027.アザレア
「さっきのドレスも似合ってたが、今回のも捨てがたいな」
「えー? さっきのほうが似合ってるってば」
「一着しか着れないなんて勿体無いわねぇ」
「私も結婚したくなってきた!」
「紗里はまず相手からよね」
純白のドレスを着た私を、私よりも真剣な顔で見つめる蒼司達に言いたい。私はもう疲れたのでどれでも良いです、と。着せ替え人形となっている私を見ながら、母と紗里と蒼司があぁでもない、こうでもないと言い合ってる。
早く決めて、と投げやりになっていたら、三人に怒られた。
「凛子が主役なんだぞ」
「お姉、もっと真剣になって!」
「そうよー、一生に一度なんだから」
いや、だって、三人があれこれ言って決まらないんじゃない、と声を大にして言いたい。
起訴状が届いて直ぐに山下と阿津子は白旗をあげた。正しくは山下と阿津子の両親が。
民事裁判で負けても履歴書に傷がつかないとはいえ、どこから情報が漏れるか分からない。昨今はSNSもあって容易に過去を暴かれてしまうものなのかもしれない。怖い世の中になったなぁ……。悪いことをしなければいいだけなんだけど。
阿津子へ請求した分は減額されたけれどゼロとはならず、阿津子の両親が立て替えることで支払われた。山下からは請求額がそのまま。一円も支払われないことを覚悟していたから、予想外の結果となって驚いた。
なお、結婚式は規模をかなり縮小して行ったらしい。蜜月のはずなのに、既に冷め切ってるとも聞いたけど、もはや私には関係ないこと。
私と蒼司は恋人期間を一年経て、結婚に向けて準備中。一年前には全く想像しなかった未来を迎えようとしてる。
事実婚でもいいかなんて言っていたら、それはうちの父親が許さなかった。むしろ婿に入れとまで言い出して、父親が面倒くさすぎた。継ぐほどの家でもないのに。しかも蒼司は蒼司で嫌がらずにオッケーと言い出す始末。
「お」
スーパーの調味料売り場で、三種類ある醤油のうちどれを買うか迷って、思わず座り込んでしまった。初めて見る醤油だからスタンダードっぽいのがいいのか、三年もの、五年もののほうがいいのか悩む。
出張先で寄るのはお土産売り場ではなく、地元の人が利用するスーパー。
お菓子より調味料を買って帰ると蒼司が喜ぶのだ。
気にしたことがなかったけど、各地によって味噌一つとっても特色がある。醤油も甘みがあるものやないものがあって、選ぶ立場としては実に悩ましい。
同棲し始めた頃は蒼司が作ってくれた食事を食べているばかりだったけれど、週末は一緒に作ったりしている。といっても戦力不足な私は下準備を手伝うので精一杯。それでも前と違って料理をすることが楽しいと感じる。
迷いに迷って、間を取って三年ものの醤油を手に取り、レジに向かう。
蒼司の喜ぶ顔が目に浮かぶ。新しい調味料を前にすると、何を作ろうと子供のようにワクワクした顔をするのだ。そうして食卓に並ぶ料理はどれも美味しくて。初めて口にする味なのにどこか懐かしさもあったりして。
美味しくて、蒼司の笑顔を見ていると嬉しくて、幸せだって思う。
勿論なにもかもが順調なわけではなくて、たまには蒼司と言い合うこともある。でも、それは私を言い負かそうとしているのではなくて、自分の気持ちを伝えつつも、私が言葉にできていない気持ちを吐き出させようとしているのだと分かる。家族や喜美子は私の、飲み込んでしまう癖を理解して行動してくれていた。私はそれに甘えていた。
蒼司もたぶん同じように分かっているけれど、あえて吐き出させているんだと思う。
駅からの帰り道、いつも通り過ぎるだけだった花屋さんで足を止めた。
私の服には蒼司が刺繍してくれたものが増えて、今まで気にもしなかった花に、目がいくようになった。
真っ赤な花。アザレア、とプレートに花の名が書かれていて、その下に小さく『節度の愛』とも書かれていた。花言葉だろうか?
そういえば前に蒼司が刺繍してくれた花にアザレアがあったのを思い出す。赤いアザレアだった。
節度の愛、どんな意味なんだろうとじっと見ていたら店員さんに話しかけられてしまった。
「気になるものがおありでしたらお声かけくださいね」
「あ、ありがとうございます。ちょっとこの、花言葉が目に止まって」
店員さんは頷いて、「アザレアですね。色によってまったく花言葉が違うんですよ」と言って、白い花を持ってきてくれた。
「赤のアザレアは『節度の愛』ですが、白いアザレアの花言葉は、『あなたに愛されて幸せ』という意味なんですよ。ピンク色は『青春の喜び』ですし。色によって意味が全く違って面白いですよね」
「節度の愛」
ちょっとピンとこない。後で調べてみようかな。
「アザレアは乾燥した土地でも育つんですけど、そこから少ない水でも懸命に咲く様子から、節制や節度の愛という花言葉がついたようです」
なんとなしに呟いた私の言葉を店員さんは拾って教えてくれた。
少ない水でも懸命に咲く──。
多分、ううん、きっと蒼司のことだから花言葉も知っているに違いない。
胸の奥が熱い。もう、どうして蒼司はいつも直球なんだろう。私が気が付かなかったらどうするんだろう。……ううん、きっとそんなこと気にしてないんだろうな。
「あの、白いアザレアで花束を作っていただけますか?」
店員さんは「少々お待ちください」と言って微笑んだ。
花言葉を聞いた後だから、少し気恥ずかしいけれど。
知ってしまったのだ。蒼司からのメッセージを。
帰宅すると、蒼司が笑顔で玄関まで迎えてくれた。
白いアザレアの花束を蒼司の顔の前に差し出す。
「おかえ……り……?」
あぁ、今、私の顔は真っ赤だと思う。
好きだと言われて、好きだと返したことは何度もあるのに、それよりも恥ずかしい。
蒼司は笑って、「花言葉、知ったのか?」と聞いてきた。
「……花言葉でまで口説かれてるとは思わなかったよ」
いきなり抱きしめられた。
ドア、閉めててよかった!
「凛子」
「……なに?」
「好きだよ、大好きだ」
「……知ってる」
「知ってるだろうけど、言う。愛してるよ」
恥ずかしくて腕の中から逃げ出したいのに、がっちり抱きしめられて逃げられない。本当に逃げたいわけじゃないんだけど、逃げたいキモチ。
「愛してるよ」
不意に思った。
正解は一つじゃないってことに。
たくさんある選択肢は一つだけが正解で残りが不正解というわけではなくて。
その時自分の選んだものは間違いなくその時の正解なんだと。たとえ後々になって間違いだったと思う未来になったとしても。今、私の手の中にあるものが正解、それでいいんだ。
「…………私も」
だから、私は、私達はこれからも正解を探し続ける。




