金衣公子と共に2
先生は、私のことを“苑”と呼び捨てにする。それは、こういった場面では、先生と生徒と言うよりは、師と弟子のような堅い関係があるからだと解釈している。先生のいう仕事は、きっと花を生けることである。名家や後宮などの茶会の際は、頻繁に呼ばれ、その度に誰かしら教え子を連れて行く。呼ばれることは、普段立ち入ることのない場所に呼ばれることもあり、良い経験になる。そして、何より楽しいのだ。ありきたりな風景ばかりで飽き飽きすることはない。何年か前、私も先生のような仕事をしたいと言ったことがあるが、即刻却下された。もちろん理由は家柄としての問題だ。「私に付いて行くことまでは許されるが、貴女が独立して仕事をするのは、許されることじゃない。」などと長々と説教に近い、説明をされた。軽はずみな発言は、先生の琴線に触れることになるので慎むことが利口であることを知った。
午後になり、先生は、準備をしてから再び姜家の屋敷を訪れた。馬車には、木箱がいくつか積まれていた。今朝の稽古着とは違い、先生は、深緑の訪問着を着ていた。深い緑は、先生の美しさととげとげしさを十分に引き出しているように感じた。
「よろしくお願いします。先生。今日は、荷物が多いですね。」
「えぇ。今日は、城内のいくつかの場所に生け花を飾ります。そのうちの1か所は、貴女に任せますからね。新緑の衣を選んだあたり、私の目に狂いはないと思っています。」
「たまたまです。春らしくて、花に映えそうなものを選んだだけで。それに1人で花を生けるなんて。」
率直に意見を言う。
選んだ衣は、花に勝ることのないよう飾り気のないものをえらんだのだ。淡い緑は、芽生えの春らしく最適に思えた。先生に仕事を任されるのは嬉しくもあったが、1人で花を生けたのは、家での稽古の時だけだった。先生の手伝いを頼まれた時は、全て指示をされてそれに従ったに過ぎないのだ。
「大丈夫です。自信を持ちなさい。私も様子は見に行きますから。あなたって、勢いある時とない時の差が激しいのどうにかならないのですか。」
最後の一言が先生の棘の部分でもある。
「馬鹿にしてます?」
「あなたには、そのくらいの返しを常にしていてほしいものですわ。到着したら主催者に挨拶をして、届けられた花の仕分け、それから作業に取り掛かります。手順はいつもとさほど変わりません。いいですね。」
先生が段取りの説明をする。大体の場合、生け花に使う花器は、主催者が準備する場合もあれば、先生が自ら準備することもあるのだが、今回は後者であるようだ。
「時間余ったら城内を見学してもいいですか。」
「……私の手伝いに来なさい。」
「はぁい。」
先生の言葉を実行に移してみただけだったが、気に召さなかったようで、呆れながらも私を叱ることはなかった。