012.え、まさかその人まで来るの?!
自室に戻ってから唯山に電話をかけた。かけると言ってくれていたけど、頼みごとをする立場なのに、そういったところをケチるのはどうも性に合わない。
『連絡もらえると思ってなかったから、手川を通して凛子の妹と連絡先の交換してたんだよ』
「そうらしいね」
まさかそんなことまでしているとは思っていなかった。過保護というか何というか、私はだいぶ頼りなく見えるのだろうな。
「これ以上迷惑かけたくなくて」
言ってから、唯山にはこれから迷惑をかけることを思い出し、慌てて謝罪を口にする。電話の向こうで唯山が小さく笑ったのが聞こえた。電話そのものが珍しくなった昨今、こうしてダイレクトに耳に声が響くのは、なんだか面映い。
「ごめん」
『気にしなくていい。オレから頼ってくれって言ったし、本心からだ。無論下心満載だけどな』
こういった会話に嫌味を感じさせないのは、私が唯山にいくらかの好感を抱いているからなのか、モテ男だからなのか。後者かな。ネチっこさみたいのがないし。
『それで、オレに頼みごとっていうのは?』
「あ、うん。弁護士から二人に連絡がいったみたいでね、前のスマホが壊れる勢いで連絡がくるの。あんまり連絡なかった人を経由してまできたりしてて」
『それはまた随分と展開が早いな』
本当にそのとおり。
「二人に呼び出された時に弁護士のこととか慰謝料のこととか言ったし、録音もしてるって言ったから本気度が伝わったのかも?」
『おおかた、悔し紛れに弁護士なんて言ってるんだろうと思っていたら、本当に連絡がきたとか、そんなところだろうな』
目の前に唯山がいるわけでもないけど、頷く。
『自宅か会社に突撃して来そう、といったところか?』
「察しがいいね」
ただでさえ紗里にも負担をかけていて、この上唯山にもというのは、正直心苦しい。まさかそんなことまではしないだろうと思ってしまうけど、常識は人の数だけあるらしいし、追い詰められた人間の考えることは予想もつかないことだったりする。気を付けすぎるぐらいで丁度良いのだろうと思う。それで何もなかったら笑いごとで済む。軽く見積もって最悪のパターンというのは誰も笑えない。
『じゃあやっぱりうちで事実婚をだな』
「話が飛躍しすぎだから」
『家事なら喜んでやるぞ? 料理も毎日好きなものを用意するし、送り迎えもする』
「過保護を通り越して怖い」
『駄目かぁ……』
何故そんなに残念そうな声で言うかな……。
「唯山と一緒に暮らしたら駄目な人間になりそうな気がしてきた」
『最高だな、それ』
「何がよっ」
残念なイケメンだ。
人を駄目にするイケメンだ、間違いなく。
『でも凛子はきっと、なんだかんだ自分でやれることはやるだろうけどな』
「それは当然でしょ」
『でも考えてみてくれ。子供ができた時に家事全部任せられる旦那とか、悪くないと思うぞ』
事実婚からいきなり出産に話をもっていかないで……。
『全部任せるのが嫌なら、一緒にやるのはどうだ?』
一緒に?
『家事って結構好みだったりこだわる部分が人によって違うだろう? そういったことを擦り合わせるためにも一緒にやったり、お互いに得意不得意だってあるだろう。そういった部分を補えあえたらいいと思うしな』
「なるほどとは思うけど、同棲を前提に話を進めすぎだから」
『なかなか流されないな。手強い』
「普通だから!」
突撃を防ぎたいという話、どこいった。
『妹に迎えに来てもらうのも、下手をすれば危なくなるかもしれないというのが正直な感想だ』
紗里が危ない目に遭う?
