第九十五話 やっぱりこの人も凄い人でした
「智世にちょっかい出して来る雑鬼への対処にな」
総十郎は隣に座る智世を見て言った。その言葉に智世は目を瞠り鳴神を見る。
鳴神は頼もしい表情で智世を見つめた。
「雑鬼にちょっかい出されてるのは君だな?」
「…はい」
「……えーっと、その子は?」
「妹の穂華です」
「こんにちは」
鳴神の視線が穂華に向くと、すぐに穂華はぺこりと頭を下げた。それに鳴神も「こんにちは」と頭を下げ、そっと総十郎を見た。
その視線に「知ってる」とそれだけを返せば十分だったようで、鳴神もそうかと改めて智世を見た。
「俺と神来社達は出来る事が違うんだ。神来社達は刀で戦うが、俺は刀は使わない。代わりに術を使う」
「術……?」
「そう。だから対処も出来るんだ」
智世と穂華の首がコテンと横に傾くのを見て、総十郎も苦笑い。そりゃいきなり言われても分からんよな。
が、鳴神はそんなの気にしない。「よし」と膝を打つと威勢よく告げる。
「君の家に案内してくれ」
「え……」
「あ、やっぱり気心知れてる奴が一緒がいいか。妹ちゃんと、照真も来てくれるか?」
「はい」
いきなり言われてももう驚かない。スッと立ち上がった照真は、同じく立ち上がった鳴神に続く。ズンズンと部屋を出ていく鳴神に、智世と穂華は慌てて立ち上がってついて行った。
そんな二人を、咲光と総十郎はそうなるよね…と言いたげな目で見送った。
♦♦
町の中を意気揚々と鳴神が歩く。その後ろを照真達が続いた。
戸惑っている智世と穂華に、照真は術を使って人と妖の境界を保つ事ができると教えた。感心して聞いていた智世と穂華も緊張や戸惑いは薄れていく。
と、照真が思い出したように鳴神を見た。
「鳴神さん。どうして“頭”だって言ってくれなかったんですか?」
「あれ? 何で知ってんだ? 神来社に聞いた?」
「いえ。日野さんが教えてくれました。同時に神来社さんが“頭”だって事も…」
それを知った時の驚きが蘇る。無意識にムッと表情に出てしまう照真に、思わず振り返った鳴神がハハハっと笑う。
「だって俺、まだまだだもん。名乗れるほどじゃねぇし」
「えぇ…。でも神来社さんは、実力は申し分ないって…」
「全然だ。……俺はまだ全然追いつけない」
何を追いかけているのか。鳴神の視線はどこか遠くを見ている。
それを問うにも言葉が出ず、先に鳴神が智世を見た。
「視えるのは生まれつきか?」
「はい」
「そうか…。それは大変だな」
「…鳴神さんも…やっぱり、視えるんですね…」
「あぁ。といっても、俺は視えるようにしてるから視えるだけで、君とはちょっと違うんだ」
悪いなと言うように下げられた眉に、智世はフルフルと首を横に振ったが、照真は少し驚いた。
退治衆には、勾玉を身に着けている事で視える者が多い。祓衆には、程度は異なるが元々視えるという人が多い。だから、鳴神もそうだと思っていた。
照真の視線に気付いた鳴神は、スッと着物の下から首にかけた勾玉を取り出してみせた。
「俺もこれ頼り」
「……そうだったんですね。俺てっきり…」
「まぁ、これ持つ前に、妖気に当てられて視えた事はあったけどな」
視えない。という事はつまり、視える者より霊力が弱いという事。霊力は術を扱う上で、決して無関係ではない素質。
(鳴神さんは、それでも“頭”に……)
総十郎が「実力は申し分ない」と言ったのは、お世辞でも何でもないのだと解る。
鳴神はもう前を向いていて、照真の視線に振り向かない。その背中に照真は必死について行った。
やがて四人は天城家に到着した。
店の邪魔にならないよう家の壁沿いで止まる。照真達が鳴神を見ると、すでに鳴神の視線は壁の向こうに向けられている。
「うーん……。照真。ここ清めた?」
「姉さんが。妖の侵入を防ぐために」
「成程。それで妖気がないのか…。智世ちゃん。悪いがお邪魔してもいいか? 出来れば君の部屋へ行きたい」
「はい。どうぞ」
家の玄関扉を開け、照真と鳴神はお邪魔する。そのまま智世の部屋まで向かうと、鳴神は周囲をクルリと見やる。
その姿に、照真も首を傾げて問うた。
「鳴神さん。どうやって対処をするんですか?」
「雑鬼が勝手に入らないように結界を張るんだ」
「結界…?」
首を傾げる穂華に鳴神は頷いた。そして、懐から数珠を取り出すと、それを手に絡め、パンッと拍手を打った。
♦♦
「それじゃあ、結界を張ってもらうために鳴神さんに協力をお願いしたんですか?」
「あぁ。俺は張れないから。この町は西に管轄を持つ鳴神の、ギリギリ管轄内だからな」
留守番をする咲光は、総十郎に鳴神を呼んだ理由を詳しく聞いた。
成程と頷いた咲光は、初めて“頭”に管轄がある事を教えてもらった。北は日野、西は鳴神、南西を雨宮が管轄している。雨宮と言う祓衆の“頭”には会った事がないので、知るのは名前だけ。
「まぁ、管轄っていっても国の全土じゃない。それぞれの定住地から馬走らせてすぐ向かえる所だ。抜ける場所は衆員全員で補うし、“頭”同士で協力する事もある」
「定住地から測っているなら、神来社さんの管轄は本部周囲というわけではないんですね?」
「あぁ。俺はあちこち回ってるから、赴く場所そこが管轄って感じだな」
「広大ですね」
笑う総十郎に咲光も口元に手を当てた。
“頭”である総十郎は、勿論他の“頭”と深い仲だろう。咲光は知っている日野と鳴神を思い浮かべる。
(日野さんとは、先輩と後輩って感じもあったけど、鳴神さんとは友達みたい)
総十郎と鳴神の年相応の姿が見えて嬉しい。なんて、言えそうにないけれど。




