013.来ちゃった♪
父は不満気だったけど、結局唯山にお世話になることにした。事実婚だとかそういうのは置いといて、パートナーのフリをさせてくださいとお願いした。
とはいえ、そんなにすぐに危機的状況にはなるまいと思っていたのに、目の前に光太郎がいる。こんな人だとは思わなかったと何回思ったかしれない……。
紗里と母の代わりに唯山が迎えに来てくれたわけだけど、私と唯山を見て嘲笑というのがぴったりくる、意地の悪い笑みを浮かべている。
「オレにあんなこと言っておいて、自分はどうなんだよ」
「あなたと違って不貞なんてしていないし、こんな風に来られたら困るから頼んだだけだから」
来る可能性あると思ってたけど、本当に来たよ……。妹が迎えに来ていることもしっかり認識していた上司に、大学のサークルメンバーも加わると思いますと伝えたその日に。
大袈裟と言われるかと思いきや、対策は万全にしておいたほうが良いわよ、後悔するから、と含みのあることを言われてしまって、世の中本当にどうなってるんだと内心怯えていた。
「どうだか」
はっ、と鼻で笑った光太郎の後ろに、満面の笑みを浮かべた喜美子が現れた。あれ?!
「予想通りの展開すぎて、自分が天才に思えてきたわぁ」
突如背後から声がして驚いた光太郎は、振り返って喜美子を見、「な、なんで手川がここに?」と尋ねた。
「いつもは妹ちゃんが迎えに来てたんだけど、弁護士から連絡いった途端、あんた、凛子に鬼電してるらしいじゃない? これは危ないってことで私から唯山に頼んだわけ」
「オレはっ、凛子と話がしたいだけで」
「私はしたくない」
「弁護士から言われてるんじゃないの? 直接の連絡はお止めください、って」
言われているんだろう、もごもごと、言葉にもならないような音を発する。
「凛子、唯山、待たせてごめんねー。ごはん行こっか」
そういう設定らしいので、とりあえず頷いておく。場の空気を読むって大事だよね。
「オレとの話が先だろう!」
「話すことはなにもないよ。弁護士さんに伝えてもらったことが全てだから」
話っていうのは建設的なものであって、一方的かつ身勝手な要求は話とは言わないと思う。
「オレ達愛し合っていただろう?! そのオレにこんな冷たい仕打ちをして心は傷まないのかよ!」
「おまえが言うな」
唯山と喜美子の言葉が重なった。
いや、本当に、どの口がと思うし、自分で言ってておかしいと思わないのかな? 思わないんだろうな、思ったら言えないもんなぁ。
「その愛し合っていた人を裏切ったのはどこのどなたさんでしたっけぇ?」
嫌味ったらしく喜美子が言う。
「どうせ慰謝料を払いたくないとか減額とか、しょうもないことを言いにきたんだろう? 厚かましくも」
追い討ちとばかりに唯山も言う。
喜美子と光太郎の言うのが早くて、私が言葉を挟む隙もないけど、言いたいことそのものなので、うんうんと頷いておいた。
「こうやって凛子の会社の目と鼻の先で騒ぎを起こす。それによって凛子の仕事に支障が出た場合は名誉毀損も加わるってことぐらい、足りない頭でも分かるよねー?」
喜美子の煽りが凄まじい。聞いてるこっちがひやひやしてくる。
「め、名誉毀損だなんて。オレはただ話が……」
「結納を交わしていたものの、別の女性との間に命が宿った。その命には罪はないのに非情にも慰謝料を請求する非道な女、ってやりたいんだろう?」
馬鹿にした顔で唯山が光太郎を見る。図星なのか光太郎の顔が赤くなる。
「それが事実であろうが虚偽であろうが、凛子の業務や業務上の人間関係に影響を及ぼした場合は、名誉毀損になるんだよ」
言い返せないのか、光太郎は口を噤む。
「あれだけのことをしておいて、一般的な慰謝料だけでことを済ませてやろうって言ってんだよ、凛子は。感謝して満額払って終わらせるのが賢いぞ」
世の中には社会的に抹殺することに全身全霊をかける人もいるらしい。想いの分だけ、その恨みも凄まじいことになるんだろう。お金で済ませようとしている私に感謝してほしいぐらいだ。
「いや、でも250万は高すぎだろう! 阿津子にだって150万も請求してるし!」
あれだけのことをしておいて、高いと言われてさすがにカチンときた。私をかばうように唯山が前に立っていてくれていたけど、一歩前に出て唯山の横に立ち、光太郎を睨む。
「結納時にうちが包んだ結納金が光太郎には上乗せされているだけでしょ。結婚式目前だし、阿津子も婚約していることを知ってた。結婚の為に私は契約していたマンションを出ることになって新居を探さないといけないんだよ? 結納後は結婚と同義と看做される。法外な金額ではないよ。親戚への連絡や友人関係、会社、それら全てに連絡もしなくてはいけなかった。婚約者と友人に裏切られたという精神的苦痛は十分過ぎるほどだったよ。減額は受け入れないし、分割も信用していないから、満額お支払いください!!」
言い始めたら止まらなくなって、一気に捲し立ててしまった。言いながらどんどん怒りが湧き上がってくるのも感じた。
「で、でも子供が……」
「父親として子供のためにも身綺麗になったほうがいいんじゃないのぉ?」
光太郎はせせら笑う喜美子を悔しげに睨むが、言い返せないようだ。
「言っておくけど、光太郎、阿津子、どちらの両親からも連絡はお断りだから。もし実家や会社に突撃してきた場合は、遠慮なく通報するし弁護士にもそのまま連絡する。私は裁判になっても構わないから」
「り、凛子……」
泣きそうな顔で私を見る。今までならその顔をされたらなんだかんだ私が折れていた。
「もう二度と会いたくないの。祝福も求めないで。自分達がしたことの責任ぐらい取りなさいよ、大人なんだから!」
喜美子と唯山に行こう、と声をかけてその場を去る。
背後で光太郎が私の名前を呼んでるけど無視!
腹が立って仕方ない。ムカムカする。
「良いキレっぷりだったわー。心配する必要なかったかも」
笑いながら喜美子が言うので、慌てて否定する。
「喜美子と唯山がいてくれたから言えたんであって、一人だったら言えないよ」
「言いたいことは言えたか?」
唯山の問いに頷く。
「言いすぎたかもだけど、すっきりした!」
「ぜんっぜん言いすぎじゃないわよ。罵倒したっていいぐらいなんだから」
そうだそうだと唯山も頷く。
「でもそれで意固地になられても困るし、早く終わりにしたいよ」
時間は有限だし、心が擦り減るのも嫌だし、皆に迷惑をかけるのも嫌。あの二人に関わる人達に会うのも嫌。
「怒ったらおなかが空いたでしょ。がっつり食べにいこー」
喜美子の気遣いに笑顔で頷く。
本当に、私にはもったいない友人だ。
「賛成!」
「この近くにパエリアの美味い店があるぞ」
「食べたい!」
「いいわね!」
きっと私の願いも虚しく、しばらくの間光太郎と阿津子に煩わされるんだろうと思う。でも、絶対に負けない。何を言われようと、やられようと。




