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私達はいつだって正解を探してる  作者: 黛ちまた


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28/29

番外編.時計沼

時計好きの方から3時間ほどレクチャーいただいたので書いてみました。

時計沼恐ろしい…。

 蒼司は商談やパーティーに合わせて時計を替える。一体何本持ってるんだろう……。時計好きは普通に三十本は持っているもんだよと喜美子が言っていたけれども。そういえば喜美子も結構時計好きだった気がする。

 お高いのが分かっていても値段を聞いたこともないし、ブランド名も聞いたことがない。うっかり時計に触れただけで寿命が縮みそうで怖い。

 ただ、好きなのかよく着けているのを頻繁に見る時計があって、気の迷いという奴で聞いてしまった。

 

「蒼司、その時計好きだよね」

「これか?」

 

 そう言って文字盤を私に見せる。プラチナのケースに白の文字盤、黒のベルトがスーツによく似合う。

 

「そう、その時計」

「IWCのポルトギーゼ・エターナル・カレンダーだ」

「ポル?」

「ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー。パーペチュアルも持ってる。その日の気分で替える。それかジャガー・ルクルトのレベルソ・クラシックのモノフェイス」

「レベル??」

 

 ダメだ、全然分からない。呪文みたいになっている。やっぱり迂闊に聞くべきじゃなかった。凝り性の蒼司が持っているものが普通のもののはずなかった……!

 

「ポルトギーゼは閏年にも対応しているんだ。例外は2100年」

 

 75年後……!

 生きてるかな我ら!?

 

「ジャガー・ルクルトのレベルソはモノフェイスだから傷付けたくない時にも使いやすい」


 きっと凄いことだろうにその凄さが分からなくて申し訳なくなってきた。何いってるのか本当に分からない。そしてどれも高そう。この一瞬で三本の高級時計らしきものをさらっと口にしてきた。

 

「凛子、時計に興味あるのか?」

「ないかな」

 

 食い気味に否定する。あるなんて言ったら大変なことになりそうだから絶対に言わない。

 

「そっか、良かった」

 

 あっ、これは……。

 

「実はお揃いで持ちたい時計があったんだ。もし凛子にこだわりがあったらプレゼントできないと思って我慢していたんだ」

「私は時計に時間を刻むことだけしか求めていないよ?」


 時計のようなピンキリなものをプレゼントだなんて恐ろしい!!

 

「パーティーでアクセサリー代わりに着けられる時計や普段使い、ペアで持ちたい時計があってな」

 

 またしてもさらっと三本くらい口にしてきた……。

 

「週末、買いに行こう。実は凛子と付き合い始めてすぐにウェイティングリストに入っていたんだ。先日その連絡がきたのはこれはもう運命としか言いようがない」

 

 あまりに嬉しそうな顔で言うものだから断れない……なんてことはなく、「いやいや、私には分不相応だから要らないからね」と断る。

 流されはしないぞ。

 いくら蒼司がお金持ちだからって、正式に婚約者になったからって、私だったら絶対に手が出ないお値段だって分かっている。

 

「言っておくが、アクセサリーよりその時計のほうが安いからな」

 

 ……どんなアクセサリーを買おうとしていたの……。







 そうして連れてこられた丸の内。こんな高級時計店に足を踏み入れたのは人生初です。ジャガー・ルクルトというハイエンドブランドで、高級時計では七位だとかなんとか。ランキングがあることに驚いた……。そういう世界なんだ……。

 毎年のように行われる大会で、日本のグランドセイコーの白樺が受賞したのは快挙だったとか、私の人生には縁遠い話をイケメンが話すのを聞きながら丸の内にやってきた。セイコーは私でも分かる。日本の愛すべき時計ブランドです。それならば会話のキャッチボールが可能かもと話にのった私が良くなかった。クォーツショックがどうのとまた別次元の話題が始まってしまった。

 イケメンの笑顔に周囲の女性が見惚れていても、全くお構いなしに時計愛について語れるの、すごい。

 

「凛子の腕に絶対に似合うと思っていたんだ」

 

