだと思うよ。しっかり者だけどうっかりもしてるとかその通りだし」

 

 反論できない……。

 飲み会で満場一致のうっかり認定は衝撃だった。自分の中ではもう少ししっかり者のつもりだったよ……。

 

「お世話うんぬんは置いといても、共働きなら家事が嫌いじゃないっていうならいいと思うけどなー。何が気に入らないの? オレ様だから?」

「オレ様は直すって言ってた」

「更に良し。それで? お姉は何が不安?」

 

 ……紗里のほうが姉のようだ……。頼り甲斐のある姉として妹のフォローをしたかった。

 

「まだ婚約が解消されて間もないわけだし……」

 

 これですぐに誰かと付き合ったら、光太郎や阿津子のことを言えないんじゃないかと思ってしまう。それに、今すぐ誰かと恋愛というのが考えられない。唯山は恋愛感情がなくても暮らせばいいと言っていたけど、唯山に好きな人ができた時にまた捨てられることを考えると、怖いと思ってしまう。

 

「あのね、あっちは婚約中に、それも式目前に不貞を働いたどうしようもない奴らなの。お姉は婚約も解消した後なんだからなんの問題もないの」

 

 理屈ではそうだと分かっているけど、素直に頷けない。

 

「それにオンナノコの時間は貴重なんだから、振り返ってる場合じゃないの。よく言うでしょ、男の恋は別フォルダ、女の恋は上書きって」

 

 聞いたことはある。全部の女性がそうではないだろうけど、終わらせると決めた女性はそうやって進んで行くことが多いんだろう。別フォルダにするより、上書きしたほうがスッキリしているというか、シンプルでいいとも思ってしまう。

 

「合わなかったら離婚すれば良いよ」

「またそんな」

「今や離婚も再婚も珍しいことじゃないし。結婚してみて一人が向いてるんだと思ったらそうすれば良いと思うよ。誰もが結婚に向いてるわけじゃないよ」

 

 ……紗里ちゃん、一体何があったの……。そう思わせる人が身近にいたのだろうか。姉としては良いのか悪いのか判断に迷う。

 

「とりあえず付き合ってみなよ」

 

 妹の笑顔に含みがあるようで、落ち着かない。

 でも、そうなんだよね。傷は残るかもしれないけど、いつまでもぐずぐずと弱音を吐くことなんてできないのだから。

 怖くて、自信がなくて、一人で生きたほうが良いんじゃないかと逃げに考えが行きがちだけど。

 

「うん……まぁ……友達からなら……」

「小学生か」

「小学生にカレカノなんてないでしょ」

「あるよ」

「小学生で?!」

「うちらの時には考えられなかったよねー」


 紗里の口ぶりからして嘘ではなさそう。

 小学生でカレカノ……早熟すぎない? この前から情報過多というか、自分の情報が古いことに気付かされる。世の中のスピードについていけてない……。

 

「お姉はさ、恋愛結婚がしたいんでしょ?」

 

 その言葉にぎくりとした。なんというか、考えてなかった、考えないようにしていたというのか、自分の無意識とでもいうのか、心の奥底にある願望を言い当てられたような居心地の悪さ。

 散々まだ恋愛は、なんて言っていたけど、それが一般的だから、そう言っていたのだと気付かされた。マッチングアプリだのお見合いだの色々あって、分かってるはずなのに、深く考えたことがなかった。光太郎のことを好きだから婚約したにも関わらず、だ。

 …………あぁ、そうか。

 私のような平凡な人間は、普通の恋愛をして結婚をし、可もなく不可もない結婚生活をして、子供の世話や家事、仕事に追われて生きていくものだと、それが正解なのだと思っていたのだ。

 自分のことなのに、自分のことが分かっていなかった。

 

「恋愛は、したいのかしたくないのか、正直分からない」

「え? いきなりそこ?!」

 

 紗里のツッコミに頷く。

 

「人生って、こういうものだろうって思ってた」

「あぁ、そっかぁ。いや、気持ちはすっごい分かるんだけど」


 そう言って、紗里は手に持っていた紅茶のペットボトルをひと口飲み、ため息を吐いた。

 

「私たちのような凡人は、普通の恋愛をして結婚して、結婚生活に不平不満を言いながら生きていくものだと思ってる」

 

 姉妹揃って同じことを考えていたことを知って、笑ってしまった。

 

「だよね」

 

 真剣な顔で紗里も頷いた。

 

「自分が特別だって思えたのって小さい時だけだったもん。正直に自分は特別可愛いって思ってたの」

 

 今も可愛いと思ってるよ、と伝えたらありがと、と言って紗里は笑った。可愛いのに。

 

「世の中にはもっと可愛い人も美人もいて、特別な人もいるんだよね。お姉は私を可愛いって言ってくれるけど、結構課金してるの」

 

 アプリ以外で課金という表現するの初めて聞いた。それから、何もしないでも可愛いと思っていた妹の努力の片鱗を知った。

 

「世の中って残酷だよね。オンリーワンとか世界に一つだけとか、そんなこと言わないでほしかった。子供の時はそのほうがいいのかもしれないけど、世界が広がっていったら現実が見えてくるじゃない」

 

 妹の言葉に胸がじわりと痛くなる。現実の残酷さと親たちの優しい気遣いに傷付くからだ。だからといってその気遣いが間違いだとも思わないんだけど。なんていうか、突然夢が醒めて現実を突きつけられるような、そんな気持ちがしたのを思い出した。

 SNSは便利だ。夢を見られる反面、現実を知ることにもなって、功罪が凄まじい。

 

「さっき紗里が言ったことが正解だって分かってるんだよね。でも、本当はそうじゃなかったのかもしれないって、思ってきた」

 

 困ったような笑い顔で分かると言う妹に、胸が痛くなって、それから同じ気持ちを持っていることに少し安心して、答えが分からなくなった。

 

「普通とか正解とか幸せとか、全部分からない。分かったつもりになってたみたい」

「そうなんだよね。でも私、幸せな恋愛して、幸せな結婚したい。この際結婚失敗してもいいの。最終的に幸せになれれば」

 

 そう言ってぐっと拳を握る妹は強い。

 

「だからお姉、そのイケメンの知り合いで良い人がいたら紹介して」

「我が妹はたくましいなぁ」

「不幸になるつもりで恋愛も結婚もしないじゃない。自分としては頑張ってるんだから。結果がそうなってしまったとしても、もうしようがないよ、そこは諦めよう! 未来なんて神様しか分からないよ。人生なんてあみだくじみたいなものと割り切るしかないよ」

 

 神様にしか未来が分からないと言われて、なにかが心の中にすとんと落ちてきた。

 失敗したくなくて、怖くて、皆と同じように生きていけば間違いないと思っていた。でも、皆も私と同じ気持ちで前を見ていたのに、失敗したり裏切られたりしてきたんだろう。そう思えて、気持ちが少し楽になった。

 表現としておかしいかもしれないけど、不正解になっても仕方ないのだと。許されるのだと思ったのだ。

 

「あみだくじなら、あきらめもつきそう」


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