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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十七話 結びなおす糸

 智世さよを見つめた鳴神なるかみは、やれやれと頭を掻いた。



「結界はあやかしを通さない。が、その家の者、ここじゃ視えてる聞こえてる君が許可すれば、入れる事はできる」


「私が…」



 きゅっと胸元で拳をつくる智世に、鳴神は静かに頷いた。が、すぐにその表情を引き締める。



「だが、気を付けろ。妖は決して君を助けてくれるような良い奴ばかりじゃない。人の心に付け込んでくる奴もいる。容易く許してはいけない」


「はい…」


「それなりに危険が出て来る。もしもの時は神社に駆け込むか、俺の家に文をくれ。すぐ来る」


「ありがとうございます」



 力強く頷き智世は塀を見る。あの向こうに、幼い頃に出会った二匹がいる。ずっと助けてくれていたのに、全てを忘却の彼方に追いやっていた自分を、それでも助けてくれた二匹。


 穂華ほのかは塀を見る智世の視線を見つめ、そっと視線を下げた。少し俯くようなその表情に照真しょうまは気付いたが、何も言わずにいた。


 一歩前に出た智世は、息を整えると塀の向こうに許可を出した。



「とっと。まるまる。入って来ても……いいよ」


「! あの子の声だ。俺達呼んでくれた」


「本当だ。入っていいって」


「は、入って……えいっ。あ、痛くないぞ!」



 恐る恐るというのが視えなくても分かる。それに少し微笑ましさを感じ鳴神はクスクスと笑った。

 そしてすぐに、塀の向こうに小さな二匹の姿が視えた。顔を見せた二匹はパッと喜びの表情を見せる……と照真は思ったが、何故だか二匹は戸惑うように顔を見合わせた。



「…とっと? まるまる?」



 不安になったのか、智世がそっと呼びかける。その声は確かに自分達を呼んでいると分かっているはずなのに、二匹はそこを動かない。やがて二匹は、戸惑いを浮かべ躊躇うようにそっと口を開いた。



「……いいのか? 視えるの、嫌なんだろ…?」


「無理しなくていいんだぞ? 怖くないか?」


「っ……!」



 息を呑んだ智世が目を瞠る。その視線が下がると、とっととまるまるはオロオロと狼狽うろたえた。それでも二匹は優しかった。

 塀から庭に下りると、距離を保って智世を窺う。



「ど、どどどどうした!?」


「大丈夫か!?」


「…んっ。大丈夫…」



 智世の目から涙がこぼれて頬を伝った。鳴神も、照真も、穂華も何も言わずただじっと見守る。


 智世はそっと縁側に腰を下ろすと、二匹をじっと見つめた。昔と何も変わらない小さな姿は、目の前で自分の事を心配してくれている。

 こんな妖もいれば、自分に悪戯をする妖も、人を傷つける妖もいる。色んな妖がいるのだと、身をもって知った。



「とっと…まるまる…」


「何だ?」


「何だ。何か困ってるのか? 何でも助けてやるぞ。人間の事は無理だけど」


「うん。何でもじゃないな。ちょっかい出して来る奴の事なら何でもしてやるぞ」


「うん。でも結界張られちまったから、家の中は出来る事ないな。俺らも入れなくなったし」


「出来ないが増えたな」


「全くだな」



 二匹の掛け合いに鳴神が吹き出した。そんな鳴神を見て「お前が張ったなー」と二匹から不満げな声が向けられる。「智世が困ってた」と返すと、二匹はうぐぐ…と二の句を告げなくなった。


 智世も涙を見せながらも笑うと、言わなくてはいけない事を口にした。



「とっと。まるまる。ありがとう」


「?」


「ずっと……。私、ずっと忘れてた。視えないフリしてきた。それなのに…。本当に、今までありがとう」



 智世の礼に、とっととまるまるは目を大きく見張って固まった。そしてゆっくり互いを見ると、ニッと笑みを浮かべた。



「何だそんな事か。気にするな!その言葉で充分だ!」


「約束したからな!」






♦♦




「智世さんと話せて、二匹も嬉しそうだった。これからも智世さんを助けていくって」


「そう。良かった」



 神社に戻った照真と鳴神は、咲光さくや総十郎そうじゅうろうに事の次第を報告した。また二匹と笑い合える事に咲光も嬉しさを感じる。これまでもずっと智世の為に色々としてくれた二匹だ。きっと大丈夫。


 勿論、鳴神は二匹に「智世や家族に危害を加えない事」「仲間を大勢引き連れて屋敷には訪れない事」と約束をさせていた。智世にも、もしも二匹が約束を破ったら必ず自分に連絡を入れるよう伝える事も忘れず。


 事の次第を聞き、総十郎は鳴神に礼を伝えた。



「ありがとう鳴神。助かった」


「おぅ。これは俺の仕事だからな。祓人はらいにんと退治人。出来る事をし合うもんだろう?」


「あぁ」



 笑う鳴神は頼もしい。祓人には出来て退治人には出来ない事がある。退治人には出来て祓人には出来ない事がある。けれど、それを補い合うから出来る事が増え、誰かを助ける事が出来る。

 咲光と照真からの礼も受け取った鳴神は、その視線を総十郎に戻した。



「実は、お前からの文は、俺にとっても丁度良かったんだ」


「?」


神来社からいと。俺からも頼みがあるんだ」


「? 仕事か? そりゃ、今回の礼もあるから、俺に出来る事なら引き受けるが…」


「あ、今回のこれとは別な。これはこれ。頼みは頼み」



 ひょいと箱を移動させるような動きをする鳴神に、総十郎は一層首を傾げた。



「詳しくはまた言うわ。咲光ちゃんの怪我が癒えたら、ウチに来てくれ」


「? 分かった…?」



 一体何? と三人の視線に、鳴神は「秘密ー」と意地悪い笑みを浮かべた。






♦♦




 その夜。

 何年振りかと思う、とっととまるまるとの会話を楽しんだ智世は自室にいた。


 懐かしい気持ちになりながらも、まだ少し怖い気持ちを解っているかのように、二匹は適度な距離を開けてくれていた。それがありがたかった。


 そんな嬉しさと同時に、鳴神からの忠告はしかと胸に刻む。数珠は引き出しに大切にしまい、お守りも机に置いてある。出掛ける時は必ず持つようにする。忘れないように首から下げられるようにしようかと考える智世の耳に、障子の向こうからそっと声がかけられた。



「お姉ちゃん…。いい…?」


「穂華? うん、どうぞ」



 障子が開いて、寝間着姿の穂華が入って来る。入って来た穂華は何やら神妙な、考え込んでいるような、そんな顔をしていた。そのまま智世の前にちょこんと座る。



「どうした?」


「…あ…のね……。話があって…」




♦♦







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