 嬉しそうだな、蒼司。

 手慣れたような、というか実際手慣れているんだろうけれど、お店の方に名前を伝えていた。

 

「大変お待たせいたしました。レベルソ・トリビュート、スモールセコンドのピンクゴールド、それからレベルソ・クラシックのモノフェイスになります」

 

 蒼司と婚約でもしなければ永遠に知ることもなかったであろう時計が二本、並んでる。何も分からない私でも時計の美しさとお値段の高さは分かる。

 

「着けてみてくれ」

 

 うっかり落としてしまったらと思うと怖くて触れないでいると、蒼司が着けてくれた。そうだった、この人お世話好きだった……。

 

「あぁ、やっぱり凛子の腕によく似合っているな。ピンクゴールドのミラネーゼメッシュブレスレットがドレッシーで実に良い。想像していた以上に似合ってる。今度のパーティーに着るドレスはこの時計に合わせるのもいいな」

 

 蒼司は時計を眺めながらうっとりしてる。真の時計好きは自分だけが欲しいものを手に入れられれば満足するのではないのか……。

 外資だからということではなく、蒼司の交友関係は幅広く、欧米人達のパーティーに誘われることがそれなりにある。そもそもそれ対策で始まった関係だったんだよね、私達。

 パーティーに着るドレスは既に何着かプレゼントされた。ドレスを着るのはキャバ嬢と富裕層だけと思っていたからまさか自分が、というキモチ。

 

「凛子はこのモノフェイスの特別さが分かっていないな」

「ごめん、全然分からない」

 

 悪戯をする少年のように、蒼司はにやりと笑うと私の手首に鎮座する時計をくるりと反転させた。

 

「回転した!?」

「ジャガー・ルクルトのレベルソは、ポロをプレイする際に文字盤が傷付かないようにしたいというオーダーから始まっているんだ」

「外すという考えはないの?」

「ない」

 

 お店の方も笑ってる。素人で申し訳ありません。

 

「普段使いにはこっちのレベルソ・クラシックのモノフェイスが良いと思う」

 

 二本目の時計は蒼司がまた着けてくれた。デュオフェイスも文字盤を反転させることができて、反転した側にも文字盤があって雰囲気がガラリと変わる。正直に面白い。童心にかえったようなワクワク感がある不思議。

 ベルトが皮でシックなのも良い。これなら皆から普通の時計に……は見てもらえないだろうな……。

 

「ベルトの部分の滑らかさが凄いね、着けているのに着けていないみたい」

「普段使いに向いているし、女性でレベルソのデュオを身に付けている人はハイセンスだと思ってる。でもそこであえてのモノフェイスで攻めたい」

 

 それ、私が誤解される奴ではないのかな……。

 ベルト部分にふれていると、蒼司がふむ、となにやら考え始めた。これ以上考えなくていいよ、きっと私にとって大変なことになるから。

 

「普段使いだったらシャネルもいいな」


 えっ、シャネル?

 

「シャネルのダイヤモンドベゼルもレベルソとは違ったドレッシーさがあって良いと思う」

 

 あ、店員さんの表情が一瞬固まった。別ブランドの名前を口にしたからかな。シャネルのダイヤモンドベゼル?とジャガー・ルクルトのレベルソを普段使いにするだと?の可能性もある。

 それから私の場違い感を誰かツッコんでほしい。

 

「来週はヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズを見に行こう」

 

 ゔぁしゅ? なんて??

 

「前からヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズの黒を自分が持って、パートナーに白をペアで着けてもらうのが夢だったんだ」

 

 ペアウォッチは吝かではないけれど、それ絶対お高い奴では!?

 

「ボーイズサイズなら邪魔にならないだろうし、二人共出社の日に着けているの、いいな」

 

 もはやどこからツッコミを入れていいのか分からないというか、全ワードが分からない。分からないけれど、私の思考は停止しました。

 蒼司が楽しそうでなによりです……。







 蒼司が出張で家にいない場合、喜美子や紗里と食事に行くことが定番となりつつある。そして今日がそう。

 

「ちょっと凛子のそれ、ジャガー・ルクルトのレベルソ・クラシックじゃないの?」

 

 私の腕時計を見るなり喜美子が言った。

 待って、これって一般常識なの……?

