春雷と共に10
「実は―――。」
昨日、爛と離れてからあったことを説明する。男と出会い、半ば強引に待機所に連れていかれたことだ。黙って、そのことを聞き終えた2人と私はしばらく沈黙する。どう思ったのか、表情をあらわにしない2人に次第に不安が募る。
「その男の名前、聞いた?」
爛に聞かれ、私は、首を振る。何せ私の中では非常事態だったので、お礼も男の名を聞く余裕がなかったのだ。
「じゃあ、何でもいい、特徴とか。」
「髪は、頭の上で結ってた。身長は、高い。顔つきも話し方も少し怖かったかな。」
「苑様、お可哀想に。すごく怖い経験をなさったんですね。」
桃は先ほどの態度とは打って変わって、か細い声になる。
「でも、助けてもらったから。爛には、迷惑かけちゃったけど。」
「本当。僕を振り回すとか、高いよ。じゃ、僕、そろそろ帰る。また来るから。」
「あ、爛。王家のこの外套の持ち主、誰かわかったら教えて。それと、鍛錬の日。返さないと。」
「……僕が返しておこうか。」
爛が何か考え、そう言う。私に気を使ったように感じられた。
「そこまで爛に迷惑かけれないよ。それに、お礼も言えてないから。私が持っておく。」
「わかった。じゃ、また来るか文出すよ。」
手をひらひらと振り、部屋から出ていこうとする。慌てて、爛に借りた外套を手に持ち、差し出す。
「ありがとう。次は、爛のことも見に行くから。」
部屋から爛を見送ると、桃がお送りしてきますね、と言い、爛の後を追う。私は、2人が部屋から出たのを確認すると、改めて外套を手に取る。これを持っていたのは誰なのか。私の口約束の婚約者とされる王家の一人息子、王凌雅であるのか、その付き人か家臣の者か。名家ほど可能性は無限に考えられた。