4・二番目の長女
わたしは、一体どうなってしまうのでしょうか?
解体されるはずなのに、どんどん新しい部品が継ぎ足されていきます。
真新しい機関が備え付けられ、気が付けは切り離されたはずの艦尾が、新しくなって付けられたのです。
そして、わたしの上甲板に初めてそれが取り付けられました。
主砲塔です。
紛れもなく、わたしに付けられるはずがなかった主砲塔が備え付けられました。
しかも、四基。
計画ではわたしには、三基しか詰めなかったはずです。だけれど、艦尾を切り離し改良とともに延長工事が行われ、前後二基ずつ。計四基の主砲塔がつきました。
艦尾に付けられたのは、それだけではありません。
航空機を打ち出すカタパルトも、クレーンとともに新調されました。なぜか航空機や内火艇を格納する設備も付いています。
どうしてそんなモノが必要なのか?
疑問に思っていると、初めて見る艦がわたしのところへやってきました。
『こんにちは、お姉様。特別なモノをお持ちしましたわ』
『特別なモノ? なんでしょうか……あッ! それは!』
『私の名前は〝樫野〟と申します。お姉様達にこれを運ぶのが役目ですわ』
彼女から降ろされるのは、初めて付けられた主砲塔に添え付けるための、真新しい砲身。
でも……。
『わたしには少々大きくありませんか?』
『そんなことありませんわ。あら、ひょっとしてご存じない?』
『何のことかしら?』
『お姉様はこれを装備なさいますのよ。今、入渠しているのもそのための改装ですわ』
自分が何をされているのか、知らなかったなんて……恥ずかしい!
『他のお姉様にも届けなくてはいけないので、失礼しますわ。ごきげんよう』
他の子? と言うことは、わたしの妹たちにも改装が施されているという事かしら……。
解体を待つだけの鉄の塊と思っていたわたし達が、生まれ変われるなんて!
○△□
一九三八年(昭和十三年)一月――。
戦艦〝駿河〟の再進水は昨年中に終わっていたが、同年から始まった北支事変の影響か、表だった式は行われなかった。
まあ、一度進水式をしていることもあったのであろう。
それに〝駿河〟を改装した姿。特に四六センチ砲を搭載した本来の姿は、あまり諸外国に見せたくはなかったこともある。
海軍の仮想敵国であるアメリカには特にだ。それだけではない。ここに来てイギリスも仮想敵国と認識しはじめていた。
下手に公にしてしまうと、両国が同様の砲を搭載した艦艇を造りかねない。
アメリカにはパナマ運河の制限がある。四六センチ砲搭載艦を建造した場合、巨大になり過ぎてパナマ運河が通行できない。そのため、アメリカからの登場は難しいと思われた。だが、大海洋国家を名乗るイギリスはどうか分からない。
そこはやはり黙っていることが一番であろう。
そのため、戦艦〝駿河〟の主砲は、正式には〝九四式四〇センチ砲〟と称して、本来の口径は極秘扱いにされた。その正体を知っているのは、一握りの人間だけだと言っていい。
すべては、満州の原油のため。
しかし、イタリアとイギリスの関係は、きな臭くなってきていた。
これもイタリアが始めたエチオピア侵攻の為だろう。
かの国がエチオピアに侵攻した経緯は省くが、またしてもイギリスが顔を出してきた。スエズ運河の通航料の引き上げ等圧力を加えてきたのだ。
これは原油事業に直結する重大な問題。これまで日本は、一貫して自由な貿易を求めていた。だが、国際連盟を脱退した身では、国際社会を動かすことは出来ない。
そこで、新たな国際組織を作ろう、という話が上がってきた。
まずは、日本とイタリア間での日伊同盟が一九三六年に締結。その翌年には、ドイツも加えた日伊独三国同盟へと進んでいった。