 

「うん、蒼司が買ってくれた」

「初めてあの男と付き合ってることを羨ましく感じたわ!」

 

 喜美子は私の腕を掴み、色んな角度から時計を眺め始めた。

 

「着けてみる?」

「いいわよ、見るだけで欲しくなるのに着けるなんて恐ろしい!」

 

 違いが分からないんだけれど、そういうものなんだと思うことにしよう。

 喜美子の腕時計が目に入る。

 

「あ、喜美子のその時計、グランドセイコーの白樺?」

「やだ! 分かる?!」

 

 散々蒼司に聞かされたし画像見させられたからね……。

 

「アイツ、良い仕事してるじゃない」

 

 褒めどころが本職じゃないんだ。まぁ喜美子はあまり人を褒めないけれど。

 

「凛子のハイエンドブランド初時計はジャガー・ルクルトってこと?」

「うーん、実は他にも買ってもらった」

「何処のを!?」

 

 かつてないほど前のめりな親友。既視感。

 

「同じ、えっと、ジャガー・ルクルトのれびゅるとりびゅーと?のピンクゴールドの奴」

「限定品!! よく手に入ったわね!?」

「ウェイティングリスト常連らしいよ」

 

 ウェイティングリストの常連ってなに、とかもう聞いちゃいけない。

 

「あと、シャネルのJ12 ダイヤモンドベゼル?」

「クチュールの世界観を投影した原点回帰っていわれている奴よ、それ! 羨ましすぎるっ!!」

 

 そうか、これが正しい反応なんだろうな、きっと……価値の分からない私が持って、本当に申し訳ない……。

 

 いじけてテーブルに突っ伏していた喜美子が、がばっと起き上がった。

 

「ペアウォッチ!!」

「え?」

「その流れなら絶対にペアウォッチ買ってるわよね!?」

 

 え、やっぱりこれって一般常識なの……?

 

「うん、なんだったかな、ゔぁしゅなんとかのオーヴァーシーズとかいうのの黒と白の文字盤のを選んでいたよ、蒼司が」

「あぁーっ! ヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズ! しかも流行りの青じゃなく、黒と白! ペアってことはボーイズサイズね!?」

 

 蒼司と同じ香りがする。知っている人も多いだろうけれど、これは時計好きあるあるな気がしてきた。

 

「どんだけ金持ってんのよ、アイツ……!!」

 

 あー、やっぱり……。頑なに値段見せてくれなかったから、私の想像を絶する額なんだろうなぁ、ってうっすら理解していました……。

 

「ところで、ジャガー・ルクルトのピンクゴールドの限定品の時計よりアクセサリーのほうが高いって説得されたんだけど……そうなの?」

「ハリーウィンストンのウィンストンブルーでも買うつもりだったの!?」

 

 ハリーウィンストンはさすがの私も知っている。その名前を冠するということは……うぅ……頭痛が……。

 

「ウィンストンブルーは億単位って言われているから、それよりは安いし別のブランドでしょうね」


 億……!

 庶民なのに私!

  

「…………蒼司、なんでマッチングアプリで相手探したりしたんだろうね」

「そういえばそうだったわね」

 

 なんかこう、全然お相手に困らない印象しかないんだけれども。本人は趣味がとか言っていたけれど、そんなものを吹っ飛ばせるだけの財力じゃない……?

 

「そもそもそのマッチングアプリって、普通のマッチングアプリなの?」

「普通じゃないマッチングアプリってなに」

 

 怖い。

 

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― 新着の感想 ―
仕事の勉強のため少人数のスクールに入っているのですが、数人時計好きの方がいらっしゃるみたいで、「最近つけてないものをいくつか手放そうと思ってるけど、知ってる人に譲りたいから●●は500万、○○は800…
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