008.作戦会議という名の被害者の会 後編
提案がある、と言った子を皆が見る。
「私の予想では、これから式場押さえたりとか面倒なことを阿津子がやるとは思えないし、妊娠しているなら体調だとか色んな問題があるから、そのまま結婚式を挙げると思う」
「でも招待状来ても行かないよ?」
「そもそも送って来ないかもしれない」
そんな非常識なと思うけど、阿津子や光太郎に少しでも考える力が残っているなら、このサークルのメンバーが式に不参加になることぐらい想像つくだろう。それほど招待客はいないとはいっても、一人二人じゃない。
「式に行ってみたら新婦が阿津子になってましたーってこと?」
「そんな頭おかしい奴いるの?」
「その前段階をやらかしてるから、絶対にないとは言い切れない」
ないと思うけど、絶対とは言えないのが……。
「それで提案。私達だけで唯山と凛子のレストランウェディングしない?」
勿論予約が取れたらだけど、との言葉が続く。
「いいねー」
「阿津子達がカマをかけてきても、ウェディングだよね、って堂々と言えるわー」
笑ってる人達には大変申し訳ないんだけど。
「なんで私と唯山のことが決定事項になってるの?」
「嫌だった?」
「唯山のことが嫌いとかそういうことの前に、まだ気持ちの整理がついてないっていうか」
飲み会の勢いで大事なことを決められてはたまらない。
「気持ちの整理がつく頃には年数がたって、相手探しが難航するかもよ?」
ぐさりと刺さる言葉が……。
世の中晩婚だ、なんだと聞こえのいい言葉が溢れているけど、結局年齢がついて回る。
「とりあえず、事実婚ってことで同棲しないか?」
唯山、なんで君がそんなに乗り気なの。
「事実婚ならお互いに籍も傷付かないし、同棲して嫌だとなってもすぐに別れられるだろ」
「もっともらしいこと言って話を進めないでよ。結婚相手をこれから探したくなるかもしれないでしょ?」
「それならそれがオレでもいいだろう」
いや、うん、そうなんだけど。
「今から誰かと恋愛するならオレにも可能性があるはずだし、お見合いだのマッチングアプリだのもいいけど、金もかかるし時間も気力もかかるぞ」
「……詳しいね?」
「…………前のパートナーとはマッチングアプリで知り合ったんだ」
なるほど、経験者……。
流されるわけではないけど、確かにこれから相手を探すとなるとお金も気力も時間も必要だ。
お見合いやアプリもありだけど、失敗もよく聞く。遊びに使う奴も多いって言うし。それなら見ず知らずの人より、少しは知ってる唯山に軍配が上がる。
「もし、もしだよ?」
「おぅ。なんでも言ってくれ」
「私も唯山も恋愛感情は持てないけど、暮らしていくのにちょうど良かったら?」
「そのまま暮らせばいいんじゃないか?」
「その後に好きな人ができたって言われたくないのよ」
絶対浮気しない人がいいって思っても、私は不安を抱き続ける気がする。
「うーん、約束はできないだろう、お互いに。緑川に好きな人ができるかもしれないんだから」
「逆でしょう?」
「この際だからバラすが、オレは家事が趣味だ。刺繍も好きだし編み物も好きだ。将来の夢は自分で紡いだ糸を染色して機織りしたい」
こういうの何男子っていうのか知らないけど。刺繍や編み物だけじゃなく機織りに染色? 本気すぎないか?
「クッション作ったりあみぐるみ作るのも好きだ」
「え、すごい」
「凛子、そこ断るなら気持ち悪がったほうがいいところ」
「あっ」
喜美子にツッコまれたけど遅かった。でも思ってない言葉で唯山を傷付けるのはよくない。
唯山はニヤニヤしてる。ニヤニヤっていうか、口元がにやけるのが止められないといった顔。
「怒られるの分かってて言うが、手がかかる奴が好きなんだ」
手がかかる奴?
「ぼんやりしてて、メシ食うのも忘れちゃうような。できたらしっかり者に見えるのに本当はそうじゃなくって、オレにだけ甘えてくれるとかだとなおイイ」
皆、私の顔を一斉に見ないで。
自分がうっかり者の自覚はあるから、あえて教えてくれなくていいから。
「大学ン時から見てて思ってたんだけど、緑川ってしっかり者なんだけど、結構抜けてて世話のし甲斐がありそうだなと思ってた」
そんなに前からそんな情けない奴だと認識されていたというの……。っていうか、これディスりでは?
「緑川お願いだ」
「嫌です」
「おまえの世話がしたい、いや、させてくれ」
「意味わからないから」
お世話ってなに?!
「ペットじゃないんだから」
「ペットもいいが、そうじゃないんだよ、オレの求めるものは……」
そんなにがっかりした顔で言わないで……。
「そもそも私、オレ様嫌いだし」
唯山がきょとんとする。数秒してから自分を指差すので頷いた。
「どのへんが?」
「ぐいぐいくるじゃない」
「そりゃあ口説こうとしてるのに、ぐいぐいいかないわけにいかないだろう」
それもそうか。
気が付いたら付き合ってる感出されて、彼氏ぶられるのはちょっと嫌かも。
「言葉遣いが嫌いか?」
「おまえって言われるの嫌い」
「分かった。名前で呼ぶな。他には?」
「え? 他?」
そんな、考えてもいなかったことを聞かれるとは。
「私のことを勝手に決められるのは嫌なの。おまえはこうやってればいいんだよ、みたいな」
「つまり、凛子の意思を確認して、尊重すればいいってことか? それなら問題ない」
「本当? ってそうじゃなくて」
「今思い付かなくても、思ったときに言ってくれればいい」
それから唯山はにっこり笑って言った。
「レストランウェディングまで三ヶ月はあるんだから、まずはお試しでオレと付き合おう」
おぉーっ! と周りが拍手する。
「ちょっと!」
周囲を止めようとすると、喜美子がぽんぽんと肩を叩いてきた。
「駄目なら豪華なランチ会でいいんだよ」
そうそう、という声が聞こえてくる。
「そうやって時間に追われていれば、光太郎と阿津子のことなんてどうでもよくなってくるから」
「一人でいるの良くないよ」
……あ。
そこでようやく、皆の真意に気が付いた。
唯山とはくっつかなくてもよくって、私を慰めようとしてくれてるんだってことに。
皆、良い人すぎない?