米英仏とは別の国際組織が誕生したのだ。
当初はドイツと先に手を結ぼうとしていた。しかし、日本政府はヒトラーよりも、ムッソリーニの方がまともに見えたようだ。
結局は、原油取り引きの仲介相手でもあるイタリアを立てたことになる。
話が少しそれてしまった。
戦艦〝駿河〟の話をしよう。
土佐沖に〝彼女〟の姿はあった。完成していると言っていいだろう。
改装によって、最大排水量四七五〇〇トン。全長二七三メートル。最大幅三二メートル。
前方から四六センチ砲の一番砲塔、二番砲塔。
前部艦橋は高雄型一等巡洋艦を拡張したような、傾斜の付いた箱形をしていた。煙突も同艦を拡張したよう箱形傾斜のタイプを採用している。後方に流れるように傾いた形は、この艦の速さを現しているかのようだ。
煙突の横には副砲である六〇口径一五・五センチ連装砲塔を各一基ずつ。
続いてあるのは、航空武装だ。主砲の爆風に耐えられるよう箱形になっているのが特徴で、上部は飛行甲板。航空機をその内部にエレベータで収納するようになっている。
その周りには爆風対策付き一二・七センチ連装高角砲を各三基。高角砲の他に、こちらもシールド付き二五ミリ三連装機銃八基が、上部構造体を囲むように配置されていた。
アンテナと後部艦橋を挟むように、航空機発進用のカタパルトがある。
最後は、四六センチ砲の三番砲塔、四番砲塔だ。
彼女とほぼ同時期に再建・改装をしていた二番艦〝常陸〟も、同様に完成間近で、残りは各種試験を終えるのみとなっていた。
今回の〝彼女〟の予定は艦船公試でおいての、クラッシュ・ストップ・アスターン試験と呼ばれるものだ。
全速前進から、中立、全速後進とし、急停止させるテストである。
機関やタービンなどが壊れることを覚悟で急停止しなければならない場面を想定しており、軍艦としては切っても切れないだろう。
艦長(艤装員長)は大島大佐。前日の全速航行試験で〝彼女〟は、三〇・五ノットを記録していた。予定していた速力を出したので、まずまずであろう。
今日の試験も問題なく終了すると思われていた。
しかし、午後になり予定では最後の試験の時であった。
『――機関部より、ボイラー異常!』
「異常とは何か、正確に報告せよ」
艦橋内は落ち着いていた。
続いて入ってきたのは、別の場所からの報告であった。
『――第三シャフトより、浸水あり』
『――タービンより異常音!』
壊すつもりでの試験ではあるが、本当に壊れてしまうのは軍艦として欠陥を抱えていることになる。まあ、欠陥を見つけることが試験の目的なのだ。
就役前に見つけられたことは御の字だろう。
「第一三分隊に、応急作業を命じます」
副長が手順通りに対処する。
応急作業については、駿河型の設計において課題とされていた。他の艦よりも、その点を注意されて設計されている事になっているが、人事面が付いて来ていない。のちの考えだと、専用の指揮官を立てるべきなのだが、今のところ従来取り、副長の兼任となっていた。
『――機関部より、ボイラー配管に亀裂あり。高圧蒸気が噴出中』
遅れていた機関室の情報が上がってきた。
高圧高熱の蒸気は爆弾になりかねない。内部に充満している蒸気を排出しなければ……。
すでに副長の姿は、応急作業指揮のために後部艦橋に移動している。
艦長は機関部の続報を、彼も受け取っているものと思った。命令が二重になると混乱を生じると、蒸気の排出指示を出さなかったのだ。
そして、蒸気排出がまだかと待ちわびていた。しかし、一向に行われない。
(もしかして、命令が出されていないか?)
