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私達はいつだって正解を探してる  作者: 黛ちまた


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023.強くなりたい

 フラグはやっぱり立っていたようで、会社を出た所に光太郎──山下がいた。フラグというか法則というべきか。

 

「凛子! 会いたかった!」

 

 久しぶりに会えた恋人に向けるような、というかこんな優しい態度で声をかけられたの、つきあい始めだけだったような? イラっとするが、努めて平静を装う。

 

「……私は会いたくないと弁護士を通してお伝えしたはずですが、日本語が分からなくなりましたか?」

 

 私の態度が冷ややかなことに躊躇しているけれど、ここに至るまでに色々ありましたよね? そういう情報一体どこに置いてきてるのかは分からないけれど、優しい言葉なんて不要。徹底的にやらなければ。


「どうしたんだよ、凛子。婚約者に対して」

「婚約はあなたの不貞で解消していますし、不貞に対する慰謝料を請求中です。接近禁止とお伝えしているにも関わらずこのような振る舞いをされるのですから、すぐにでも裁判にしたほうがよさそうですね?」

 

 自分でも驚くほどに強めの言葉が、しかも噛まずにすらすらと言えた。

 私が懐柔できないと分かると、あからさまに嫌そうな顔をする。よかった、演技だった。色々と脳内からすぽんと抜けて記憶を改竄するほど追い詰められていたりしたら困るし怖い。

 

「なんなんだよおまえ、手川とか唯山がいるからって強気に出てんの?」

「強気なんじゃなくって、これが地なの。前は我慢していただけだから」


 おまえ呼びされるの、嫌いなんだよね。何度も山下に言っていたのに、はいはい、と流されて聞いてもらえたことなんてなかった。あぁ、そうか。嫌いなオレ様ってコイツのことだったんだ。

 

 人目に気が付いたのか、私に向かって手を伸ばそうとしてくるので、後退する。

 

「ちょっとでも触れようとしたら警察呼ぶからね」

「ちょっと待てよ、大袈裟にすんなよ」

「大袈裟にしてるのは私じゃなくて山下さんです」

 

 名前ではなく苗字で呼んだことで募っていた苛立ちが頂点に達したのか、大声を出してくる。

 

「凛子! オレの話を聞けよ!」

 

 大声を出せばこちらが引くと思っている。婚約者時代は、山下が声を荒げると、ことを荒立てるのが面倒で言うことを聞いてしまっていた。あれはよくなかったと思う。彼をこうしてしまった一因は私にもあるかもしれないけれど、はっきり言ってモラハラだ。

 

「聞いたでしょう。阿津子と不貞をして、私との婚約を解消するって言ったのをよく覚えているわよ!!」

 

 私を甘く見ていたのか現実を知らなかったのかしらないけれど、随分と非常識なことをしていたのを忘れたとは言わせない。

                                       

「喜美子や蒼司達から、優しーい提案がされてるでしょう? 何が気に入らないの? こっちは心底うんざりしてるんだけど!」

 

 あまりにも以前と私が違うことに、ようやく頭が追いついてきたのか、肩を落とす。

 

「頼むよ、慰謝料、許してくれよ」

「いいわよ。裁判になるけど」

「だから!」


 そこに同僚が数人やって来て、こっそりと話しかけてきた。

 

「緑川さん、大丈夫? 警察呼ぶ?」

「呼んでもらってもいいですか?」

 

 数人のうちの一人がビル内に走って行くのを見て、「くそっ」と吐き出して山下は逃げて行った。

 走り去って行く奴の背中を睨みつけていたけれど、完全に見えなくなった頃、身体が震えてきた。へなへなと座り込みそうになった私を、同僚が慌てて支えてくれた。

 

「ご迷惑をおかけしてすみません……助かりました……」

「あの人、前に言ってた人だよね……?」

「はい」

 

 助けに来てくれたのは、善良な同僚達で、人の不幸や噂を好んだりしない人達だ。

 

「家族に迎えに来てもらったほうがいいんじゃない? 私、今のこと課長に伝えておくよ」

 

 それは、と思ったけれど、あちらがあちらならもう仕方がない。

 

「お願いしてもいいでしょうか……」

「勿論!」

 

 家族と蒼司と喜美子に連絡をしたところ、蒼司と紗里が迎えに来てくれた。

 二人の顔を見た瞬間、泣いてしまった。

 怖かったという気持ちもあるけれど、それ以外にも色んな感情が私の内側でぐちゃぐちゃに混ざりあっていて、なんと言っていいか分からない。

 分からないけれど、明確に認識したものがある。

 山下光太郎への気持ちが枯渇したということに。

 好きじゃなくなったからといって、それ以外の感情の全てが消え去るわけじゃない。阿津子が一番の加害者で、光太郎には被害者の面もあると、わずかに思っていたのだ。

 でも、そうじゃない。光太郎は自分のことしか考えていない。阿津子のこともちゃんと好きなのかも分からない。私に対する感情、扱いはそれ以下、ということなのだ。

 散々馬鹿にされてる、舐められてる、見下されてると思って苛立ちを感じていたけれど。今がいちばんそれを感じるのだ。

 私の気持ちも、立場もなにもかもに対して一顧だにしなかった、する必要もなかったのだ。

 

 なんていう、惨めな気持ちなんだろう。

 せめて阿津子への想いや態度が本物なら、まだ救われたのに。阿津子に対しては、そういう人だと思っているから呆れと嫌悪感などはあっても、新たな感情が生まれることもなかった。でも光太郎には違う。自分が楽になるためだったら、阿津子のお腹にいる子供のことも簡単に意識の外にやってしまえるような、どうしようもない人間だということが分かってしまった。

 今までに何度も何度も、アイツは最低な人間だから離れられてむしろ幸せだった。そう思ってきた。そう思おうと努力してきた。私は本物の想いに負けたけれど、私の価値は損なわれないと思っていたかった。

 それなのに、私はその価値すらないと突きつけられてしまった。皆そんなことないと言ってくれるのは分かっている。自分だってそう思っている。でも、百の優しい言葉からもらえる幸福感を、一人の悪意ある言葉はいとも容易く蹂躙し、全てを否定してしまう。

 数の問題ではなく、優しい言葉が無駄なわけでもなく、そこまで思われてしまうことに衝撃を受けてしまう。







「凛子、もう大丈夫だから」

「そうだよ。あんなゴミみたいな奴のために泣くなんて勿体無いよ!」

 

 マンションに帰り、紗里と蒼司に慰められて、少しずつ落ち着いてきた。

 

「……うん、ごめん……ごめんね……」

 

 弱くなりたくない。もっと強くなりたい。たった一人の言葉に負けたくない。それが結婚しようとした相手だったとしても。

 

「弱くてごめん……」

 

 紗里にぎゅっと抱きしめられて、温かさにまた涙がこぼれてきた。

 

 泣いてごめん。弱い姉でごめん。こんな私でごめんなさい。こんなにも皆が力になってくれているのに、一人で解決できない自分が、辛い。嫌いになりそうなぐらい。

 でも、自分を嫌いになりたくない。強い人のそぶりではなくて、本当に強くなりたい。なりたいよ……。

 

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