021.妥協案?
更新がだいぶ空いてしまって申し訳ありません。
弁護士さんに連絡をする。まず、状況の確認から。進んでるといいんだけど……。そう思いつつも、そうじゃないことは分かっている。弁護士さんは進展があれば連絡をくれる人だから。
『最初と比較すると、あちらの勢いは衰えていますね。招待客が大幅に減ったことで、元婚約者様のご両親は式そのものをキャンセルしたいと思っているようですが、元ご友人はなさりたいようで』
阿津子らしいといえば、阿津子らしい。
何故そこまで知っているのかと不思議に思っていると、『連絡のたびに元婚約者様のお母様が愚痴をこぼされるので』との回答が。何故こちらの弁護士さんに愚痴るんだろう……分別がつかなくなっているのかな。いや、前からか……。
シンプルな話なのにどうしてこうもぐちゃぐちゃにするのかといえば、あっちの見通しが甘すぎたとしかいいようがない。私を下に見ていたからと、少しばかり予想に反した動きがあった所為で誤魔化すことができなくなった、ということなんだろうけど、最初から無理だと思えないあたりが既に……。
光太郎側からしたら、職場内に色々バレているとしても、式を決行しないほうが恥の上塗りにはならないと考えているのかもしれない。私だったらやれない、鉄面皮にも程がある。
でも阿津子は結婚と妊娠を理由に退職してる。これで望むような結婚式ができなかったら、負けたような気持ちになるんだろうな。安心してほしい、光太郎に関しては私が負けたんだから。
『それから、元婚約者様はいささか後悔し始めていらっしゃるようです。お孫さんに執着なさっているお母様が強硬にお二人の結婚を早々にまとめようとなさっているように見受けられます』
この程度のことで後悔って……世の中にはそれこそ底なし沼並みの泥沼のような状況だってあるだろうに。自ら突っ込んで行ったのに、後悔するのが早すぎるよ……。少しでもまともな思考が残っていたなら、こうはならなかったはずなんだから。
『それぞれの要望をまとめると、元婚約者様は元ご友人との婚姻に対し失敗したと感じ始めていらっしゃるところです。お母様は元ご友人のご性格に難ありとは思ってらっしゃるようですが、躾なくてはと今から気炎万丈といったところですね』
…………躾……いつの時代の人なのだろう……怖い。光太郎が浮気したことに感謝してしまう。
「阿津子側はどうなんですか?」
なんとしても光太郎と結婚せねばと思ってるだろうけど。
『元ご友人のご両親は不貞の上での挙式ですから、そもそも派手になることに反対なされておいでです。これで破談にでもなったら、色々と不都合があるのでしょう。せめて式のグレードを落としなさいと説得されているようです』
……なかなかにカオス。こんなことになるような話じゃなかったはずなのに。
「たとえばなんですが、私を除くサークルメンバーがご祝儀なしで全員参加するのはいかがでしょう?」
そうすれば光太郎のメンツは一応保たれる……かも? ご祝儀分がないから阿津子のやりたいのは我慢する必要があるだろうけど、これなら無事に式だけはやれる。当然私は祝う気にならないから不参加。
『よろしいのですか?』
「サークルメンバーとしては、主賓を酒の肴にしてただでお料理をいただくわけです。これで正式に縁を切れますし、慰謝料の交渉にも入りやすいかと思いまして。どうでしょう?」
『現状進捗がありません。良いご提案が出来ず申し訳ありません。今いただいたご提案は悪くないものと思います』
弁護士さんの同意を得て、馬場阿津子被害者の会のメンバーにこういう作戦はどうかとメッセージを投げる。
反応としてはタダ飯ご馳走さまです! あとはどれぐらいダメージを与えるかだけど、そのへんどうする? そんなやりとりがあちこちから飛んでくる。
私としては光太郎が阿津子への関心を失ってこっちに戻ってこられるかもしれない、その状況が恐ろしい。光太郎も多分に漏れず、アイツはオレのことがまだ好きとかいいかねない気がする。だからそうなる前に二人には結婚していただきたいのだ。藪蛇という言葉もあるぐらいだし、迂闊に刺激したくない。
慰謝料は払ってもらうけれど、この際分割でいい。弁護士さん経由は絶対。……まぁ、この前突撃して来たから、守られないかもしれないけれども、話を進めないことには話にならない。
私は唯山と前向きな関係を結ぶのだから。なしくずしではなく! いや、もうだいぶ流されて岸が見えない気もするけれど、流されて付き合った光太郎とは婚約までしていながら結婚に至らなかった。唯山との関係も外堀が埋められていくような感じだった。でも、光太郎の時と同じにしたくない。大学生だし、彼氏ぐらいいてもいいよね、そんな軽いノリで始まった光太郎との関係と、唯山との関係は違うものにしたい。どんどん囲われていっているように見えても、そこにちゃんと自分の気持ちを、意思を投じたい。
「オレは参加してくるよ」
唯山が言った。
「光太郎に言っておかないといけないからな」
「光太郎に?」
何か伝えたいようなことがあるんだ?
「阿津子から逃げたくなっても、凛子はもうおまえの逃げ場所じゃないって言いたくてな」
……その言葉は、私の心の柔らかい部分に触れた。
「凛子はオレのものになったと伝えたいんだが、いいか?」
「いいよ。ただそれ、唯山分かって言ってるの?」
私の質問の意図が分からないようで、「何か問題あったか?」と聞き返された。わざとなのか鈍感なのかはまだ唯山のことがそれほど分かってないから判断がつかない。
「唯山も私のものになるってことだよ?」
「最高じゃないか。言いふらしたい!」
「それはやめて」
分からないと思ったの、前言撤回。こういう人だった……。
気持ちも通い合ってはいないのに、と思ったりもする。いや、そうじゃないか。全て理解できなくても、すべて理解してもらえなくても、この人とならやっていけると、いつか好きになれる予感があるかどうか。
大概だとは思うけれども、あの光太郎のことですら当時は好きだったのだから、唯山のことを好きになる可能性はある。逆は知らんけれども。
「明日から蒼司って呼ぶね」
唯山──蒼司の口元がきゅっとしぼむ。
「今からでも」
「明日から」
「その違いなに?」
「私の気持ち。覚悟みたいなもの」
「それは大事にしないとな」
そう言って嬉しそうに笑う蒼司は、少しだけ幼く見えた。




