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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十八話 “ここ”は自分には優しすぎる

 それからしばらく、咲光さくやの治療の為、三人は神社にお世話になった。鳴神なるかみは「先に戻ってる」と帰って行った。


 療養の合間も智世さよは神社に来てくれた。とっとやまるまるの事、ちょっかいを出して来た雑鬼ざっき達も、鳴神にお守りを貰って以来近寄って来なくなったそうだ。総十郎そうじゅうろう曰く「神の守りに雑鬼は近づけない」という事らしい。これが強力なあやかしだと、小さなお守りでは危険かもしれないが、そんな時はとっととまるまるが注意喚起に来ると宣言してくれたそうだ。

 それを聞いた総十郎も「それなら安心だな」と笑っていた。


 ただ、穂華ほのかは姿を見せなかった。照真しょうまも智世に問うたが「今ちょっと…」と智世も言葉を濁してしまい、なかなか理由が分からない。が、身体の不調などではないと、そこははっきり否定してくれた。


 そんな日が続き、咲光も痛みが気にならなくなってきた頃、久方ぶりに穂華を連れて智世がやって来た。



「こんにちは、穂華ちゃん」


「こんにちは」



 その声音は以前と変わらない。元気そうで咲光も照真もホッとする。が、穂華はすぐに、キリっと真剣な眼差しで咲光達を見た。



「実は、お願いがあるんです」


「? 何?」


「私を、旅に連れて行って下さい」



 突然の言葉と穂華の下げられた頭。それに咲光達も驚いて、咄嗟とっさに言葉が出てこない。頭を下げた穂華からは、その言葉が冗談などではないとヒシヒシと感じられた。






♢♢




 物心ついた時から、両親は忙しい毎日を送っていた。お兄ちゃんもお姉ちゃんもそんな両親を手伝っていた。だから、私はすぐ上の姉である智世お姉ちゃんと一緒にいる事が多かった。

 だけど、忙しくても、両親もお兄ちゃんもお姉ちゃんも優しかった。それに叱ってくれた。私はそんな家族が大好き。


 智世お姉ちゃんが変なモノが視えるって事も、お兄ちゃんもお姉ちゃんも知っていて、でも気にしてなかった。「困ったら言え」って言うそんな優しさが大好きで、だから私も、智世お姉ちゃんの助けになりたいって思ってた。


 ――今回までは。


 視えてる智世お姉ちゃんと、同じように同じモノが視えてる人達。私には、分からない世界。

 しかもそんな“何か”と戦ってる。刀を持って。私だって智世お姉ちゃんの力になりたかった。でも……何も出来た事なんてなかった。


 私はただ、迷惑をかけただけ。


 私が落ち込んでると、いつもお兄ちゃんやお姉ちゃんが傍にいて励ましてくれた。私に非があると叱ってたけど、そうじゃないなら、私より先に相手に怒る事もあった。

 そんな後ろに私は隠れていた。いつも、私が言わなくてもお兄ちゃんやお姉ちゃんが代わりに言ってくれるから。動いてくれるから。


 私は“妹”のままでいた。


 私と年も変わらない照真さんは、お姉さんの隣で一緒に刀を持って戦ってるのに…。末っ子なのは同じなのに。お姉ちゃんがいるのも一緒なのに。

 怪我をしたお姉さんの傍で、ただじっと座って目が覚めるのを待ってる背中を見て分かった。私とは何も一緒じゃない。


 私は刀を振れるわけじゃない。戦えるわけじゃない。


 でも、このままじゃ駄目だ。守られる妹でいちゃ駄目。そんな妹でいたくない。

 私は、お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じモノを見て、同じものを背負えるような、そんな妹になりたい。

 照真さんのように、隣に立って、同じ苦労を背負っても、それでも笑って生きる。


 そんな立派な人になりたい――




♢♢






 頭を下げる穂華からは決死の想いが伝わってくる。それでも、総十郎は穂華に厳しい視線を向けた。



「穂華。俺達の仕事は命懸けだ。一緒に来ればお前にも危険が及ぶし、命に関わりかねない。俺はその願いを受けない」


「っ………」



 ビクリと穂華の肩が跳ねる。そんな様子を咲光は辛そうに見つめた。

 穂華の隣で智世も同じように頭を下げた。



「私からもお願いします。どうか、穂華を連れて行ってやってください。危険は承知の上です。決して軽々しく言っているのではないんです」



 ぎゅっと咲光は袴を握った。

 軽々しく言っているとは思わない。だからこそ、こちらも同情で答えてはいけないと必死に抑える。



(承知するのは簡単。だけど、神来社からいとさんの言葉は間違ってない。穂華ちゃんの為にも…)


(穂華ちゃんは視えない。わざわざ危険に飛び込む事は無い)



 だから、咲光は毅然と答えた。



「穂華ちゃん。智世さん。私も…神来社さんと同じです。危険な事には同行させられません」


「……っ…! 私はっ…!」



 咲光の言葉に、穂華が引き結んだ唇から言葉を放った。その言葉が必死に三人に届くように願いながら、穂華は伝える。



「わっ…! 私は確かに戦えないし…っ…お邪魔になると思いますでもっ! でもっ! もっ…守られる妹でいたくないんですっ! 危険は重々承知です! お願いします!」


「………………」



 痛々しい程の姿に、不意にこの道を選ぶ前の自分が重なって見えた気がした。



(………あぁ)



 握っていた拳から、力が抜けた。



「……姉さん。神来社さん。…ごめん」


「照真…」


「俺……穂華ちゃんの気持ち、解るよ…」



 照真は静かで、少し悲しそうな寂しそうな笑みを浮かべていた。

 咲光はそんな表情に少し泣きそうに、神来社も悲しそうに眉を下げた。けれどもう、何も言わない。


 照真は頭を下げる智世と穂華を見つめた。その瞼が震える。



(この先何があっても、この選択を後悔しないか…?)



 そっと自分に問うて、今の自分を思う。

 この道を後悔した事は一度もない。穂華がどうかは分からないけれど、たぶんずっと悩んでいたのだろうと、戦いが終わってからの表情を思い出してそう思った。



「智世さん。穂華ちゃん。頭を上げて下さい」



 柔らかくて、優しくて、少し悲しそうな声に促され、二人は頭を上げた。


 穂華は必死に訴えていても、涙は流していなかった。それを認め、照真はきゅっと膝の上で拳を握る。



「俺、穂華ちゃんの気持ち、解るよ。姉さんもさ、いつも俺の事大事に想ってくれてる人だから。俺の事を守ろうとしてくれる姉さんを、俺だって守りたくて、今、ここにいる」


「………………」


「旅に出て色んな人に出会った。今は出会った人達の笑顔の為にも、戦いたいと思ってる」



 生まれた村の皆。出会った清江や子供達。神社でお世話になった人達。総十郎や日野ひの、鳴神や菅原すがわら八彦やひこ達。皆の顔が頭に浮かぶ。



「でも、怪我をしなかった戦いなんて一つもなかった。一緒に行けば穂華ちゃんも、戦わなくても危険に巻き込まれる事になる。命懸けになって……君一人だけになるかもしれない事だって、絶対ないわけじゃない」


「………………」


「それでも。君が後悔しないなら、その覚悟を持つなら。俺も、君と旅をする道を後悔しない」



 まっすぐと宣言する照真に、穂華は驚く事なくじっと照真を見つめた。まっすぐ見てくれる目を決して逸らしてはいけないと思った。

 姿勢を正し、穂華は強く、まっすぐ答えた。



「はい。行きます!」







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