艦長が気づいた瞬間、後部から勢いよく水蒸気が上がった。
呉に帰って調査してみると、やはり蒸気の排出指示はどちらも出されていなかった事が分かった。艦長のいた前部艦橋には報告が届き、移動中であった副長には届かなかったのだ。
そして、その間にも高圧高熱の蒸気が機関室内に充満し始め、機関部員には負傷者も出ていた。それを命令が届かないのを不審に思った者が、独断で蒸気を排出したのだ。
ダメージコントロールでおける情報伝達の問題は、さらなる研究で解決することなった。
問題は機関部のボイラーとタービン、シャフトの故障原因だ。
ボイラーの故障の原因は腐食による配管の破損。再建造までの合間、数年放置していたことが原因であろう、と推測された。
第三シャフトには僅かながら歪みがあったようで、軸受けを傷つけていたようだ。数度の過負荷試験に限界へ達したようで、そのために浸水し、無理な力が加わりタービンの羽が破損した。
これにより、戦艦〝駿河〟は再びドッグに逆戻りして待った。
海水を抜いて、歪んだシャフトを交換せねばならない。破損したタービンも、腐食したボイラーの配管も交換せねばならない。
あと二ヶ月ほどで就役を予定していた。それがここに来て遅れることになったのだ。
「責任は自分にある」
艦長である大島大佐は、就役に向けてのスケジュールを再度組み立て終わると、そう言葉を残したという。
その後まさか大佐が亡くなるとは、思いもよらなかったことだ。
彼の死亡原因は病死とされたが、戦艦〝駿河〟の事について、責任を感じて自殺したのでは、ともっぱらの噂になった。
●△□
桜が散る頃には、わたしは就役を予定していました。
でも、遅れてしまいました。
艦尾工事と平行して行われた機関の増強工事が、思うように行かないようです。
予定していた三〇ノットは出せたのですが、不調が続き、思うように動けないでいます。
機関の調整のために、呉のドックを出たり入ったり……。
そんなある日。
水平線の彼方から、わたしに負けないぐらいの……いえ、そっくりな戦艦が顔を出してきました。
真新しい木甲板が光を反射して、青みのかかったグレーの船体をきらめかせています。
『あなたはどなた?』
『貴様が〝駿河〟か? 私は〝常陸〟だ。よろしく頼む』
初めて会いました。横須賀で作られた次女の〝常陸〟が顔を見せたのです。
彼女の方が順調に試験をクリアして、先に海軍へ就役したそうです。
彼女の助けがあり、わたしの機関の調子はよくなりました。
そして、その年の夏。彼女に続いて就役することになりました。
長女であるはずのわたしが、二番目……少し悔しいです。
『あたいは〝紀伊〟ていうんだ! よろしく!』
年の終わりに神戸で建造されていた〝紀伊〟が、
『わたしは〝尾張〟といいます。精一杯頑張ります。どっ、どうぞよろしくお願いします』
翌三月には、長崎から〝尾張〟がやってきました。
続々と姉妹達が呉へと揃ったのです。
わたし達の誕生にいろいろとあってか、どうやら個性的な子達ばかりのようですね。
○△■
一九三九年(昭和十四年)九月――。
木戸特務少尉の姿は、戦艦〝駿河〟の上にあった。
彼は、第三砲塔を扱う第三分隊の分隊士になっていた。
「貴様は、この艦に志願したらしいな」
上官に当たる分隊長の砂川特務大尉は、新たに着任した彼に不思議に思っていたようだ。
駿河型戦艦は、人事の関係上、金剛型の人員を移行する――円満で解決するためにも――ようにしていた。
戦艦〝駿河〟は、戦艦〝榛名〟の人員がほぼ配属されていたのだが、別の艦からの移動者は少なかった。
最新鋭の戦艦だから、希望するものは多いと思われた。だが、蓋を開けてみれば、その数が少なかった。
特に〝駿河〟に至っては、機関の問題で海軍内ではある噂が立っていた。
呪われているのかもしれない、と……。
当初は、廃艦からよみがえった幸運艦ともてはやされていたが、設計に携わった藤本造船少将のことや初代大島艦長のこともある。修繕したはずの第三ボイラーの不調が続いた。
そして、就役した戦艦〝駿河〟は姉妹揃って、第一艦隊に所属していた。
