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006.未来の天秤

「弁護士から連絡が行ったら、お姉に接触してこようとするだろうから、在宅にさせてもらったら?」


 帰りの電車で紗里に弁護士に連絡したことを伝えたら、そう言われた。確かにその通りだ。状況によっては使わせてもらおう。

 

「週末スマホ変えにいこーよ」

「そうだね」

 

 新しい番号にしようとは元から思っていたし、うっかり知らぬ番号に出たら……なんていうパターンもありえなくなさそうだと、母親や紗里から話を聞いていて思う。

 ニュースでよく見る事件だって、普通の人と思われていた人たちが起こしてるのも結構あるんだよね。なにがきっかけでそうなるか分からないし、カッとなってしまった、なんてありがち。

 知らぬ間に世の中、大変物騒になってるんだなと、自分の平和ボケを痛感した。

 なんとなく、普通の人はそこまで自分の感情が荒れることに慣れていなくて、自分が制御できなくなるんじゃないかと思ったけど、だからといってやっていいことと悪いことはある。

 

「明日はお姉が飲み会だから、私も誰か誘って飲んでこよーっと」

「いつもごめんね。この前のも」

 

 この前は母親に緊急招集をかけられてデートをキャンセルさせてしまったわけだし。

 

「あれはね、ちゃんと説明してランチデートしたから大丈夫。お詫びとして奢ったし」

 

 ……上級者?はキャンセル後のリカバリーも早いのね……。しかも奢るとか、紗里は男前だと思う。

 

「あんまり気にしないで。たまには実家暮らしもいいものだなって思ってるし」

 

 私が実家に帰ったのに合わせて、紗里も今は実家暮らしだ。成人したならば自活せよ、という母親の教えの元、社会人になってしばらくして、私も紗里も家を出て一人暮らしをしていた。家族全員が揃って暮らすのは久しぶりで、両親、特に父親が嬉しそう。寂しいだけじゃなく、心配だろうし。

 

「あぁ、分かる。親のありがたみを感じるよね」

 

 一人は一人で気楽だけれど、人のいる家に帰った時の、あの安心感。期間限定だからお互いに程よく気を遣っていて、過ごしやすいのだろう。なんというか、優しくしようという気持ちが先に立つんだよね。ずっと一緒だとそういった気持ちが薄れていきがち。

 

「たまには実家に顔出そうかなって思ったよ」

「分かる分かるー」

 

 弁護士事務所に連絡をして、今度の休みに相談に行く。そうなれば否が応でも話は進む。私が立ち止まりたくなっても、周囲が私の背中を押して、前に進ませるだろう。進ませてくれるだろう。

 ……そのぐらいのほうが、私にはちょうどいいのかもしれない。

 

「そういえばサークルに良い男の人いないの? 浮気男なんか比べものにならないような」


 サークルのメンバーを思い出して、パッと頭に浮かんだ顔。

 

「いるにはいるけど、フリーか分からないし、フリーでも私とは釣り合わないよ、それに」

 

 思い出した顔。

 サークルでもイケメンとしてモテていた奴。顔も良くて頭も良いけど……。

 

「それに?」

「オレ様キャラでね」

 

 紗里が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「めんど」

 

 口の悪さに苦笑してしまう。でも同感。

 

「オレ様はちょっとリアルではねー」

「ただのモラハラじゃない?」

 

 そこまでは言わないけど、相手の意思を尊重しないならそうなるのかな。

 

「お姉に早く良い出会いがありますように」

「なんでそんなに誰かとくっつけたがるのよ?」

 

 この前から、なんなのだろう。

 

「お姉は自分が思うほどしっかり者じゃないし、自分一人だと食事すら適当にしがちだから」

「う……っ」

 

 耳が痛い。胸も痛い。

 

「私や親の前だと長女になっちゃうしね」

 

 しっかり者な妹は、私のことをよく見てくれてるらしい。それが少し嬉しい。申し訳なさもあるけど。

 

「別に相手がいないと幸せになれないってわけじゃないけどさ」

 

 人といるほうが、ちゃんとやれるというのは、ある。

 自分だけだとつい、まぁいっかになりがちだ。他の人はしらんけど、私はそう。

 

「あー、私もカレほしー」

「紗里はその、ランチデートの人とはどうなの?」

「ふつー?」

 

 普通。可もなく不可もなくってこと?

 

「なんか段々、好きだけで付き合えなくなってきたんだよねー。試しに付き合うとかも躊躇するもん」

 

 周囲が結婚しはじめると、選択を迫られている気持ちになる。こちらの準備お構いなしに、年齢が私達をそういう状況に追い込む。

 子供のことなんかを考えると、年齢で考えるのは間違えてない。

 でも、そんなに人生設計って簡単に決まらない。

 自分がなにものかも分からず、なにものになりたいかも決まってないのに、そういうのも考えなくてはならない。一分一秒もだらけてはいけないとまでは言わないけど、ゆっくりする間もなく、決めていかなくてはいけない。失敗してもいいんだと人は言うだろうけど、その失敗を挽回するのは、とても難しい。

 だから、正解が知りたいと思ってしまう。私は私が器用でも優秀でもないことを知っているから。

 

「分かる。なんか、焦りみたいなものがある」

 

 焦ったって仕方ないのに、焦ってしまう。

 

「なんか全然、生きやすくなんかなってないよね、今令和なのにさ」

「本当にね」

 

 まさかこんな話を妹とすることになるなんて思わなかったけど、少しだけほっとした。

 

 友人と話していて、将来のことなんて分からないよねーなんて言ってたのに、いきなり結婚しますのハガキがくるのだ。つい先日まで一緒に将来どうしようと話していたはずなのに。試験前に勉強してないよー、との私の言葉に、私もといいながらその実ちゃんと勉強していて、高得点を取る子のような。

 アレはただの社交辞令、その場限りの会話だったのだと、招待のハガキを受け取って知るのだ。言葉を額面通りに受け止めた私がバカだったという気持ちと、置いていかれた気持ちをダブルで食らう。

 その点、妹ならここで私に嘘を吐く必要がない、と思う。


「最悪、姉妹で暮らすのもありかもね!」

「紗里がそれを決めるのは早いんじゃないの?」

 

 ただ、そうやってキープというか、安心できるカードを用意したくなる気持ちは嫌というほど分かる。

 未来に希望がないとは言わないけど、それよりも恐怖や不安のほうが勝ってしまう。

 光太郎との結婚が決まってからは、未来の天秤は希望のほうが重かったのに。

 

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