018.完璧なヒーローもいれば完璧じゃないヒーローもいる
会社を出ると既に唯山がいた。チラチラと唯山を見ている女性がいるのに、気付いていないのか見られ慣れているのか、スマホを真剣に見ていて、周囲を見ようともしない。
私の見解としては見られ慣れているし周囲の視線がどうでも良い。きっとお弁当箱だとかお弁当のメニューをスマホで検索するのに夢中なのではないかと。
「お待たせ」
声をかけると、パッと顔を上げ、満面の笑みになる。
……うん、イケメンの笑顔、眼福です。ただその笑顔の理由が分かるから複雑な気持ち。きっと気にいるものが見つかったんだろうな……。
「久々の出社お疲れ。じゃあ行くか」
「目星がついたの?」
スマホを内ポケットに入れつつ唯山は頷いた。やっぱり検索していたんだね。
「漆や曲げわっぱ、一段か二段か迷ったんだが、全部買えばいいという結論になった」
「そんなにいらないでしょ?!」
驚いて聞き返すと、いやいや、と首を横に振る。
「凛子が弁当の日はオレも弁当にするって言ったろ? それにその日のメニューによっては一段が良かったり、二段が良かったりするかもしれない」
うぅん……ここまで笑顔で言われてしまうと、止めるにも止められないというか……。いや、でもこの関係も光太郎と阿津子との件が解決したら解消するものなのに。まさかお弁当箱まで外堀ではあるまいな?
「そんなに作りたいんだ、お弁当」
「作りたい。彼女の好みの弁当にしたって同僚にも言って回りたい」
「それは止めておこうよ……」
唯山の会社では、私は新しいパートナーということになっているから、彼女と呼ばれることは受け入れているというか、そういうお約束。
「京都の老舗のふわふわ卵焼きを入れるのもありかと思ったんだが、あれは出来たてを食べたほうが美味そうだから、卵焼きは汎用性が高くて悩ましいな」
卵焼きに可能性を見出す人を初めて見た。私は卵焼きにこだわりはないけれども、唯山がとにかく楽しそうだから好きにしてもらおう。唯山も私と同じようにパートナーを失ったばかり。そんな彼がお弁当で楽しい気持ちになるのなら、悪いことではないんじゃないかなぁ。などと思うのは、この二週間ですっかり胃袋を掴まれているからというのもある。どうしよう、今後……。
昨日も私のシャツにそれはそれは丁寧にアイロンをかけていた。女性ものは男性ものに比べてウエストが絞られているものが多いからアイロンも神経を使う、と笑顔で言う唯山を見ていたら、エクストリームアイロニングを思い出した。
山頂でアイロンをかけるとか、水中でアイロンをかけるとかいう、全く理解できない行動なのだけれども。ロードバイクを漕ぎながらだったり、サーフィンをしながらアイロンをかける。パラシュートで降下中に他の二人に持ってもらってアイロンをかけている画像も見たことがある。スポーツ? と内心思わなくもない。アイロンのかけ具合はどうでもよく、如何に厳しい状況下でアイロンをかけるか、という競技らしい。唯山なら関心を持ちそう。しかも綺麗にかけることにもこだわりそうだと勝手に思っている。
駅に向かう道。唯山はさりげなく道路側を歩き、重いだろうと言って鞄を持ってくれた。いやこれ、無意識なら落ちる女子多数だろうな。
「唯山は色々と罪深い男子だと思う」
「えっ?」
何故そんなことを言われたのか理解できないという顔をする唯山を置いて、駅に向かう。すぐに追いついて、期待に満ちた目で私を見てくる。
「今のどういう意味だ? もしかして少し意識してくれるようになったとか?」
「流れるようにモテ行動をするんだなぁ、と思って」
がくっと肩を落とす唯山。
ごめん、ご期待にそえなくて。
「凛子、恋愛に関しては隙がないな」
「そんなことはないと思うけど」
「けど?」
「唯山が出来すぎで、創作物のヒーローを見ている気持ちになってくる」
完璧すぎてこう、鑑賞物になってしまうというか。
「ヒーローは刺繍とかしないだろ」
「完璧なヒーローは刺繍もできちゃうと思うよ」
ぽかんとした顔をして、唯山が立ち止まる。
「唯山?」
「…………なんでもない」
話していたらおなか空いてきた。買うのってお弁当箱だけなのかな。箸セットだとか小物も買うかな、やっぱり。
「申し訳ないんだけど、おなかが空いております」
「リサーチは済んでるから、さっさと買ってメシにしよう」
良かった!
なお、思ったとおり箸だとか箸入れ、お弁当を包む布、スープジャーやらなんやらと大量に買い込んでいた。色々と作ってみたいお弁当が検索にひっかかってしまったんだろうな……。
「出社は危険度が増すからしてもらいたくないのに、凛子に弁当が作りたい」
「在宅でも作ってもいいんじゃないの?」
駄目だ、と真剣な顔で言う。
「在宅は在宅で出来たてを食べてもらいたいからな」
安全より上回ってそうな動機だ……。
「お母さんか」
「料理が得意なパートナー候補にしておいてくれ」
でも甲斐甲斐しさが突き抜けててお母さん。
「明日はふわふわ卵焼き定食を再現したいと思ってる」
すれ違う際に唯山に見惚れる女性達も、キラキラした目でイケメンが話している内容が、在宅時のランチメニューとは思うまい……。
このテの会話に慣れてきて、そうか明日はふわふわだし巻き卵か、と受け入れている私。
「楽しみにしてる」
「凛子の胃袋を早く掴みたいな」
既に掴まれてはいるんだけど、まだもう少し秘密にしておこう。