しかし、第二六代連合艦隊司令長官に就任した山本海軍中将は、彼女達に長官旗を掲げることはなかった。第一戦隊に所属する〝長門〟を旗艦とし続けた。
新造の戦艦であるために、通信能力も高く、司令部施設も最新のものが付いていたのだが、山本中将は変えることはなかった。
やはり、天下の山本五十六も、ゲン担ぎのため気にしているのかもしれない、と――。
しかし、山本中将はそれを否定した。
「現代の科学文明において、呪いなどというオカルトがあるはずがない」
旗艦としないのは「その快速をもって縦横無尽に海を駆け巡るためだ」と付け加えた。
そのために戦艦〝駿河〟の艦内では、〝呪われた艦〟として少し沈んだ気になっていた。
艦長の西村大佐は、そう言った風紀を払拭しよう努めていたが、一度立った噂はなかなか消すことは出来ないでいたのだ。
そんなときに木戸は、志願してきたというのだから、不思議がられても仕方がないだろう。
木戸にとっては、子供の頃からの夢を叶えるためにここまで上り詰めたのだ。
親友である白鳥造船少佐(現在)が、曲がりなりにも関わった艦だ。
それを呪われた、などと言われて少し憤慨していた。
「自分は……」
言いかけたところで、思いとどまった。
夢のことを言おうとしたが、もう何年も海軍に奉仕している大の大人だ。
何を湿った話をしているのだ、などと笑われるかもしれない。
「まあ、新しい船だ。誰だって新造艦に乗りたがるな。
ところで――」
砂川特務大尉は笑っていたが、急に顔色を変えた。
「この艦には秘密があることを知っているか?」
と、話題を変える。だが、その内容は大声で言うことではないのだろう。
呪いの話以外にもあるのかと、木戸は身構える。
小声で話し始めたのだ。
そして「付いてこい」と彼を連れて、着任先である第三砲塔内に案内する。
着いていった先は、船底に近い弾庫だった。ここには大砲の要である砲弾が格納されている。
格納されている砲弾のところまで来ると、
「これが我が艦の主砲の弾頭だが、四〇センチ砲と聞いているが――」
と砂川特務大尉は並ぶ弾頭をさすった。
「こんなに大きいものか? 俺は三六センチ砲しか見たことがないが――」
「自分は長門に乗っていましたが――」
戦艦〝長門〟で、四〇センチ砲の弾頭を見慣れた木戸であったが、並ぶ弾頭は妙に大きく見える。
前に話したとおり、四六センチ砲であることは伏せられていた。公開されている情報では、駿河型の主砲は〝九四式四〇センチ砲〟とされていたのだ。
だが、扱っている兵士達の間では、口径が違わないか、と噂が立っていたようだ。
「しかも、測ろうとした者が……おい、何を騒いでいる」
言いかけたところで、近くの分隊員が騒いでいることに気になったようだ。
分隊員達は作業をそっちのけで、固まって何か話していたのだ。
分隊長に注意された分隊員達は、まるで先生にでも怒られた生徒のように整列した。
そして、ひとりの分隊員が歩み出た。
「分隊長、ドイツが始めたようです」
「何をだ!」
水兵の一人が新聞を持っていた。
どこで入手したのか、新聞の号外であった。それを渡してきたのだ。
書かれていた内容は……九月一日、ドイツのポーランド侵攻。それに伴って、三日にはイギリス・フランスがドイツに宣戦布告したという。
「ついに、戦争が始まったようです」
「馬鹿者。浮かれている場合か!」
浮かれたように話す分隊員を、砂川特務大尉は叱りつけた。
○▲□
一九四〇年(昭和十五年)一〇月――。
(今回の起工式は静かなものだ)
白鳥造船少佐は呉工廠で新たな艦の起工式に参加していた。
最近は機密保持のもとで、式典も最少人数で済ませている。
今回の建造される改駿河型超弩級戦艦……四六センチ砲三連装四基の戦艦建造には、さらに厳しくなっていた。
日中戦争を契機に、米英の日本に対する対応も厳しくなる中の建造だ。
情報も物資も厳しい状態の中、果たして戦艦が必要か? と意見を述べるものがいる。
これが最後の戦艦の建造かもしれない……そんなことも聞かされた中での起工式だ。
(やはり、木戸には俺か作った軍艦に乗せられないのかもしれない)
そう思いながら、粛々と式典の進行を見続ける白鳥であった。