『二人がかりできたら? もしくはあっちの両親なんかも出しゃばってくる可能性だってあるだろう』
ひやりとして、身体の中心が冷えたような気持ちになる。
心配はしていた。光太郎が紗里に何かしたらどうしようと。でも光太郎と阿津子のことは考えていたけど、義両親のことまでは考えてなかった。
『で、どうだった? 光太郎の親、凛子から見てどんな印象? 違和感は大事だからな、ほんのちょっと気になったことも教えてくれ』
義理の親との顔合わせでの違和感を、気の所為だと思い込んで痛い目にあったなんて失敗談は、ネットでゴロゴロしてる。ある意味一番双方が気を遣っている時に出てしまうボロは、実は致命的なのかもしれない。
「うーん……光太郎の家はお義母さんが専業主婦だったのもあってか、お義父さんへの気遣いが細やかだなとは思った。あとは子供の話にもなって、しばらくは作らない予定だと言ったらあからさまにがっかりしてたかなぁ」
『なるほどなぁ。じゃあ阿津子の妊娠に大喜びの可能性があるってことだな。これから子供が生まれるんだから慰謝料の減額を母親が言い出すのもあり得るわけだ』
やっぱりそう思うよねぇ。
『不貞しておいて慰謝料を減らせとか、厚かましいにも程があるな』
「まだ言われてないよ」
二人して言われる前提で話しちゃってるけど。
そうだった、と唯山も笑う。
『光太郎の父親は分からんが、母親は危険かもな。実家に突撃してくるのは光太郎とも限らないぞ』
「えっ」
義母が来ちゃうってこと?!
光太郎はうちの父親が苦手だけど、光太郎のお母さんはそうじゃないかもしれないし。うちの母とバトルなんてことも十分にあり得るってことか……。
『弁護士に口で勝てないとなれば、直接接触してくることも普通に考えられるからな』
だんだん不安になってきた。
上司は在宅を使っていいと言ってくれたけど、家に押しかけられて近所迷惑になっても困るし。
『覚悟は決まったか?』
見えないけど、電話の向こうで唯山がにやりと笑っている気配がする。
「確信犯!」
『大丈夫だ。惚れてもらうまでは絶対に手は出さないから』
「男の人のそういうのは信用しちゃ駄目って母も妹も言ってたよ……」
『あながち間違いじゃないけどな、オレは本気で凛子と付き合いたいし、そのまま結婚までしたいわけだ』
「ねぇそれ、本気の本気で言ってるの?」
『当たり前だろう。好きになれそうもない相手と付き合うほど暇じゃない』
私と唯山だと、恋愛経験値の差が天と地ほどありそうだ……。
『あ、手を繋ぐのは許せよ?』
「え? 手?」
『恋人つなぎ、したいじゃん』
心臓がぎゅっとした。
不意打ち! 恋人つなぎしたいとか、不意打ちすぎる!!
『アピールも許してくれ。それ以外は我慢する』
「い……意味分かんない。私じゃなくていいじゃん」
言いながら、もう一人の自分が言う。おまえじゃなきゃ嫌なんだという言葉が欲しいのだ。
『オレもさ、これまで何人もと付き合って、結婚も考えたりしたことがあるわけだ』
「うん」
それはそうだろうな。
なにしろ大学時代もモテまくっていたし。
『でもなんか違うんだよな。依存されすぎてもアレだし、だからって自立した女性ともぶつかることが多くてさ』
あー、それでしっかりしてるけどうっかりがいい、という謎の好みに行き着くんだ。
『凛子はさ、人が困ってたら助けようとするだろ? 自分を助けてくれた人に恩返ししようとするだろう?』
「そうありたいとは思う」
そういう人は普通にいると思うけど、そこにしっかりだけどうっかりで、唯山の趣味にも寛容という条件がつくのか。でも世の中広いからいるにはいると思うけど、仕事の関係もあって時間がないっていうのが大きいんだろうなぁ。
『そういうところ、正直に好きなんだよ。意外とできないもんだぞ、それ』
突然の好き発言は心臓に、悪い!!




